呪配

真霜ナオ

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04:腐れ縁

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「いやいやいや、呪われてるってなんの冗談……」

 突拍子もない物言いを笑い返そうとした慧斗は、青年の顔を見て言葉を続けられなくなってしまう。

 知り合って一時間にも満たない仲ではあるものの、彼の赤い瞳が冗談を言っているようには見えなかったからだ。

「信じなくてもいいですけど、現に呪いが届いてるので」

「届いてるって、こんなの誰かのイタズラだろ?」

 どのように仕掛けたのかはわからないが、世の中には巧妙なウイルスというものも存在する。

 一昔前に流行ったというチェーンメールや、それ以前の不幸の手紙などというように、形を変えて他人が怯える姿を楽しむ悪趣味な輩がいるのだろう。

「俺、そろそろ自分ち戻るわ。お邪魔しました~」

「…………」

 非現実的な現象から目を背けたいという無意識が働いたのかもしれない。

 青年の反応を待たずに慧斗は彼の手元からスマホを取り戻すと、急ぎ足に部屋を後にすることにした。

 気を悪くしただろうか。けれど、今日は予定外のことばかりであまりにも疲れていたので、それ以上気を使うようなこともできない。

 重い玄関扉が閉じられるまで、慧斗の背に声が掛けられることはなかった。





 * * *





「慧斗、クマやっば!」

「うるせーな、寝不足なんだよ」

 今日に限ってなぜ朝イチのコマを取ってしまったのだろうかと、慧斗は心の底から後悔する。念を入れてスヌーズまでセットしたアラームは、残念ながら役には立たなかった。

 普通なら諦めてサボってしまうところなのだが、よりによって目を付けられると面倒だと学内でも噂の教授が担当だ。万が一にも単位を落とすリスクを上げたくはない。

 慌ただしく家を飛び出す頃には乗る予定の電車はとうに最寄り駅を離れていて、遅刻ギリギリで大学まで辿り着けたのが奇跡だと思う。

 見慣れた後ろ姿を見つけて隣に腰を下ろしたのは習慣のようなものだったが、開口一番にこちらを指差す腐れ縁に失敗だったかと顔を顰める。

 見慣れた禿げ頭が入室してきたことで、ざわついていた室内の意識がそちらに集中したので、慧斗たちもまた口を閉ざして講義を受けることにした――と思っていたのは、慧斗だけだったらしい。

「どーせエッチな動画でも見てたんでしょ?」

「はあ? ちげーわ、お前と一緒にすんな」

「あたしだって見てないし!」

 先ほどより声量を落としてはいるものの、隣からは引き続き慧斗を揶揄する声が向けられる。

 雨月あまつきセラは、慧斗の中学時代からの同級生だ。

 今でこそいわゆる陽キャの見本ともいえる彼女だが、付き合いの長い慧斗はセラが高校デビューを果たしたことを知っている。

 伸ばしっぱなしのもっさりとした黒髪に分厚い眼鏡、化粧っ気の無い同級生がこれほどまでに垢抜けるものかと驚いたのを、慧斗は昨日のことのように覚えていた。

 胸元まである栗色の髪を、今日はゆるく巻いてある。よく見れば編み込みもされていて、きっちり塗られたネイルといい、セラは細部まで手を抜かない女性だと感心してしまう。

「……で、ホントは何してたの?」

「お前、聞き出すまで尋問する気かよ」

やましいことがないなら言えるでしょ」

 確かに彼女の言う通りなのだがと、慧斗は頭を悩ませる。他人に話すにはあまりにも物事が複雑すぎたからだ。

「…………俺、呪われたかも」

「……………………は?」

 観念して思考を巡らせた後、簡潔に昨晩の出来事を伝えた慧斗よりもさらにたっぷりと間を置いて、セラの口から出たのはたった一音。

 そらみたことか。そう言ってやりたい慧斗は、その一音が想像以上に大きく室内に響いてしまったことに後悔する。

「そこ、何か質問があるのかね?」

「あ、ありません……」

 禿げ頭を光らせた教授の目と、冷ややかな周囲の視線が一斉にこちらへ向けられた。

 お前のせいだと机の下で密かに足をぶつけるが、セラも負けじとやり返してくる。徐々に熱が入ってしまうその応酬は、教授の咳払いによって中断されたのだった。




「――――それで、呪われたって何?」

「お前にはもう話さん」

「ちょっと、拗ねないでよ。ここまで来たじゃん」

 居心地の悪さに包まれながらどうにか講義を切り抜けた慧斗は、セラの半ば強制連行という形で大学近くのファミレスに連れ込まれていた。

 今日は一コマだけのために大学に足を運んだのだ。寝不足もあって早々に帰宅して昼寝でもしようかと考えていた慧斗だが、先ほどの詫びに奢ると食い下がられたので渋々である。

