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32:裏ルール
しおりを挟む「その裏ルールってやつ、お前が嘘を言わないって保証はないだろ。本当のことなのかどうか、俺には確かめる方法が無いんだから」
裏ルールなんてものを後から持ち出すあたりが、まずは信用ならない。
知らないと損するだなんてルールを教えるつもりがあるなら、そもそも最初から伝えておくべきだろう。
俺に正体がバレたから適当に都合のいいルールをでっちあげて、ゆきまろの思い通りの願いを叶えさせられることになるのではないだろうか?
そう疑うのは当然のことだと思うのだが、彼女はすぐに俺の信用を得られないであろうことを、理解している風だった。
「保証はないけど、全部バレたのに今さらマロは嘘をつかないよ。それに、聞くだけならユージくんの不利にはならないでしょ? タイムリミットまで、もう少しだけ残ってるし」
「……聞くだけ、聞いてやる。信用するかは別問題だけどな」
「うん、それでいいよ。ありがと」
裏ルールがどのようなものかはわからないが、それが信用できるかどうかは俺自身が判断すればいい。
少なくとも、聞いて損をするようなことにはならないだろう。最後の悪足掻きに時間を稼ごうとしているようにも見えない。
一応、ロウソクの残量を確認できるよう傍からは離れないようにしておく。
「裏ルールその1。死んだ人間を生き返らせることはできない。トゴウ様は呪いによって命を奪うことができるけど、命を与えることはできないんだって。これは過去に、死んだ友達を生き返らせようとした人がいたみたい」
「……なら、俺が儀式の前に戻りたいって願った場合は?」
「多分、戻ること自体できないんだろうね。だから、生き返らせることもできない」
もしも俺がゆきまろの正体に気がつかずに、願いを実行していたとしたら。彼女は素知らぬ顔で、何も起こらなかったことに驚くふりをしたのだろうか?
「戻ること自体できないって、どうしてわかるんだよ? お前だって、試したわけじゃないだろ」
「そうだけど……まあ、もし戻れたとしても普通はやらないと思うけどね」
「何でだよ? みんなが生き返る可能性があるなら、やらないなんて選択肢はないだろ」
「それはどうかなあ。ってことで、裏ルールその2。トゴウ様の呪いを無効にすることはできない」
ゆきまろは俺の疑問を無視して、次のルール説明へと進んでいく。
都合の悪い部分をスルーするあたり、やはり彼女は嘘をついているのではないだろうか?
そう疑いはしたのだが、二つ目のルールに俺は自然と眉間に皺が寄るのがわかった。
「無効にできないって……じゃあ、ここまで全員が生き残ってたとして……全員を生きたまま帰らせてくれって願いをしたとしても、叶えてもらえないってことか?」
「そう。儀式を行った時点で、マロたちはトゴウ様と契約を交わしてる。一人は願いを叶えてもらえる代わりに、それ以外の人間の命は捧げますよって」
「そんなの……」
「トゴウ様だって、タダ働きをしてやる義理はないってことなんじゃない? ハイリスク・ハイリターンってやつ」
命のリスクがあるとわかっていたら、そもそも挑戦する人間の方が少ないだろう。
そこまでして叶えたい願いなんて無いし、これが本物の呪いだなんて考えるはずがないのだ。
「……けど、俺が願いを叶えたらお前も呪い殺されるんじゃないのか?」
ふと、ゆきまろはずっと俺に願いを叶えさせようとしていたことを思い出す。
彼女の言うことが正しいのなら、生き残れるのは一人だけ。俺がこの人形を燃やせば、自動的に彼女は呪いを受けることになるのだ。
俺と結ばれることが彼女の願いだとするなら、この儀式に参加をしたことはやはり矛盾だと言わざるを得ない。
それを知った上で参加をしたのなら、そんなのは単なる自殺行為ではないか。
「言ったでしょ、マロの儀式はもう終わってるって。トゴウ様の儀式ができるのは、一人一回だけ。だからユージくんたちの儀式では、マロは人数にカウントされてないんだよ」
「じゃあ……誰が願いを叶えたとしても、お前は生き残れてたってことなのか?」
そうか。だからゆきまろは、俺に願いを叶えさせたかったのだ。
俺を生き残らせなければ、彼女の望みは叶わない。
ニコリと笑って近づいてきた彼女は、徐に俺のコートのポケットに手を伸ばす。
そこから取り出した自分の人形を、彼女は俺の目の前で引きちぎって見せた。
「っ……!!」
瞬間、彼女の頭と胴体が引きちぎれるのではないかと案じたのだが。人形がちぎれても中身の綿が舞うだけで、ゆきまろの身体には何の異変も現れることはなかった。
彼女の言う通り、ゆきまろはこの儀式の人数にカウントされていないのだ。
「裏ルールその3。願いを叶えてもらった人間は、代償を支払わなければならない」
「代償……?」
「そう、代償。これが、トゴウ様にお願いを叶えてもらう怖いところなんだよね」
他のメンバーはもれなく呪い殺される。
それを思うと命の危険があるような代償なのでは、との可能性が脳裏を過ぎる。
けれど、命を奪われるようなものではないのだろう。
なぜなら、トゴウ様に願いを叶えてもらった彼女が、こうして生きているからだ。
「代償って、どうなるんだよ?」
「代償は、お願いの内容によって異なるみたい。きっと欲張りな人ほど、支払う代償も大きいんだろうね」
「ゆきまろ……お前の代償は、何だったんだよ?」
彼女は、自分ではない別の人間になるという願いを叶えてもらったのだ。
普通の人間では、到底叶えることのできない大きな願いといえるだろう。それも十分、欲張りな願いなのではないだろうか?
「マロの代償は……カルアになれた代わりに、すべてを失うこと。家族も友達も住む場所も戸籍も、ゆきまろが生きてきたことを証明するものぜーんぶ!」
「全部って……そんなことが……」
「だって、トゴウ様はマロのお願いを叶えてくれたんだよ? 嘘だと思うなら、ここを出てから全部調べてくれたっていいし」
すべてを失ったにも関わらず、彼女からは悲壮感を微塵も感じられない。
むしろ今にも踊り出しそうなほどに、キラキラと輝いて見えた。
ゆきまろは元々こんなにも狂った人間だったのだろうか? 失うものが無くなったことで、簡単に人殺しさえできるようになってしまったというのか。
それとも、トゴウ様によってすべてを奪われたことで、狂ってしまったのだろうか?
動画のコメントや文字の上での彼女しか知らない俺には、それを判断する術はない。
「どんなお願いをするのも自由だけど、願い事をするなら覚えておいてね。代償は必ず支払わなきゃならないものだから」
願いを叶えるために、代償があるなんて知らなかった。
誰も生き返らせることができないなんて、知りたくなかった。
それなら俺は……トゴウ様に何を願えばいい?
「ほら、時間だよ。ユージくん」
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