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07:被害者
しおりを挟む「加苅さ~ん、ホントに帰しちゃって良かったんですか?」
残り二口ほどのバーガーを、大口を開けてまとめて押し込んだために頬がパンパンに膨らんでいる。
倉敷八一はハムスターか何かのようだ。いや、忙しなさは主人に構ってもらいたがる犬のようでもあるし、自由気ままな姿は猫のようにも見える。
加苅はそんな倉敷の様子を尻目に、辞書ほどもある分厚い捜査資料の束に目を通していた。
「比嘉慧斗は完全に容疑者から外したわけじゃない。ただ、來がああ言うからな」
「來くん、そんなに信用できるんですね?」
倉敷の言葉に含みは無い。それをわかっているから加苅は素直に頷いて返すし、倉敷もまたそれ以上の疑問を投げかけることもしなかった。
來は加苅の姉の子だ。つまり、加苅にとっては甥にあたる人物で、親族の言うことなのだから信用するのは当然なのかもしれない。
けれど、加苅という男は血の繋がりだけで無条件に相手を信頼する人間ではない。親族が否と口にしたからと、それだけを理由に鵜呑みにしたわけではなかった。
「お前が伝言しに来たんだろうが」
取り次いだ張本人である倉敷は、用途を失ったバーガーのゴミを袋にまとめて突っ込んでいる。
警察官は市民の模範でなくてはならない。きちんと分別をしろと何度も注意しているのだが、そこだけはいつまで経っても治る様子が無かった。
よく言えば楽観的で、おおらかな男だと加苅は溜め息を吐き出す。
とはいえ、そんな人間だからこそ加苅の突拍子もない話も反発せずに受け入れてくれたのかもしれないのだ。
「加苅警部補に伝えてくれって言われたんで」
「だからって、一般人のふわふわした伝言を取り調べの最中に伝えには来ないだろ」
おそらく署内の他の人間であれば、取り次ぐことはしなかっただろう。
來が加苅の親類であるということは知られているが、机にメモでも残しておくか、取り調べが終わった後に伝えに来ていたはずだ。
「お前も來の言うことを信用したから伝えに来たんだろう?」
「いや、自分は正直彼のことはよくわかんないっスけど」
「あ? じゃあなんでわざわざ」
「自分が信頼してるのは加苅さんなんで。加苅さんの判断を仰ごうかなと」
ひとつの迷いもなく信頼を寄越す倉敷の姿に、加苅は目を丸くしてしまう。この男はどこまでも実直な人間だ。
世の中の人間の多くは、目に見えない何かの存在を本気で信じてはいない。
たとえオカルト話に興味を持つ者であっても、脳の奥底では霊的な存在など架空のものだと理解しているのだ。
事実、説明のつかない現象であっても科学の発達した現代においては、大抵のことは解明することが不可能ではなくなっている。
加苅自身もまた、オカルト話などというものに興味を抱いたことすらなかった。いい歳をしてそのような話をする人間には、憐みの視線を向けていたほどだ。
ただ、そうではないのだと知ったのは数年ほど前のことだった。
この世には説明のつかない、そして人間の力ではどうすることもできない、”視えない狂気”が存在しているのだと。
それでも、無力だからと”事件”を見過ごすわけにはいかない。加苅は人を救うために刑事になったのだから。
「……今回もまた、アイツの力を借りることになるかもしれんな」
「ってことは、犯人は人間じゃないんスか?」
「さあ、まだわからんが……」
クリップ留めされていない資料をデスクの上に放ると、扇状に広がるコピー用紙の間から数枚の写真が飛び出す。
そこに映し出されている被害者の写真は、どれも眠るように綺麗な状態で真っ白な顔をしている。
けれど、拡大された別の写真には獣に食いちぎられたように欠損した指や、ぽっかりと開いた眼孔の様子が収められていた。
「どう考えても、不自然なんでなぁ」
傷つけられた遺体の状態はバラバラだったが、全員に共通していることがある。
それは、アプリを利用したデリバリーの注文前に、全員が死亡していたということだった。
「死亡推定時刻はそうですけど、犯人が注文したんじゃないスか?」
「その可能性もある。犯行を誇示したがる奴もいるからな」
