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29:脱出
しおりを挟む「これって……トンネル、ですよね……?」
「多分……見た感じは地下鉄なのかな?」
扉を開けた先に真っ暗闇が広がっていたら、そこには僕たちの終わりが待っている。
そんな不安を抱えながら開いた扉の向こうには、ぽつりぽつりと等間隔の小さな明かりが見えた。
それは壁に設置された照明のようで、恐る恐る覗き込んでみると、どうやら地下鉄の線路の途中に電車が停まっているらしいとわかる。
危険を確かめるためにも、僕が先に電車を飛び降りて周囲を見回してみた。
遠くまでは暗くて見えないけれど、少なくとも視界に入る範囲に怪異のようなものはいないらしい。
振り向いてみると、電車は地面から天井に向けて斜めに突き出したような格好になっている。
地面は特にひび割れたり穴が開いたりしているわけでもなく、始めからそこに設置されていたオブジェだとでもいうみたいに、綺麗に車体が収まっていた。
「高月さん、降りられますか?」
「うん、大丈夫……痛ッ……!」
「あ、危ない……っ」
僕の後に続いて電車から飛び降りた高月さんは、足の怪我が痛んだのだろう。着地に失敗して、転びそうになってしまう。
慌てて彼女の身体を支えようと手を伸ばした僕のところへ、高月さんが半ばぶつかる形で倒れ込んでくる。
「ありがとう、清瀬くん。ごめんね、ずっと足手まといで」
「そ、そんなことないです。無事に電車を降りられて良かった」
「だけど、ここどこなんだろう……?」
顔を上げた高月さんとの距離がやたらと近くて、全身の痛みなんか吹き飛びそうなほどに動揺してしまう。
散々な目に遭ってお互いに酷い格好をしているというのに、高月さんはこんな状況でも綺麗だ。このまま彼女を離さずに済んだらいいのに。
そんなことを考えている僕は、高月さんの言葉でまだ安全な場所に辿り着いたわけではないのだと思い出す。
普通の地下鉄に見えるのだが、先ほどまで乗っていた電車だって、内装自体は普通の電車と変わりなかったのだ。
この場所だって、まだどこかに危険が潜んでいないとも限らない。
「わからないけど、じっとしててもしょうがないし……歩いてみましょうか?」
「それは賛成だけど、どっちに?」
そう、僕たちは一本の線路の傍に立っている。
車両が向かっていた方角と、反対の方角と、どちらに向かうのか。今の僕たちには、二つの選択肢が存在していることになる。
「普通に考えたら、終点とは逆の方向……ですよね」
僕たちは、終点に辿り着くまでに電車を停めなければならなかった。
それは、電車が終着駅に着いてしまえば、死ぬと言われていたからだ。つまり、終着駅には何かがあると考えるのが妥当だろう。
「あれ、看板がある」
「え……ホントだ、行ってみましょうか」
ふと、高月さんが駅看板を発見する。先ほど地下鉄の中を見回した時には無かったような気もするのだが、明るいわけではないので見落としていたのかもしれない。
そこに歩いていくと、駅看板には『阿鼻駅← →八寒駅』と表記されている。
「八寒駅って、確か終点の駅の名前でしたよね?」
「うん。電車が向かってたのもこっちの方向だし、そうだと思う」
「じゃあ、阿鼻駅の方に向かうべきですかね?」
「そう……かな」
どこか不安そうな表情を浮かべた高月さんは、阿鼻駅の方を見て何かを考える素振りを見せる。
終着駅に辿り着かないよう行動していたのだから、なにもおかしなことは言っていないと思うのだが。
「だって、僕たちは終点に行くのを止めようとしてたんですよ?」
「そうだけど……今まで通過してきた駅って、怪異が乗り込んできてたんだよ?」
「あ……」
高月さんの言わんとしていることを理解して、僕は同じように阿鼻駅の方角を見る。
このまま歩いて戻ることはできるだろうが、これまで到着した駅では続々と怪異が乗り込んできていた。
つまり、それらの駅では怪異が僕たちを待ち伏せている可能性があるということだ。
もちろん絶対ではないにしても、駅に着く度に怪異が現れたのは事実だった。僕たちはそれを身をもって体験してきている。
それに、不安要素は怪異だけではない。
「……明かりも、見えないですね」
「うん」
辛うじて表情が見えるくらいの明かりが、この地下鉄の中には設置されている。ただ、それは僕たちのいる場所から八寒駅に向かっての話だ。
阿鼻駅の方角には、この明かりが設置されている様子がない。目を凝らしてみても、どこまで続くのかもわからない真っ暗闇が広がっている。
「スマホも失くしたし、明かりがないと先に進むのは難しいと思う」
「これだけ暗いと、怪異がいてもわかんないですよね。あいつら全身真っ黒だし」
「線路の先がどうなってるのかもわからないし、電車だって普通じゃない動きもしてたから……」
彼女の言葉に、車内での動きを思い出す。
先ほどまで乗っていたこの電車は、通常ではあり得ない動きをしていた。横倒しになったり上に登ったり、どう考えても普通の道は走行していない。
ましてや、黒い液体に飲まれた車両もある。何も見えないまま歩いて進んだとして、あの液体の海に落ちないとも言い切れないだろう。
「……それなら、終点を目指すしかないですね」
「そっちも怖いけど、見えないよりはマシかな」
明かりはまるで、八寒駅へ僕たちを導こうとしているかのように、先へと続いている。
別の選択肢があれば良いのだが、地下鉄のどこにも抜け道は見つからない。まずは地上に出る道を見つけなければ。
「行きましょう、高月さん。ここまで来られたんだから、きっと帰れます」
進むしかないというのなら、どこまでだって進んでやるまでだ。
本当は手を差し出したかったけれど、生憎と無事な方の右手は、火傷が酷くて繋ぐこともできない。
「……清瀬くんと一緒なら、大丈夫な気がする」
「高月さん……」
隣に立った高月さんは、怪我をしていない僕の右腕にそっと掴まる。
普段は自分に厳しく人に頼るようなことをしない彼女が、その仕草が妙に弱々しく見えてしまって、僕が彼女を守らなければならないと決意を新たにした。
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