最終死発電車

真霜ナオ

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04:電車の外

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「本当に、止まった……」

 景色が動いているかどうかはわからないものの、電車が走っていた時には確かに揺れを感じていた。
 それならば、今は完全に電車が止まった状態だと考えていいのだろう。

 少しして、聞き慣れた音と共に、進行方向から見て左側の扉が開く。
 僅かに安堵が広がるが、そこからすぐに降りようとするには、少々問題があった。

「外……どうなってるんですか?」

 桧野さんの疑問はもっともだ。
 確かに扉は開いたのだが、その先に広がっているのは、何もない真っ暗闇だった。

 消灯した無人のホームだとか、そういうことではない。
 車内の明かりは間違いなく外に漏れているはずなのに、窓から見た景色と同様に、扉の一歩先には黒以外の色が見えないのだ。

「これって、降りたらどうなるんだ?」

「降りたらっていうか、そもそも降りられるのかな?」

「少し先どころか、足元も見えないですよね」

 喜多川の疑問に答えられる人間はおらず、続く高月さんの言葉もしかりだ。
 各々が、自分に近い場所から扉の向こうを覗き込んでいる。恐怖心が働くのか、誰も頭を出すことはしていないが。

 暗闇に近づいてみても、冷さや暖かさはおろか、空気の流れも感じることはできなかった。

「見えなくたって、このまま電車に乗り続けるよりはいいんじゃないの?」

 そう言い出したのは、鮎川あゆかわ紫苑しおんだ。
 ショートヘアに気の強そうな顔をしている彼女は、僕にとっては先輩にあたる。ただ、高月さんと比べても近寄りがたい雰囲気がある人だ。

「都市伝説だとか信じてないけど、終着駅に行ったら終わりなら、ここで降りた方がいいじゃない」

「それは、言われてみれば……」

「あゆちゃんが行くなら、私も降りるよ」

 鮎川さんの意見に賛成の声を上げたのは、雛橋ひなはし橙花とうかだった。
 メガネで地味な印象のある女性だが、同期の鮎川さんとよく行動を共にしている姿を目にする。

「じゃあ、ヒナも降りよ。他の人はどうする? 残りたい人は別に止めないけど」

「あっ、チャルも降りる~! 早く帰って、ピーチにご飯あげないとだし」

 カツカツとヒールの音を響かせてやってきたのは、間宮まみや茶琉ちゃるだ。

 確か、今年34になったんだったか。年齢にそぐわない若作りをしている女性で、正直ノリがかなり痛い。
 ピーチというのは、彼女の飼っているチワワだった気がする。

「それじゃ、お先に失礼します」

 自分以外にも降りる人間がいるということを確認した鮎川さんは、先陣を切って車両の一番後ろから外に出ていこうとしていた。
 彼女の言う通り、電車に乗り続けているのは得策ではないのかもしれない。

 高月さんや喜多川はどうするのかと、僕は二人の方を振り返る。

「ッぎゃああああああああ!!!!??」

「!? な、なんだ……っ!?」

 ジュワッという、電車の中で耳にするには不似合いな音が聞こえた直後。

 突如として響いた耳障りな音に驚いて、そちらを見た僕は自分の目を疑った。
 その音の原因は鮎川さんで、それが叫び声だと認識できたのは、随分遅れてからだったかもしれない。

 斜め後方側に立っていた僕からは、彼女の身体の前面が闇に埋もれているように見えた。
 けれど、すぐに飛び退いた彼女はふらふらとした足取りで、ゆっくりこちらを振り返る。

「ヒッ……!?」

 隣に立っていた桧野さんが、短い悲鳴を漏らす。
 僕たちの方を見たはずの鮎川さんは、身体の前面が無くなっていた・・・・・・・

 黒いタールのような粘液を纏った身体からは、ジュウジュウと焼け焦げた臭いと共に、煙が立ち上っている。
 ボタリボタリと床に落ちる液体は赤黒い色をしていて、断面から同じ色の糸を引いていた。

「と、溶けてる……?」

「やだ、なにこれ……あゆちゃんっ!!」

「ぉ……が、ぐ……ぁ……」

「きゃああああっ!!」

 鮎川さんは無意味な声を発していて、傍にいた雛橋さんは、崩れ落ちそうになった彼女の身体を咄嗟に抱きとめる。
 その腕に液体が流れ落ちると、悲鳴を上げた雛橋さんは鮎川さんの身体を突き飛ばした。

