31 / 34
31:終着駅
しおりを挟む明かりに向かって歩いていくと、見えてきたのは地下鉄のホームだった。
設置されている柵は、確認したところ特に施錠などはされていない。端からホームに上がってみると、目の前に広がっているのは、どこにでもある普通のホームに見えた。
死の終着駅と聞いて想像していたのは、液体で埋め尽くされた真っ黒なホーム。
先頭車両のように黒い糸が張り巡らされていて、そこかしこに得体の知れない不気味な怪異が徘徊している。
そこには一歩足を踏み入れたが最後で、動くこともできずに捕まり、手も足も出ないまま僕たちは殺されてしまうのだ。
けれど、実際の終着駅は拍子抜けするほどに見慣れた光景で、明るくて安心感すら覚えてしまう。
「ここ……普通の駅に見えますね」
「うん、もっとこう……怖い場所を想像してたんだけど」
「僕もです。でも、怪異も見当たらないですね」
駅看板には、確かに八寒駅と表記されている。隣の駅名は書かれていないから、間違いなくここが終点になるのだろう。
一定の間隔で電光掲示板も設置されていて、地上に続いているらしい長い階段もある。時計を見てみると、針は深夜3時過ぎを示していた。
この時間帯にホームに人がいないのは不自然ではないし、駅員だって帰宅をしているのかもしれない。
「もしかして……帰ってこられたんですかね? 僕たち……」
希望を持ちすぎだと呆れられるかもしれないが、見知らぬ駅名であること以外は、不自然な箇所がどこにも見当たらないのだ。
手元にスマホがあれば、すぐにでも電波を確認して外に連絡したいところではある。
「っ……電話! 警察に電話かけてみましょう!」
「え、電話……? でも、スマホは持ってないし……」
「公衆電話ですよ、緊急通報なら確か小銭はいらないはずです」
「そっか……使ったことないから思いつかなかった」
スマホで手軽に連絡できるのが当たり前の日々を過ごしてきたから、僕も公衆電話を使ったことはない。
以前ネットか何かで見かけた情報を思い出した僕は、高月さんと共に公衆電話を探して歩き出す。目的のものは、ほどなくして見つけることができた。
「あ、あれ……! 清瀬くん、あそこに公衆電話があるよ」
地上へ続く階段のすぐ近くに、目立つ黄緑色をした一台の公衆電話が設置されているのが見える。
そこに歩み寄っていくと、僕は受話器を手に取ってから本体を見下ろした。
「えっと……これってどうやってかければいいんですかね?」
小銭を投入してボタンを押せば、普通は電話ができるものなのだろう。けれど、緊急通報の場合にはこのまま電話をすればいいのだろうか?
試しに数字のボタンを押してみても、なんの反応もない。
「これを押すんじゃないかな? ほら、110番とか書かれてる」
「あ、ホントだ」
高月さんが指差したのは、下の方にある赤いボタンだった。その隣には、緊急通報のやり方が書かれている。
その通りに赤いボタンを押した僕は、110のボタンを押して受話器を耳に当ててみた。
「っ……呼び出し音、鳴ってます!」
僅かな間を置いて、聞こえた呼び出し音に興奮が高まる。このまま警察に繋がってくれれば、まずは僕たちを保護してもらえるだろう。
自分の足でもう一度あのトンネルの向こうに戻るつもりはないが、事情を離せば警察が確認をしてくれるはずだ。
信じがたい話だとしても、通報を受けた以上は警察だって動かざるを得ない。
不意に音が途切れて、ノイズのようなものが聞こえる。受話器のすぐ向こうに人の気配を感じた僕は、相手が話し出すよりも先に口を開いた。
「もしもしっ!? あの、警察ですか? すぐに来てください、地下鉄で大変なことが起きてるんです……!」
『…………』
「あの、聞こえてますか? 緊急事態なんですけど……!」
『…………』
「通じないの?」
「いや、繋がってはいるはずなんですけど……」
僕の呼び掛けに応じる声が返ってこなくて、耳を澄ませてみる。ノイズは聞こえてくるので、通話が切れているということはないはずだ。
地下鉄だから電波の状況が悪いのかとも思ったが、スマホと違って公衆電話に電波は関係ないだろう。多分。
「もしもし、緊急事態なんですって……!」
『…………ォ……』
「あっ、聞こえてますか!? そちらの声が小さくて……」
ノイズに混じって僅かに声が聞こえたような気がして、受話器を強く耳に押し付ける。
こちらではなく向こうの電波が悪いのかもしれない。こちらの声が届いているのだとすれば、場所だけでも伝えなければ。
「僕たちは八寒駅ってところにいます、たくさん人が死んでるんです!」
『……ォ、セ……』
「え?」
『ィ、ォセ……』
「ッ……!?」
「き、清瀬くん……!? どうしたの? 電話は繋がらなかったの?」
反射的に、僕は受話器を投げるように手放した。全身から嫌な汗が噴き出して、心臓が激しく脈打っているのがわかる。
僕の行動に驚いた高月さんが、困惑した様子で僕と公衆電話を交互に見ていた。
ずっと気が張り詰めた状態だったから、そんなはずはないのに聞き間違えたのかもしれない。
けれど、その声は確かに僕の名前を呼んだ気がしたのだ。
「いや、すいません……勘違いかも……」
通話の状況が悪いから、それすら怪異の仕業のように思い込んでしまったのだろう。
助けを求められるのはこの電話しかないのに、幻聴に動揺している場合ではない。
そう思って受話器を持ち直した僕は、恐る恐るもう一度それを耳元へ運んでいく。投げ捨てた受話器が壊れたりしていなかったのは幸いだ。
「あの、もしもし……」
『……キヨセェ』
「ヒッ……!」
今度こそ、はっきりとした音で僕の名前が紡がれる。
それと同時に、受話器の穴から黒い液体が滲み出してきたのが見えて、僕は受話器を壁に叩きつけた。
コードに繋がれた受話器はぶら下がってゆらゆらと揺れながら、周囲に黒い液体を撒き散らしている。
「高月さん、逃げましょう……! やっぱりまだ戻れてないです!」
「えっ……う、うん……!」
完全に状況を飲み込めてはいないのだろうが、黒い液体を見て高月さんも察したのだろう。
一刻も早くその場から離れるために、僕たちは地上へ続くはずの階段を駆け上がっていく。
辿り着いたその先に、見慣れた街や人の姿があったらどれほど良かっただろう。
