最終死発電車

真霜ナオ

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33:エピローグ -前編-

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「と……止めてくださいっ!!!!」

 それ以上を視界に入れ続けることができなかった私は、モニターから目を背けてそう叫んでいた。
 少しして音が止んだところで、映像が停止されたのだということがわかる。そちらへ向き直ると、先生はなんの感情も篭らない瞳で私を見ていた。

「こんなの……許されないですよね。人を使って、こんな酷いこと……っ」

「許されないと、思うかね?」

「当たり前じゃないですか!!」

 分厚いガラス張りの壁を殴りつけた私の手が痛むけれど、そんなことを気に掛けている余裕はない。
 ガラスの向こうで台の上に横たわり、拘束されているに比べれば、こんなのは痛みのうちにも入らないだろう。

 無精ひげを生やして皺も増えた彼は、流れていた映像の中よりも少し老けている。
 映像を止めたとはいえ、この瞬間も実験は続けられている。その証拠に、痛みを感じているであろう彼の身体は、ビクビクと跳ねているのだから。

「こんな研究、今すぐ中止してください。人権問題になりますよ!?」

 実験を受ける彼の頭には、数えきれないほどの多種多様な装置が繋がれている。
 それが脳に対して様々な刺激を与え、夢を見続ける彼は惨たらしい目に遭い続けているのだ。

 少数精鋭で行われている脳の研究だと言われてやってきたが、こんな話は聞いていない。

「きみは、この研究に反対するのか?」

「当然ですよ、こんなのやっていいことじゃない。どうして誰も止めないんですか!?」

 私と先生の他にも、この研究室では数名の研究員が実験を見守っている。
 逆らえば処分くらいはされるかもしれないけれど、こんな研究はメディアに知られればあっという間に広まって、大問題になるのは間違いない。

 メディアが使えないとしても、今の時代にはSNSがある。拡散力の高い人間の目に留まれば、広まるのは一瞬だ。

「この研究はな、国の指導のもとに行われているものだ」

「そっ……そんなの、信じないです! 国がこんな……仲間想いの無害な青年を痛めつけるなんて、ただの拷問じゃないですか!?」

「もちろん、表に出ることはない。秘密裏に行われている研究だからね」

 そんなのは当然のことだろう。日本は法治国家なのだから、こんなことをすればどうしたって罪に問われる。
 それを国が認めているだなんて、私は馬鹿にされているのだろうか?

 けれど、先生がそんないい加減なことを言う人ではないことも知っている。私の大学時代の恩師であり、先生に憧れて研究職に就くことを選んだのだから。
 心根の優しい男性で、私のもう一人の父親のような存在。人間的にも尊敬できる人だったのに、こんなことをしていただなんて。

「……彼はね、清瀬蒼真は……死刑囚だ」

「え……?」

「とはいえ、刑が執行されるのは随分と先の話になるだろうと言われていてね。それまでは塀の中で、ぬくぬくと暮らすことになる」

 先生の言葉が本当だとして、彼が死刑囚だというのなら、相応の罪を犯したのだろう。
 だとしても死刑囚という立場を利用して、人間をモルモットのように扱うことは許されない。動物実験だって、私は賛成できないけれど。

「死刑囚なら、苦しめてもいいということにはなりません」

「そうだね。わたしもそう思っていたよ、数年前までは」

「数年前……?」

「わたしの娘はな、あの男に殺されたんだ」

 先生の言葉に、そういえば数年前に一人娘を亡くしたと風の噂で聞いたことを思い出す。
 大学を出たばかりだった私は、先生に会う機会もなくて詳細を知ることはないままだった。まさか敵討ちのために、こんなことをしているというのか。

「それは……お辛かったと思います。でも、だからといって復讐なんて……!」

「意味がないことだと思うかい?」

「娘さんは、復讐なんて望んでないと思います」

 私の言葉に、先生は少しだけ悲しそうに笑う。そこに割って入ってきたのは、別の研究者の先輩だった。

「復讐は死んだ者の為じゃない、遺された者のエゴよ」

「先輩……」

「復讐は何も生まない。どのみち、死んだ人間は帰ってこないわ」

「だったら……!」

「それが、復讐をしない理由にはならないのよ」

 物言いからして、先輩も誰か大切な人を奪われた経験があるのかもしれない。もしかすると、この場にいる私以外の全員が。
 それでも私は、やっぱりその選択が正しいとは思えなくて、反論する言葉を探してしまう。

「わたしの娘……紅乃はね、利発で家族想いの優しい娘だった」

「え、紅乃さんって……」

 聞き覚えのある名前だと思ったが、映像の中で出てきた女性のことではないだろうか?

 あの映像は、清瀬蒼真が頭の中で見ている光景をモニターに映したものだと聞いていた。
 亡くなった先生の娘さんが、どうしてあの映像の中に登場していたのか、私にはわからない。

「この映像はね、清瀬蒼真の記憶をもとに構成された世界に、我々が手を加えたものなんだ」

「記憶をもとに……?」

「彼らの関係性はそのままに、清瀬蒼真の中の記憶は紅乃を殺す以前のものに留めてある。だから、この時点の彼はまだ罪を犯す前の状態だね」

「そんなことが、できるんですか?」

「実験段階ではあるが、結果はこうして映像に現われている」

「でも、それがこんな酷い実験をすることとどう……」

「あたしたちはね、自分がやったのと同じだけの苦しみを、本人に味わわせてやりたいの」

 冷たく鋭い先輩の声が、私の言葉を遮る。ガラス越しに清瀬蒼真を見つめる先輩の目には、殺意に近い感情が宿っているように見えた。

「でも、実際に手を下すほどあたしたちは野蛮じゃない。身体に傷をつけない代わりに、苦しい夢を見てもらうのよ」

「頭の中でなら痛めつけてもいいなんて……!」

「あなたは幸せね。大切な人間を、理不尽に奪われた経験が無いんでしょう」

 私のことを責めるような物言いなのに、先輩はどうしてだか泣きそうな顔をしている。そんな風に思ってしまって、続けようとしていた言葉を飲み込んでしまう。

「あたしも、綺麗事を並べて生きるだけの人生が良かったわ。こんな醜い感情、知らずに済むならそれが幸せなんだから」

「彼はね、サイコパスと呼ぶに相応しい人物だ。人の皮を被った獣だよ」

 自然と握り締めた先生の拳が、震えているのがわかる。一時停止をした画面には、清瀬蒼真の悲痛な表情が映し出されていた。
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