 厚手のコートを着ていた雛橋さんは怪我こそしなかったものの、触れた液体によって袖口が溶かされて肌が露出している。

 鮎川さんの身体はそのまま暗闇へと倒れ込んでいき、上半身が飲み込まれてしまった。
 見えているのは下半身だが、闇の向こうに消えた半身はもう、残されてはいないのだろう。

「ど、どうなってる……!? 溶けたぞ!?」

「あり得ない、なんだよ……死んだのか!? なにが起こってんだよ!?」

 店長と福村が騒ぎ出すと、それが引き金となって他のメンバーもパニックを起こし始める。
 ただ、それを止める気力なんてない。僕だって、叫び出さないのが不思議なくらいなのだから。

「マジで、都市伝説の電車だってことなのか……?」

「バカなことを言うな! そんな非現実的なことが起こるわけがないだろうが!!」

「けど、じゃあアレはどう説明するんですか!?」

「知らん! わたしは知らんぞ!!」

 現実から目を背けようとしている店長は、喜多川の言葉に噛み付いている。
 いくら非科学的なものを信じていない人間であっても、目の前であんな光景を見せられて、冷静でいられるはずがない。

「……少なくとも、降りることはできない。それは確かです」

 僕の言葉に、行き場のない怒りを宿した店長の瞳がこちらを向く。

「やっぱり、先頭車両に行かなきゃダメだと思う」

 尻もちをついた雛橋さんを助け起こしながら、高月さんがそう口にする。
 外にも出られず、他に逃げ場もないのだから、そうするしかないことは誰もが理解してるだろう。

「そもそも、どうして電車を止めなきゃいけないんですか? あたしたち、なにもしてないのに」

 涙目になっている桧野さんの疑問は、全員が思っていることかもしれない。

 好奇心で心霊スポットに足を踏み入れたわけではない。
 僕らはただ、終電に乗り込んだだけなのだ。こんな不可解な出来事に巻き込まれる理由などないだろう。

「噂、だけど……電車を運転してた車掌が、あまりにも飛び込み自殺を見すぎて心を病んで、自分も電車に飛び込んだって。その車掌が悪霊になって、この電車を運行してるらしい」

「無差別な車掌の恨みってことか……?」

「どうなんだろう。車掌も悪夢のループから抜け出せなくなって、誰かが電車を停めてくれるのを待ってるって話もあるけど」

 喜多川の話は不確定な部分も多いが、そもそもが噂話なのだから仕方ない。
 先頭車両に行って電車を停めなければならないという、その部分が正しいことを願うだけだ。

「どのみち、このままじっとしてても時間が過ぎてくだけだ。なら、最初に決めた通り、先頭車両に行ってみよう」

「うん、そうしよう」

「わ、わかりました……!」

 始めに先頭車両に向かう予定だった僕ら四人の決断は早く、それを止める人間もいない。

『ドアが閉まります』

 そんなアナウンスと共に、開かれていたドアがすべて閉じていく。
 ドアの傍で倒れた鮎川さんの下半身はそのままだったけど、誰も近づきたいとは思わないのだろう。

「ま、待て清瀬! わたしも行く!」

「え、店長……?」

 歩き出そうとした時、思わぬ声に僕は目を丸くしてしまった。
 部下に行動させて楽をしようとしていた店長が、僕のところへやってくる。一体どういう風の吹き回しなのだろうか?

「死体と一緒の車両になんぞいられるか、傍にいると臭くてかなわん!」

(うわ……最低だな、このオッサン)

 脱出のために手を貸す気になったのかと思ったが、どうやらこの車両に留まりたくないだけらしい。
 顔には出ていなかっただろうけど、やはり僕とは違う種類の人間なのだと思った。

「店長が行くなら俺も行きますよ」

「チャルも!」

 言葉にはしないものの、店長の発言を聞いて同じくこの場に残りたいとは思わなかったのだろう。
 この車両で待機しているはずだった全員が、僕らと行動を共にしようとしているらしい。

「まあ、いいですけど……じゃあ、行きましょうか」

 満員電車ではないのだし、人数が増えて困ることもないだろう。
 僕らは改めて、全員で先頭車両を目指すことになった。
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