5 / 8
05:本音
しおりを挟む「じゃ、改めて帰ろっか」
先ほどまでの冷たい態度が嘘のように、冬芽は私の手を引いて今度こそ教室を出ようとする。
だが、やられっぱなしのままでは気が済まなかったのだろう。
「っ、冬芽……! その子、ホントはアンタのこと好きじゃないよ!」
瀬尾は、私たちの背中に向かって声を上げる。
立ち止まった彼の、握る手の力が少しだけ強まったような気がした。
「だって、罰ゲームで告白しただけなんだから!」
すっかり失念しかけていたが、私は彼に嘘をついていた。
いくら罰ゲームだったとはいえ、彼を騙していたことに違いはないのだ。
冬芽というアイドルに憧れの感情はあるが、斎藤我玖という人間に対する特別な感情はない。
(……我玖くんは、私にも失望するかな)
けれど、どうしてだかそれを想像すると、胸が締め付けられるような思いがした。
「……だから?」
だが、瀬尾を振り返った冬芽は、短くそれだけを口にする。
瀬尾は唖然とした様子で、それ以上言葉を続けることができないようだった。
そのまま自然と人波が避ける廊下を通り過ぎていくと、私たちは昇降口まで辿り着く。
冬芽の姿のまま外に出るのかと思いきや、彼は鞄に入っていた黒のウィッグを手早く装着した。
(ああ、いつもの我玖くんだ)
見慣れた姿に、何となくホッとする。
それと同時に、再び手を取ろうとする彼の腕を、私は咄嗟に振り払ってしまった。
「……!?」
「あ、あの……我玖くん、私……ごめんなさい」
「どうして琉心が謝るの?」
「だって、私、我玖くんのこと騙してた。罰ゲームだからって告白して、我玖くんは優しいから付き合おうって言ってくれたけど……私が恥をかかないように気遣ってくれたんでしょ?」
彼は、私の告白が罰ゲームだということを知っていると言った。それはつまり、あの時も眠ってなどいなかったということなのだ。
アイドル生命も危うかったというのに、リスクを負ってまで助けてくれた。
そんな優しい人を、これ以上私なんかに付き合わせるわけにはいかない。
「だけど、もう大丈夫だから。これ以上、我玖くんに迷惑かけるようなことはしたくない。だから……」
「もしかして、琉心を助けるために付き合おうって言ったと思ってる?」
「え……? だって……」
俯いていた顔を上げると、彼はなぜだかまた拗ねたような表情を浮かべていた。
口先を突き出す仕草は、年齢よりも彼を幼く見せる。
私の手を取った彼は、指同士を絡ませるように繋いでくる。いわゆる、恋人繋ぎというやつだ。
「琉心のこと、ずっと助けたいと思ってた。だけど、俺はアイドルなんかやってるから下手に動けないし、少し注意したくらいじゃアイツら止めそうになかっただろ? だから、琉心には悪いけど、まずは証拠集めを優先したんだ」
「し、証拠集めって……どうしてそこまでしてくれたの?」
見て見ぬふりをしたって、誰も責めたりなんかしないのに。
だって、私を知る誰もがみんなそうしてきたことなんだから。
「そんなの、琉心のことが好きだからに決まってるだろ」
手元に意識が集中していて、話が半分ほどしか入ってこなかった。
けれど、私は今とんでもないことを言われなかっただろうか?
「デビューしてから売れるまでは、異性関係はご法度だった。けど、最近になってようやく禁止が解けたんだ。俺さ、もうすぐアイドル辞めるんだよ」
「え!?」
「辞めるっていっても、芸能界は続けるんだけど。アイドルじゃなくて、ずっと俳優をやりたかったんだ。それが認められて、高校卒業したら演技の方に集中すんの」
「そ、そうなんだ……」
人気絶頂のアイドルだというのに、それを捨ててまで俳優に転向するというのは驚きだった。
だけど、それと私のこととはどう関係があるのだろうか?
