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14:財王
しおりを挟む「撮影してようが後でいくらでも編集できんだろうが。っとにイラつくな……あのクソ女、どこに隠しやがった」
他のメンバーの声はタブレットから何度も聞こえていたが、財王さんの声を聞いたのは最初の方だけだったかもしれない。
クソ女というのは、財王さんの人形を隠したねりちゃんのことだろう。
目の前に立つ彼は、どう見ても明らかな苛立ちを纏っている。まるで手負いの猛獣を前にしているかのようだ。
少しでも対応を間違えれば、俺はこの場でボコボコにされてしまうのではないだろうか?
「結構探してきましたけど、俺も全然見つけられてないですよ。というより、みんなそうなんだろうし。西側の一階と二階には、少なくとも財王さんの人形もありませんでした」
「……そうかよ、ならくらだねェ話ばっかしてねーで人形探せ。テメエらも、オレより先に見つけやがったら……わかるよな?」
探す必要のない範囲を消したことで、少し機嫌は戻ったのかもしれない。
声量は落ち着いたが、画面越しにメンバーへも圧をかける財王さんに、否と言える者はいなかった。
……いや、実際には一人。財王さんの怒鳴り声も関係なしに撮影を続けている人物がいる。
「オイ、聞いてやがんのかダミー!? 何とか言えやコラ!!」
『うっさいなー、大声出さなくても聞こえてるヨ。探せって言いながらダミーの手止めてんのは財王なんだケド』
「チッ、イカレ女が減らず口ばっか叩きやがって」
財王さんに臆さず返せるのは、ダミーちゃんが彼と対等だからというわけではない。彼女は単に怖いもの知らずなのだ。
悪く言えば、頭のねじが数本抜け落ちているのではないかと思う。
「財王さん、時間無くなっちゃいますし。次の部屋探しに行きましょ! 探した分だけきっと早く見つかりますし!」
「……ならテメエはオレの倍働けよ、ユージ。わざわざクソつまんねえ企画に乗ってやったんだからな。本来ならテメエがオレを企画に呼ぶことなんざできねえんだぞ? 感謝してキビキビ動け」
「……努力します」
カルアちゃんと食物連鎖の二人は、財王さんの怒りに委縮してしまっている。
このままではマズイと感じた俺は、とにかく彼の意識を人形探しに向けさせることにした。
家庭科室に入っていくと、俺は率先して人形探しをするために手足を動かす。
財王さんも、のしのしといった動きで室内に入ってくる。まるで熊のようだが、今の俺には熊より怖い存在かもしれない。
財王さんは、羽振りのいい兄貴肌のMyTuberという印象だ。
リスナーからのコメントにも、『財王アニキ』などと呼ばれては慕われている。
だが、それはあくまで財王というMyTuberの表向きの顔だった。
コラボをしたり親しくなるにつれて、少しずつ俺は財王さんの本性を知っていくことになる。
カメラが回っていない場所での態度はとても横柄で、自分より下だと判断した人間に対しては高圧的な態度を取る人物なのだ。
だが、登録者数はメンバーの中で一番多い。
本来なら楽しく撮影できるメンバーだけを集めたかったのだが、このメンツを呼んで財王さんだけを誘わないわけにはいかなかった。
MyTuberにだって、上下関係というものがある。上の人間に目をつけられてしまえば、活動もしにくくなるのだ。
(……それに、彼の登録者数の多さを利用しようと思ったのも事実だ)
誘いを断ってくれないかと思ったが、財王さんは企画の主旨を話すと、二つ返事で参加をすると言ってきた。
まだまだ弱小MyTuberの俺にとっては、登録者数の多いMyTuberにあやかって、そこのリスナーを呼び込んでいくことも大切な活動のひとつだ。
裏の顔に難はあるが、幸いと言うべきか手を上げられたりしたことはない。
多少の暴言や多少の乱暴なスキンシップは、企画成功のために与えられた試練と思ってカウントしないことにしよう。
「オイ、そっちの棚の中はちゃんと見たか? 見逃しなんざしやがったらその使えねェ目ん玉潰してやるからな」
「はい、見ましたけど……何も入ってないし、人形があったらすぐにわかりそうなので無いみたいですね」
「クソ、ここもハズレか。無駄足ばっか踏ませやがって」
「……財王さんのお願いって、MyTuber界のトップになることでしたよね? こんなことしてトゴウ様にお願いしなくても、自力でなれそうだなって思うんですけど」
正直に言おう、これはお世辞だ。
俺たちメンバーの中ではトップの財王さんも、数多のMyTuberたちの中ではまだまだ下層の部類になる。
動画の内容が幅広い年齢層向け、というわけではないのもその一因なのだろう。
大金をばら撒いて作られる動画は、若者の目を惹くだけの話題性はある。けれど、それを子供や年配者が観るかと考えれば答えはノーだ。
働き盛りの世代だって、自分が裕福でもないのにそんな動画を勧められても、嫉妬心を煽られるだけで固定ファンにはならないだろう。
それに最近の動画は、少しばかり余裕の無さが滲み出ているように感じられる。
上手く編集しているのだろうが、彼の裏の顔を知る人間が見れば、ここで暴言を吐いたりしたのだろうという雰囲気を感じ取れるのだ。
「そりゃあ、自力でだってトップにゃなれんだよ。けどな、どうせこんな企画をやるっつーなら、それでトップになりゃ話題性も上乗せになんだろうが。テメエもその話題に乗っかれんだから感謝しろよ」
「確かに……都市伝説が本物だったって証明にもなるし、後々語れるネタも増えますね。俺じゃあそこまで頭が回らないし、やっぱり上の人って考えることから違うんですね」
「だろ。だからこそテメエらのクソしょうもねえ願いなんかより、ずっと叶える価値があるんだよ」
「ハハ、そうかもしれませんね。それじゃあ、俺ももっと張り切って人形探さないと」
顔で笑いながら、俺の腸は煮えくり返っているんじゃないかと思った。
牛タルとねりちゃん。二人の願いを聞いた後だからこそ、それを馬鹿にされたことが許せなかったのだ。
もちろん、財王さんはあの二人の本当の願いを知らない。
(アンタの願いがきっと、一番クソしょうもねえよ。……俺の願いと同じくらい)
批判的な意見を抱いたが、俺の願いだって財王さんと大して変わらない。
数字を増やすこと。有名になること。この企画自体、リスナーを楽しませるという目的ですらなく、自分のためだけに立てられたものなのだ。
こんな俺たちの願いを叶えるくらいなら、牛タルやねりちゃんの願いが叶った方が絶対にいいに決まってる。
「ユージ。探し終わったんなら次、隣行くぞ。ちんたらやってんじゃねえ」
「そうですね」
ユージというキャラクターを作っておいて、良かったと心底思う。
これが干村侑二という人間だったなら、きっと嫌悪がすべて顔に出てしまっていただろうから。
「そんじゃ、財王さんと一緒に給食室に向かいまーす」
俺は動画用の笑顔をめいっぱい張り付けて、カメラに向かってピースサインを作って見せた。
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