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03:本性
しおりを挟むどういうわけだか、人気絶頂のアイドル・冬芽と、陰キャの私は付き合っていることになっているらしい。
こんなことはあり得ない。夢なのだと思い込もうとしたのだが、握られた手から伝わる温もりは紛れもない本物だ。
「え、冬芽が斎藤我玖だったってこと……?」
「マジ!? でも何で急に正体バラすようなことしたの? 今まで隠してたってことだよね?」
会話を聞いていた周囲の女子たちが騒ぎ出したことで、私の意識は少しずつ現実に帰ってくる。
そう、彼女たちの言う通りだ。
これまで斎藤我玖があの冬芽だなんて、誰も予想すらしていなかった。
まず斎藤くんの顔を見たことがある人だって、いなかったのではないだろうか?
それがアイドルであることを隠すためだというのなら納得だが、なぜ今こんな風にバラす必要があったのだろうか?
「事務所から、もう隠さなくていいってOKが出たんだよ。今日は仕事終わりだからこの格好のまま来ちゃったけど、普段はもう少し地味にするよ。学校にも迷惑かかるしね」
なるほど、普段のあのもさもさとした黒髪は地毛ではなく、派手な髪色を隠すためのウィッグだったのか。
(そういえば、体育の授業も病弱で休んでるって聞いたことあるけど……あれは怪我をしないようにってことだったのかな)
テレビで観る冬芽は、バク転をしたりとアクロバティックな動きをすることも多い。
病弱だったり運動神経が悪いとは到底思えないが、それならば納得だ。
「えーヤバ! あの冬芽と同じクラスとか、超自慢できるんですけど!」
「ねえ冬芽! 一緒に写真撮って!」
「サインも欲しい! おねが~い!」
斎藤我玖が冬芽だと判明した途端、クラス中の女子が一斉にこちらに群がってくる。
その勢いには恐ろしいものを感じたが、アイドルはいつもこんな思いをしているというのか。
冬芽は特に気にした様子もないので、こんな状況には慣れているのだろう。
SeaSonSはファンとの距離の近さなど、ファンサービスの良さもウリにしている。
親しみやすさが人気の理由のひとつでもあるので、それらの要求に応じるものかと思っていたのだが。
「悪いけど、白毛さんと話してるから邪魔しないでくれるかな?」
「え……?」
その言葉に、興奮気味だった女子生徒たちの空気が凍りついたのがわかる。
それは私自身も同じだったのだが、彼は構わず私に笑顔を向けてきた。
「ああ、付き合ってるんだからもう苗字呼びじゃよそよそしいかな。琉心って呼ぶから、俺のことも我玖って呼んでよ」
「いや、あの……冬……斎藤くん、みんなが……」
「あんな奴ら気にしなくていいよ。それより、名前で呼んでってば。ホラ!」
「が……我玖、くん……」
「うん!」
顔が整っているからというだけではなく、子犬のように嬉しそうに笑う彼はとても可愛い。
可愛いが、それ以上に彼の背後から私に向けられる嫉妬や怒りの視線が突き刺さって、それどころではない。
「冬芽、そんな地味な子に構ってないで、アタシたちと話そうよ!」
「そうだよ、冬芽の仕事の話とか色々聞きた~い!」
「シラける子ちゃんはさ、冬芽のノリとは合わないよ? 人をシラけさせる天才なんだからさ」
「っていうか、アンタもさあ。まさか本気で冬芽に相手にされてると思ってる? からかわれてるかどうかくらい、見極められるようになんないと恥かくだけだよ?」
彼女たちの言葉に、私は反論することができない。
だって、その言葉はもっともなのだ。
キラキラとした世界で活躍する冬芽は、ジメジメとした世界で暮らす私とは、真逆の存在なんだから。
「……お前らってさ、ホント醜いよな」
そんな棘だらけの言葉を一蹴したのは、冬芽だった。
普段はニコニコと笑顔を振りまくわんこ系アイドル、なんて言われているのに。
その彼が、まるで氷のような冷たい目をしてクラスメイトを見ているのだ。
「普段は俺に無関心どころか、陰でコソコソ好き勝手言ってたよな? 聞こえてねえと思った?」
「そ、それは……っ!」
「陰キャのぼっち君。最底辺の負け犬。根暗オタク。あと何だっけ? 言われすぎて覚えきれないわ」
そう。斎藤我玖として扱われていた時の彼もまた、私と同じように陰口を叩かれていた。
私のように罰ゲームを受けたりはしていなかったけど、理不尽ことを言われて馬鹿にされていたのだ。
「SeaSonSの冬芽だってわかったら、お前らの言ったことって帳消しになんの? なんねえよな? そんな奴らに、何で俺が媚び売らなきゃなんねえわけ?」
彼の言うことは当然だろう。
今まで自分に対して散々な態度を取ってきたクラスメイトを相手に、アイドルとして接することなどできるはずがない。
ましてや今は仕事中でもない、プライベートな時間なのだから。
それでも、SeaSonSの冬芽は、こんな風に口が悪いイメージは無かった。
だからこそ、みんな余計に驚いているのだろう。
「そんじゃ琉心、一緒に帰ろうぜ。昨日は学校終わってすぐ仕事だったから、一緒に帰れなかったんだよな」
「あっ、あの……」
「ちょっと待ちなさいよ!」
私の手を引いて立ち上がらせた彼は、一緒に下校しようという。
そんな彼の行く手に立ちはだかったのは、クラスの中心的女子だった。
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