せめて、閉鎖的ではない外の空間に出られたのなら。
「……なん、で……うそだろ……」
「っ、そんな……」
階段を上りきった先に広がっていたのは、地下鉄のホームだった。
振り返ると、そこには間違いなく先ほどまでいたホームに続く階段がある。だというのに、階段の上にもまた地下鉄のホームがあるのだ。
同じように上へと続く階段があって、僕たちは藁にも縋る思いでさらに上を目指したのだが。辿り着いた先は、まったく同じ地下鉄のホームでしかなかった。
「べ、別の場所に本物の出口があるんですよ……!」
「別の場所なんて……外に続いてるのは、この階段以外無かったよ」
「いや、きっと見落としてるんです!」
見落としなんて無いことは、考えるまでもなくわかっている。
僕たちの立つこの場所は、ホームを挟んだ両側に線路が通っているのだ。そこから直接外に続く扉なんてあるはずもない。
「諦めたらダメです、高月さん。僕たちは一緒に帰るんですよ。必要なら、前の駅に戻ったっていい」
危険を承知の上ではあるが、選択肢がそれしかないのなら実行するしかない。
これまでだって、絶体絶命の状況を切り抜けてきたのだから、今回も脱する方法がどこかにあるはずだ。
この際、手の痛みなんて気にしていられない。僕は高月さんの手を取ろうと、彼女の方へ腕を伸ばした。
「…………え?」
強い風が吹き抜けたのはその瞬間だ。
何かが転がり落ちてくる音がしたと思うが早いか、僕の目の前から高月さんの姿が消えてなくなる。
見下ろすと、彼女に向って伸ばしたはずの僕の右手首の先が無くなっているのが見えて。
何が起こったのかわからないまま顔を上げると、そこには高月さんがいた。
正確には、高月さんの下半身が。
1
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
【全64話完結済】彼女ノ怪異談ハ不気味ナ野薔薇ヲ鳴カセルPrologue
野花マリオ
ホラー
石山県野薔薇市に住む彼女達は新たなホラーを広めようと仲間を増やしてそこで怪異談を語る。
前作から20年前の200X年の舞台となってます。
※この作品はフィクションです。実在する人物、事件、団体、企業、名称などは一切関係ありません。
完結しました。
表紙イラストは生成AI
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
怪物どもが蠢く島
湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。
クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。
黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか?
次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。
紺青の鬼
砂詠 飛来
ホラー
専門学校の卒業制作として執筆したものです。
千葉県のとある地域に言い伝えられている民話・伝承を砂詠イズムで書きました。
全3編、連作になっています。
江戸時代から現代までを大まかに書いていて、ちょっとややこしいのですがみなさん頑張ってついて来てください。
幾年も前の作品をほぼそのまま載せるので「なにこれ稚拙な文め」となると思いますが、砂詠もそう思ったのでその感覚は正しいです。
この作品を執筆していたとある秋の夜、原因不明の高熱にうなされ胃液を吐きまくるという現象に苛まれました。しぬかと思いましたが、いまではもう笑い話です。よかったいのちがあって。
其のいち・青鬼の井戸、生き肝の眼薬
──慕い合う気持ちは、歪み、いつしか井戸のなかへ消える。
その村には一軒の豪農と古い井戸があった。目の見えない老婆を救うためには、子どもの生き肝を喰わねばならぬという。怪しげな僧と女の童の思惑とは‥‥。
其のに・青鬼の面、鬼堂の大杉
──許されぬ欲望に身を任せた者は、孤独に苛まれ後悔さえ無駄になる。
その年頃の娘と青年は、決して結ばれてはならない。しかし、互いの懸想に気がついたときには、すでにすべてが遅かった。娘に宿った新たな命によって狂わされた運命に‥‥。
其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂
──抗うことのできぬ輪廻は、ただ空回りしただけにすぎなかった。
その眼科医のもとをふいに訪れた患者が、思わぬ過去を携えてきた。自身の出生の秘密が解き明かされる。残酷さを刻み続けてきただけの時が、いまここでつながろうとは‥‥。
ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿
加来 史吾兎
ホラー
K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。
フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。
華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。
そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。
そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。
果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。
感染した世界で~Second of Life's~
霧雨羽加賀
ホラー
世界は半ば終わりをつげ、希望という言葉がこの世からなくなりつつある世界で、いまだ希望を持ち続け戦っている人間たちがいた。
物資は底をつき、感染者のはびこる世の中、しかし抵抗はやめない。
それの彼、彼女らによる、感染した世界で~終わりの始まり~から一年がたった物語......
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる