最終死発電車

真霜ナオ

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18:カーブ

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「鮎川さんって、どうしたの?」

「いや、あの……」

 写真の中に映っているのは、間違いなく7両目で見たあの怪異だ。
 ではどうして、その怪異が鮎川さんに見えてしまったのだろうか?

 面影があるなんて言い方はおかしいはずなのに、それが最も適切な表現に思えてならない。
 上手く言葉にできないままの僕の横から、高月さんが画面を覗き込んでくる。

「ッ……うそ……」

「な、なんだよ? 俺にも見せろって!」

 彼女の反応は、僕のあり得ない想像を肯定していくだけのものになってしまう。
 僕の手からスマホを奪い取った福村は、画面に視線を落として驚愕の表情を浮かべている。僕にだけそう・・見えたわけではないということか。

「さっき……あの羽虫みたいな怪異が、僕の名前を呼んだんだ。それが、あり得ないんだけど、一ノ瀬に見えて……」

「なに言ってんだよ、清瀬……じゃあ、今まで俺たちを襲ってきた怪異は、死んだ奴らだったっていうのか?」

「僕だっておかしなこと言ってるのはわかってるよ、喜多川。だけど……」

「なにが起きても不思議じゃない。だって、間宮さんも……そう・・なったじゃない」

 言いづらそうにしている高月さんが、6両目での出来事を思い出しているのがわかる。

 間宮さんは生きている状態だったが、急に怪異へと変貌してしまった。
 それを目の当たりにしておきながら、死人が怪異になることはあり得ないなんて、否定できる人間はいない。

「幡垣さんは、今まで見てきた怪異の中に見知った人はいましたか?」

「……オレか?」

「そもそも、アンタ最後尾から一人でここまで来たのかよ? ループしてるとか言ってたけど、あんな化け物相手にずっと一人で生き延びるなんてどうやったんだ?」

 僕にスマホを突き返してきた福村は、幡垣さんにそんな疑問を投げかける。

 確かに、始めは十二人いた僕たちだって、今や半数以下になっているのだ。
 だというのに、ループをしているという幡垣さんは一人でこの場に立っている。それほど戦闘力が高いということなのだろうか?

「……簡単に生き延びてきたように見えるか?」

「それは……見えないですけど、ボロボロだし」

「オレは、妹を見つけ出すことに必死でここまで来た。仲間とは違うが、最初は乗り合わせた他の乗客もいたさ」

「他にも人がいたんですね?」

「ああ。……全員死んじまったがな」

 どうやら幡垣さんも、最初から一人だったわけではないらしい。僕たちと違うのは、乗り合わせた乗客というのが知り合いではなさそうな点だ。

「頭は使ったが、オレは運が良かっただけさ。ただ、今までのループと違うのは、お前たちがやってきたことだな」

「僕たち……ですか?」

「オレが一人になるまでは、最初に乗り合わせた乗客以外に誰かが現れる気配なんかなかった。だが、5両目に到達したら急に後ろの車両が騒がしくなってな」

 僕たちが幡垣さんと出会ったのは5両目だ。その前に人がいたとすれば、僕たちが顔を合わせていなければおかしい。

「でも、終点までの駅って九つですよね? 幡垣さんも、最後尾からスタートしてるんじゃないんですか?」

「その通りだ。だからオレも不思議だったんだが……もしかすると、ループしてる別の電車とオレの乗る電車が繋がったのかもな」

「またループ説……」

 呆れたように呟く福村は無視をすることにして、僕たちは幡垣さんの説に耳を傾ける。
 先に前の車両にいたのだから、情報を持っているとすれば僕たちより彼の方だろう。

「始めは、とうとう後ろの車両からも怪異が這い出してくるようになったのかと思ったよ。咄嗟に扉を封じはしたが、思い直して正解だった」

「封じたって……もしかして、扉が開かなかったのって……」

「ああ、取っ手と吊り革を布で繋いで開かないようにしたんだ。怪異を相手に通用するとは思わなかったけどな」

 あの時、貫通扉が開かなかったのは、この電車の中になんらかの意図が働いてのものと思っていた。けれど、実際に塞いでいたのは幡垣さんだった。

「じゃあ……梨本さんと店長は、助かってたかもしれないのか」

 喜多川がぽつりと落とした言葉は、責めるようなものに聞こえてしまったかもしれない。
 それでも、あの場でスムーズに扉が開いてさえいれば、この場に残った人数はもっと多かったのではないだろうか?

「どう思われようと構わないが、オレは自分の身を守っただけだ。状況だって不明瞭だった以上、お前らだってオレの立場なら同じことをしただろうよ」

「そう、ですね……」

 幡垣さんは、店長たちを殺そうとしてやったわけではない。隣の車両の状況が見えない以上、彼の判断は正しかった。

『この先、カーブが多くなります。電車が揺れますので、ご注意ください』

 車内の空気が微妙になった時、聞き慣れないアナウンスが響き渡る。
 いや、正確には耳にしたことのある内容なのだが、この電車に乗ってからは初めて聞くものだ。

「カーブって、まだ次の駅に着くわけじゃないのか」

「それなら早く次の車両に、っ……きゃあっ!!」

「うわあっ……!?」

 停車のアナウンスでないのなら、とにかく先に進むべきだ。そう判断した時、電車が大きく揺れて身体が傾く。
 思わず床に膝をつく形になるが、体勢は安定せずにそのまま身体が滑っていくのを感じる。車体が傾斜しているのだ。

「これ、っ……ホントに曲がってんのか!?」

「なんでもいいから掴まれ……!!」

「マズイ、桧野さん、ッ!!」

 これはカーブなんてものではない。速度を上げたまま曲がろうとしているみたいに、車体が今にも倒れそうな状態になっている。
 いや、このままでは倒れると直感した。

 僕はどうにか座席の間にある手すりに掴まる。怪我をしている掌は痛いが、気にかけている場合ではない。

 高月さんと福村、幡垣さんもそれぞれどうにか掴まれる場所を見つけている。問題は喜多川と桧野さんだった。

 急な傾斜で転んだ喜多川は、受け身も取れずに強かに身体を打ちつけてしまったらしい。
 背負われていた桧野さんもまた、床の上に転がり落ちてしまった。

『次は、大叫喚だいきょうかん駅。次は、大叫喚だいきょうかん駅。お出口は右側です』

 こんな時に非情なアナウンスが流れる。今まで以上にマズイ状況だということは、ひと目でわかるものだった。

 車体は右手側の乗降扉を下にするような形で傾いている。やがて扉は完全に足元にくるだろう。

 その状態で掴まる場所を見つけられなければ、開いた扉の向こうへ真っ逆さまだ。
 せめて座席の方へ移動できれば良いのだが、重傷を負っている上に体勢も立て直しづらいこの状況では、桧野さんは真っ先に落下してしまう。

「や……清瀬先輩……ッ」

 僕は車両後方の扉から数えて一つ目と二つ目の間、左手側のロングシートの中央部分の手すりに掴まっている。
 桧野さんは右手側の乗降扉の二つ目、喜多川はその奥のロングシートの上だ。

 車体にブレーキがかけられているのがわかる。扉が開くまでもう時間がない。
 福村と幡垣さんはもっと前方にいて、一番近くにいる僕たちが彼女を救わなければならないと理解した。

「あっ……!?」

「高月さん!!」

 そう考えていたのに、後方から声が聞こえてそちらを振り返る。
 僕の後ろで優先席の手すりに掴まっていたはずの高月さんが、滑り落ちようとしていた。

 無情にも電車は停車して、闇への入り口がぽっかりと口を開けて彼女を迎え入れようとしている。

「クソ、高月さん……!!」

 同時に二人を助けることはできない。そう判断した僕は、手を離して右手側のロングシートの上に着地する。
 そのまま飛び込むようにして腕を伸ばすと、高月さんの胴体に腕を回して力任せに引き寄せた。

「うっ……だ、大丈夫ですか……?」

 女性とはいえ、それなりに重さはある。衝撃をそのまま受け止めた僕の腕は、正直骨でも折れたんじゃないかと思ったのだが、どうにか無事に済んだらしい。
 必然的にゼロ距離まで近づいた高月さんの顔が、かつてないほど至近距離にある。

「大丈夫、みたい……清瀬くん、ありがとう、ッ!」

 どうやら、高月さんも無事らしいと安堵しかけたが、離れようとした彼女が眉を顰める。
 ギリギリで救うことができたつもりでいたのに、高月さんの左足は黒い液体を纏っていた。
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