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06:体質
しおりを挟む「お邪魔します」
「どーぞどーぞ、適当に座って」
アパートに戻ってきた慧斗は、着いてきた來を部屋に上げると手にしていた袋の中身をテーブルの上に広げていく。
帰宅途中に立ち寄ったコンビニで、適当に見繕ってきたペットボトル飲料たち。來の好みがわからなかったので、お茶とコーヒーとジュースという無難なレパートリーだ。
話があると言われたのでどこか店にでも入るかと考えたのだが、あんな事件の後でファミレスやカフェを選ぶのはどうしても躊躇われた。
それを察したのか、どうせ帰る先は同じなのだからとアパートに戻ることを提案してくれたのは來だ。
セラも着いてきたがったのだが、取り調べですっかり夜になってしまったこともあり、男二人の狭い部屋に来るつもりかと適当にあしらって帰宅させた。
「好きなやつ開けちゃって」
「どうも。それより、慧斗さん。呪いの話をしてください」
「呪いの……?」
生真面目な顔をして話があるというので場を設けたものの、予想外の言葉に慧斗は拍子抜けしてしまう。
セラと同じく、その手のオカルト話に興味があるタイプだったのか。もしかすると、今時の若者のようにそうしたネタを集めて、ネット配信しているのかもしれない。
などと勝手な推測をしていた慧斗の脳内を見透かしたように、來が再び口を開く。
「興味本位で聞いてるわけじゃないですよ。ただ、あんまり良くないものが憑いてる気配がしたので」
「憑いてる……って、え?」
「信じなくてもいいですけど、僕はそういうのが視える体質なんですよ」
突拍子もないことを言われて、はいそうですかと受け入れられるほど慧斗も世間知らずではない。ただし、彼が至って真面目な様子であるということはわかる。
「そうだな……昨日の晩も、何かおかしなことがあったんじゃないですか? アプリの通知が入る前に」
「それは、確かに……」
自分の身に起こったことを來は見ていないはずだが、慧斗が呪われていると断言したのだ。
他に座れる場所も無いので、來が腰を下ろすソファに隣り合うようにして腰かける。
男二人では少々狭いが、意識を失っていた昨晩とは違う。地べたに座るのもかえって彼が気を使うだろうと考えた。
「昨日っていえば、そっちは何があったんだよ?」
「僕ですか?」
「來が落ちてきた時、俺がいなかったら危なかっただろ」
名前を呼ぶ許可は貰っていないが、彼も慧斗を下の名前で呼んだのだから構わないだろう。
それよりも、昨晩と言われて真っ先に気になったことを問い返す。
二階から落下してきた來を偶然受け止める形になったが、慧斗があの場にいなければ彼の身体は地面に叩きつけられていたはずだ。
あの誤配の一件が無かったら、そもそも慧斗が外に出ることはなかったのだから。
良くて打撲や骨折。二階の高さとはいえ、打ちどころが悪ければ最悪の場合には死んでいたっておかしくはない。
「僕は……ちょっと風邪気味だったんですけど」
「風邪気味」
思わず隣に目を遣って繰り返してしまうが、來は気にした様子もなく話を続けていく。
「そういう、弱ってる時って目をつけられやすいんですよ。取り込みやすくなるから」
「目をつけられるって……誰に?」
「いわゆる――――霊的なものに」
話の繋がりがわからずにいる慧斗は、今度は身体ごと向き直る形で青年の横顔を見る。
身体の距離が空いた代わりに、來の方へと向いた膝が彼のそれとぶつかるのだが、特に避けることはされない。
代わりに少し目を見張ってから、彼の片腕が持ち上がった。
大きな眼鏡を外したかと思うと、こちらに向いたつるの部分が目前に迫ってくる。
反射的に目を瞑った慧斗は、眉間に何かが当たる感触に気づいてそっと瞼を持ち上げた。
「あ、れ……これって、伊達眼鏡?」
自慢ではないが、慧斗の視力はかなり良い方だ。以前に友人の眼鏡をふざけて掛けたことがあったものの、とてもじゃないがそのまま歩くことができないほどに視界が歪んでいた。
しかし、來のかけていた眼鏡はレンズ越しとはいえ視界がクリアに見えている。