今日までに似たような手口で死亡した被害者は3名。いずれも身体的な欠損などがある中で、直接的な死因は心臓発作とされている。
世間には公表されていないが、被害者たちは年齢性別もバラバラで共通の友人知人もおらず、同じ地域に住んでいるということ以外に手がかりが見つからずにいた。
「自分もデリマス使ってますけど、デリマスに恨み持った奴の犯行とかっスかね?」
「もしくは、配達先とのトラブルによる犯行か……」
被害者たちが利用していたデリバリーマスターという出前アプリは、若者を中心に今や利用が当たり前になっている。
一方で、配達員の質が悪く配達中のトラブルを起こしたり、クレーマー客からの難癖に悩まされたりする配達員も少なくない。
実際に通報や相談が入ることもあるので、今回もその類の事件かと当初は睨んでいたのだ。
「八一、今日の映像もういっぺん観てみろ」
「ファミレスのやつっスか?」
ノートパソコンの中に挿入されたままのディスクには、店から借りてきた監視カメラの映像が入っている。
それを加苅が再生すると、倉敷が背後から無遠慮に覗き込んできた。
「お前な、隣に座るとかしたらどうだ」
「同じ目線の方が見やすいじゃないスか」
「…………ココだ」
それ以上の問答をする気もなく、下部にあるパッドを指先で叩いて映像を一時停止する。
画面中央に映る四人掛けの座席では、小さな子連れのママ友らしき女性たちが立ち上がろうとしていた。
「いいか、よく見てろ」
再びパッドを叩いて再生すると、客のいなくなった座席を片付けに店員の女性がやってくる。
散らかったテーブルの上を手際よく片付けていくと、斜めになった椅子を平行に直して女性はその場を離れた。
それから少しして、新たな客が同じ四人掛けの席へと案内されてくるのが映っている。
「あ、これって比嘉くんと雨月さんですよね?」
「そうだ」
やってきたのは、先ほどまで署内で聴取を受けていたあの二人だ。向かい合うように座りながら、それぞれに隣へ鞄を置く動作をしている。
そこから少しばかり動画を先に進めていくと、帰り支度を始めた二人が席を立つ。その後、セラが座席のひとつを指差す仕草をした。
示された椅子は背凭れが監視カメラの死角になっていて、そこに何があるのかまでは確認できない。
白いビニール袋を持ち上げた慧斗は、袋の中身を確認すると驚いた様子でそれを床に落としてしまった。
「これが、例のベロサンドってわけっスね!」
「その言い方やめろ」
「でも、比嘉くんはこの袋が急に現れたって言ってたんスよね? 雨月さんも」
「口裏合わせでなけりゃな」
監視カメラの映像を確認した限りではあるものの、慧斗もセラも鞄以外の何かを持ち込んでいる様子はない。
それならば前の客がという加苅の考えは、子ども用の補助椅子が使われていたことであっさり否定されてしまう。
さらに言えば、忘れ物があったとして片付けをしていた店員がそれを見逃すとも思えない。ましてや、それなりに大きさのある袋だったのだからなおさらだ。
「普通はあり得ねえことが、この場で起こっていたとしたら」
以前の加苅であれば選択肢にすら挙がらなかった考え。その選択肢が増えてしまった以上は、可能性を排除する必要があった。
「ひとまずは、昨日のガイシャの検死結果で何か繋がってくりゃいいんだが」
「あー、4人目の子っスか? やっぱ、繋がりがあると思います?」
「少なくとも、無関係には思えんな」
「けど、彼女は見た感じ欠損した箇所も無かったっスよね?」
無造作に投げられた資料の中から、加苅は一枚の用紙を取り上げる。倉敷の言う通り、引っかかっているのはそこなのだ。
先日発見された若い女性の遺体には、欠損どころか目立つ傷跡も見当たらなかった。
臓器が失われていたとすれば、必ずどこかに取り出すための傷痕ができるはずだろうが、確認できたのは死斑くらいのものだったのだ。
現時点で共通項といえるのは、彼女もまたデリバリーマスターを利用していたということ。
「宮原妃麻が、キーになってくれることを願うさ」
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