「慧斗って、呪いとかオカルトみたいなのって興味あったっけ?」

「無い。むしろセラの方がそういうの好きだよな」

 昔から目に見えないものに関心が無かった慧斗にとって、呪いや幽霊といった類のものは映像の世界の中だけの存在だった。

 一方で、セラは本気で信じているわけではないのだろうが、オカルトじみた話や心霊スポットなどに興味がある方だ。

 というより、そうした非現実的なものを友人たちと楽しむことが好きなのだろう。その感覚は慧斗にも理解できるところがる。

「そうだけど。じゃあなんで急に呪いとか言い出したわけ?」

「…………これ」

 百聞は一見に如かずというやつだ。慧斗は自身のスマホを取り出すと、アプリを起動した状態の画面をセラの方に差し出す。

 表示されているのはごく普通の、出前アプリの配達画面だ。ただし、配達しているのは料理ではなく呪いなのだが。

「何これ……ホラゲーのアプリ?」

「いや、みんな大好きデリマスのアプリ」

「デリバリーで死を運んできてるの? 意味わかんない」

 意味がわからないと言いたいのは慧斗も同様だった。死を頼んだ覚えなどまるで無いのだから。

 自身の頭でも昨晩起こった出来事を整理するように、セラに一連の出来事についてを打ち明けていく。

「お前だって、無料とか言われたら注文してみるだろ?」

「それにしたって、誤配の料理食べたりはしないけど」

「それは……ごもっともですケド」

「で、勝手に食べたから呪われたの?」

「んー、そこがよくわからん」

 問い掛けに対してうーんと唸る慧斗は、顎に手を当てつつスマホの画面と睨み合う。

 アプリ内に表示されている到着予定時刻は、6日と12時間36分となっている。通常であれば日時予約でもない限りは日を跨ぐ配達などあり得ないし、普通ではない。

「なんか、盗撮されたりもしててさ」

「へ、盗撮? 慧斗を?」

「俺が誤配の荷物取りに行くトコ撮られててさ、しかもそれがネットにアップされてたんだよ」

「じゃあ、誰かのイタズラなんじゃないの?」

「俺もそう思ったけど。仮にそうだとして、俺がそのタイミングで動画見つけられたのも妙なんだよな」

 セラ自身は半信半疑の状態なのだろうが、茶化しつつも慧斗の話に真剣に耳を傾けているのだということがわかる。

 悪ふざけをすることもあるが、セラは気の利く女性でもある。見た目だって可愛いのだし、恋人を作らないのが不思議だと慧斗は思っていた。

 それを本人に伝えることは、口が裂けてもするつもりはないのだが。

「イタズラにしても、デリマスに問い合わせた方が良さそうだよね。個人情報抜かれてたりして」

「そこなあ……まあ、最悪カード止めてもらえばどうにかなるか」

 皿の上に残るポテトの最後の一本は取り合いになるかと思ったが、奢ると言った手前サラは手を付ける気はないらしい。

 遠慮なくそれを口に運ぶと、指につく塩を払い落としてから氷で薄まったコーラで口内を潤す。

「とりあえず、家帰ってもっかいちゃんと調べてみたら?」

「おう、そうするわ」

 彼女の言うことはもっともで、昨晩は青年とのこともあってきちんと家の周りを調べる時間も無かった。

 家の中にだって何か仕掛けられている可能性もあるかもしれない。イタズラならそれでいいが、このままでは慧斗自身も落ち着かないとは考えている。

「あれ、それ忘れ物じゃない?」

「え?」

 先に席を立った慧斗の背中を呼び止める声に、うっかりスマホでも置きっぱなしにしただろうかと振り返る。

 つい今しがたまで使用していた四人掛けテーブル。セラが指差しているのは、慧斗の座っていた椅子の隣だった。

 そこに置かれているのは、どこにでもある小さな白いビニール袋。それ単体ではなく中には何か入っているようで、椅子の上で自立している。

「いや、俺のじゃないけど……」

 間違いなく自分の私物ではない。けれど、ほんの十数秒前まで確かにそこには無かったはずの袋だ。鞄を置いていたのだから間違いないだろう。

 店内はそれなりに賑わっているものの、慧斗たちの周囲に目を盗んで箱を置けるような人物は見当たらない。

「慧斗のじゃないなら……誰が置いたの?」
 慧斗はその問い掛けへの答えを持っていない。

 本能的に、嫌な予感がした。

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