「普段からいろんなものが視える体質なんで、ソレで遮断してるんです」
「へえ、なんか特別な眼鏡なのか?」
「そうですね。けど、昨日は寝てたんで外してて……急に襲われて、逃げるの優先したらあのザマでした」
「なるほど……って、今は大丈夫なのかよ!?」
昨晩の流れはひとまず納得するとして、それほど大事なものが自分の顔についていることを思い出して慌てて眼鏡を外す。
当の來自身は特に焦った様子もなく、受け取った眼鏡を掛け直すわけでもなく、ただじっと慧斗の方を見つめてきた。
「え……なに?」
「僕もこんなのは初めてなんで、昨日は勘違いかと思ってたんですけど」
カラーコンタクトでもなさそうな、宝石みたいに深い赤色。
この瞳に捕らえられると、すべてを見透かされたような感覚に陥る。けれど、どうしてだかそれは不快なものではなく、逸らすのが惜しいとさえ思ってしまう。
そんな思いを知ってか知らずか、來の視線が突き合わせた膝のあたりに落とされれる。
「慧斗さんに触れてると、霊の影響を受けないみたいです」
「お、俺に……?」
何か癒しの効果でもあるのだろうかと、慧斗は自身の掌と膝を交互に見比べてみるが、何の変哲もないただの男の手足があるだけだ。
「相性みたいなものだと思います」
「相性?」
「たとえば、疲れて免疫力が低下してる時は病気を貰いやすいでしょ。そういう時、即効で役立つ栄養剤が慧斗さん」
「そう……なのか。なんか不思議だな」
仕組みとして理解はできるが、慧斗自身は特別な能力も持たない一般人だ。
戸惑っている空気が伝わったのだろう。來は眼鏡をかけ直すと、改めて慧斗の方を見る。
「……信じるんですか?」
「ん? ああ、俺にはわかんないけどさ。そういうこともあるんだなって」
自分でそう説明をしてきたというのに、來はまるで奇妙なものでも見るような顔をしていた。
オカルトじみた話を頭から信じることはできないが、実際におかしな出来事は起こっているのだし、何より昨晩のこともある。
苦しげだった來を抱き留めた後、確かに緊張が和らいだような反応を見せていた。
そうした体験もあって、彼の言うことをすんなり飲み込むことができたのかもしれないと慧斗は思う。
当の來はなにやら視線をうろうろと彷徨わせてから、軽く咳払いをして話の軌道を修正する。
「まあ、それはそれとして。昨日のこととか、教えてもらえますか?」
「ああ……って、とか?」
昨晩起こった奇妙な出来事について、彼に話して困ることもない。そう思ってどこから説明したものかと考えたところで、慧斗は違和感を覚える。
來の口ぶりはまるで、昨晩のこと以外にも何か慧斗が隠し事をしていると言いたげなものだったからだ。
「昨日の夜より前にも、何かあったんじゃないですか?」
「え、どうして……」
「加苅さんが言ってたじゃないですか、三日連続は勘弁してくれって」
特殊な能力を使って見透かされたのかと思うが、そうではないと知り慧斗は安堵する。
加苅との別れ際に確かにあの刑事はそう言っていたし、目の前にいた來がそれを聞き逃すはずもない。
実際に慧斗が警察署を訪れて加苅という刑事に会ったのは、今日が二回目のことだった。
だから昨晩は疲労が溜まっていたし、そんな矢先に呪いがどうだと言われても聞かなかったことにしたかったのだ。
「一昨日のことは別に、呪いとかは関係ないやつだけど」
「構いません。話してみてください」
ここまで話したのだから、來が知りたがるのであればと承諾する。
どこから順を追って話すべきかと思案しつつ、果物の写真付きのラベルが巻かれたペットボトルに手を伸ばす。
けれど、一足先に横から伸びてきた腕に目当てのボトルを奪われてしまい、慧斗は反射的に抗議の視線を向ける。
「ダメですか? 好きなやつ開けろって言いましたよね」
返答を待たずにキャップを捻り、飲み口を近づける口元は僅かな笑みを浮かべている。
うっかりした人間の行動ではなく、紛れもない確信犯だ。
遠慮がちな年下なのかと思っていたが、もしかしたらそうではないのかもしれない。
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