「俺が俳優目指そうって思ったの、琉心のお陰なんだよ?」
「え、私……!?」
「一年生の頃、学園祭でさ。俺のクラスはお化け屋敷やったんだよ。俺は脅かし役だったんだけど、入ってきた琉心がスゲー怖がってくれてさ。感想聞いたクラスメイトに……」
「落ち武者やってた人の演技、すごく怖かったです……?」
「……! そう、それ!」
彼の言葉に、当時の学園祭の時の記憶が蘇る。
友人もおらず一人で校内をフラついていた私は、客引きの生徒に促されるままに、お化け屋敷に入ったのだ。
その中で遭遇した落ち武者がとても怖くて、そう伝えた覚えがある。
「あれ、我玖くんだったんだ」
「俺、あの頃ずっと自分の演技に対して自信持てなくてさ。アイドル続けるのが無難なんじゃないかって悩んでたんだけど……琉心のあの言葉で、やっぱり俳優目指してみようって思えたんだよね」
そんなつもりではなかった私の言葉が、知らず彼の背中を押していたのか。
「おかげで今の俺がある。あの頃からずっと、俺にとって琉心は特別な人だったんだよ。だから、琉心に告白された時はスゲー嬉しかった。……罰ゲームだってわかってても」
私のことを、好いてくれている人なんていないと思っていた。
少なくとも、私の味方なんてこの学校には存在していないのだと思っていたのに。
「だからさ、俺にチャンスが欲しい」
そう言う我玖くんは、真正面から私を見つめてきた。
1
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄された悪役令嬢は王子様に溺愛される
白雪みなと
恋愛
「彼女ができたから婚約破棄させてくれ」正式な結婚まであと二年というある日、婚約破棄から告げられたのは婚約破棄だった。だけど、なぜか数時間後に王子から溺愛されて!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
魔法が使えなかった令嬢は、婚約破棄によって魔法が使えるようになりました
天宮有
恋愛
魔力のある人は15歳になって魔法学園に入学し、16歳までに魔法が使えるようになるらしい。
伯爵令嬢の私ルーナは魔力を期待されて、侯爵令息ラドンは私を婚約者にする。
私は16歳になっても魔法が使えず、ラドンに婚約破棄言い渡されてしまう。
その後――ラドンの婚約破棄した後の行動による怒りによって、私は魔法が使えるようになっていた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
異世界の神は毎回思う。なんで悪役令嬢の身体に聖女級の良い子ちゃんの魂入れてんのに誰も気付かないの?
下菊みこと
恋愛
理不尽に身体を奪われた悪役令嬢が、その分他の身体をもらって好きにするお話。
異世界の神は思う。悪役令嬢に聖女級の魂入れたら普通に気づけよと。身体をなくした悪役令嬢は言う。貴族なんて相手のうわべしか見てないよと。よくある悪役令嬢転生モノで、ヒロインになるんだろう女の子に身体を奪われた(神が勝手に与えちゃった)悪役令嬢はその後他の身体をもらってなんだかんだ好きにする。
小説家になろう様でも投稿しています。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
公爵家の赤髪の美姫は隣国王子に溺愛される
佐倉ミズキ
恋愛
レスカルト公爵家の愛人だった母が亡くなり、ミアは二年前にこの家に引き取られて令嬢として過ごすことに。
異母姉、サラサには毎日のように嫌味を言われ、義母には存在などしないかのように無視され過ごしていた。
誰にも愛されず、独りぼっちだったミアは学校の敷地にある湖で過ごすことが唯一の癒しだった。
ある日、その湖に一人の男性クラウが現れる。
隣にある男子学校から生垣を抜けてきたというクラウは隣国からの留学生だった。
初めは警戒していたミアだが、いつしかクラウと意気投合する。クラウはミアの事情を知っても優しかった。ミアもそんなクラウにほのかに思いを寄せる。
しかし、クラウは国へ帰る事となり…。
「学校を卒業したら、隣国の俺を頼ってきてほしい」
「わかりました」
けれど卒業後、ミアが向かったのは……。
※ベリーズカフェにも掲載中(こちらの加筆修正版)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!
夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。
そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。
※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様
※小説家になろう様にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる