29 / 34
27:暗黒魔術師
しおりを挟む俺たちの背後に立っていた男性は、なぜだか俺たちと視線を合わせようとしない。
忙しなく視線をさ迷わせているのだが、声を掛けてきたのだから彼がブログの開設者で間違いないのだろう。
猫背気味でボサボサの黒髪を一纏めにしている。年齢は三十代後半くらいだろうか?
これは外見からの印象に過ぎないのだが、直接人と会話をするのが得意ではないように見えた。
ブログやメールでは流暢に言葉を発していたのだが、リアルとネット上では別人になるタイプなのだろう。
(丈介さんには悪いけど、車で待機してもらってて正解だったかもな)
恐らく彼がいたら、声も掛けられずに逃げられていた可能性が高い。
「えっと……暗黒魔術師さん、ですよね?」
暗黒魔術師とは、彼がブログ上で使用していたハンドルネームだ。
外見と同様に、本名などは教えてもらえなかったので、その名前で呼ぶしかない。
(何か、口に出すとムズムズするよな……)
俺も中学生の頃には、いわゆる厨二病と呼ばれるような、恥ずかしい名前を付けて漫画を描いて遊んだりしていたことがある。
その頃のことは定期的に記憶から抹消したくなるのだが、何となくその感覚に似ているような気がした。
「そ、そう。ボクが暗黒魔術師。あ、アプリの不審死事件について、調べてるんだって?」
「はい。メールでもお話ししましたけど、事件について調べていくうちに暗黒魔術師さんのブログを見つけて……知っている情報を教えてもらいたいんです」
「そ、その前に……証拠、あるかな? キミたちが本当に、アプリの被害者だって証拠」
「証拠……?」
「は、話だけならネットの情報搔き集めて、適当に作ることもできるからね。ほ、本当に被害者だっていうなら、証拠を見せられるはずだ」
まさかこの期に及んで証拠の提示を求められるとは思っておらず、俺は戸惑ってしまう。
しかし、その要求にいち早く応じたのは柚梨だった。
「これで信じてもらえますか?」
スマホを取り出した彼女は、暗黒魔術師にあの赤い紙の画面を見せたのだ。
被害者となった人間でなければ、持っていないはずの画像だろう。
「な、なるほど……確かに、本物みたいだね」
「本物だって、どうしてわかるんですか?」
信用を得ることはできたようだが、彼は自分ではアプリをやっていないと書いていたはずだ。
だというのに、なぜその画像だけで本物だと確証を得ることができたのだろうか?
「ま、前に、見せてもらったことがあるんだ。ボクのブログによく書き込みをしてくれてた、常連さんにね……か、彼もきっと、もう死んでしまってるんだろうけど」
「常連さんって……もしかして、赤い紙を引いたって書き込みをしてた人ですか?」
俺の言葉に、彼は頷いて見せた。
俺たちにはコメント欄でのやり取りしか見えていなかったのだが、それ以外にもコメント主とのやり取りをしていたということなのだろう。
(ってことは、連絡が取れなくなる直前まで、詳細な話を聞いていた可能性がある……!)
あのブログ上では、コメント主が赤い紙を引いたということまでしかわからなかった。
けれど、その紙の画像を暗黒魔術師が見せてもらっていたということは、もっと具体的な会話をしていた可能性もあるということだ。
「その人は、何か話してませんでしたか? どんな現象が起きているとか、回避するための方法とか……!」
「げ、現象っていえば……黒いモヤが現れるって話と、ソイツに追われてるって話は聞いたよ。か、回避は……多分無理だったんだと思う」
「無理ってことは、その人何か試したってこと? 試す前から無理なんて言わないよね?」
「お、お祓いとか盛り塩とか、そういうのだよ。た、多分、キミたちもやったんじゃないのかな?」
コメント主もまた、俺たちが思いついたようなことをやっていたのだろう。
けれど、連絡が取れなくなってしまった以上、その彼の消息を知ることは叶わない。
もっとも、暗黒魔術師の言う通り、連絡が取れなくなった時点で生存している確率は限りなく低いのだろうが。
「他には、いないんですか? この不審死事件に関して、関係ある人の話を聞いたりとか……」
「な、無いことはないよ。ボクの身近な人……従兄弟があのアプリで死んでるんだ」
彼の周囲でも犠牲となった人がいるとは聞いていたが、従兄弟だったのか。
詳細を聞いても良いかと躊躇ったが、暗黒魔術師の方から話し始めてくれた。
「い、従兄弟は、それは酷い死に様だったよ。き、近所に住んでて、発見したのはボクの母親だったんだけど、パニックを起こして呼び出されたんだ」
「それで、暗黒魔術師さんも遺体を見たんですね……?」
「ああ……ぼ、ボクはネットでグロい画像を見たりもしてきたけど、あ、あんなのは生まれて初めてだった……そのことについて情報を集めようと、ブログを始めたんだ」
あの遺体の状態が惨すぎるというのは、目にした人間しかわからない。
葵衣も兄の惨状を思い出してしまったのか、酷く不快そうな表情をしているのが目に入る。
「だ、だけど……回避は、やっぱり無理だよ。あ、赤い紙を引いたら、終わりなんだ。ボクの周りでも、ブログで知り合った人も、み、みんな……誰一人として、助かった人間なんていないんだから」
「誰一人として……?」
「だ、だってそうだろ? た、助かったって人間がいるのなら、その方法を黙っているはずがない。ぼ、ボクはネットでは顔が広い方だけど……どこからも、助かったなんて情報は入ってきてないんだ」
「そんな……」
自分で情報を探るしかない俺たちとは異なって、あらゆる方面から情報を収集している彼ならば、何か掴んでいるかもしれないと思っていた。
だというのに、その彼の口から出てきたのは、よりにもよって俺たちが一番聞きたくない回答だった。
「き、期待させていたなら悪いけど……ぼ、ボクも、何かキミたちから情報を得られないかと思ってたんだ」
「いえ、暗黒魔術師さんが悪いわけじゃないですから……」
そう、彼のせいではない。俺たちが勝手に期待しすぎていただけなのだから。
「だ、だけど、ある人はこんなことも言ってたよ。『怪異を、見たことがある』って」
「見たことがある……? それって、どういう意味?」
「ぼ、ボクもわからないよ。ただ……見覚えがある、って言ってるようなニュアンスだった」
見覚えがあるというのは、以前にもどこかで怪異を見たことがあったということだろうか?
赤い紙を引いた後ならば、何度か怪異を目にしていてもおかしくはない。
だが、そのことで『以前にも怪異を見たことがある』といった言葉が出てくるものだろうか?
「身近な人がアプリを使っていて、その人に憑いた怪異をたまたま目にした……とか?」
「もしくは、言葉そのままの意味なのかも」
「そのままって……怪異なんて、普通目にするもんじゃないだろ?」
今日、パワーストーンを買いに行った時もそうだ。
怪異に巻き込まれている俺たち以外の人間には、その姿は見えていなかったのだ。
(赤い紙を引いてない俺と、アプリすらやってない丈介さんにまでその姿が見える基準はわからないけど)
身近な人間が標的なっていること。そして、問題を解決しようとしているからこそ、排除すべき人間として認定されているのかもしれない。
そうした理由でもなければ、あとは霊感のある人間に見えているくらいのものだろう。
そんな力があるのなら、被害者は暗黒魔術師にそのことを伝えていそうなものだ。
「と、とにかく……ボクが教えられるのは、そのくらいだよ。あとはボクの方が知りたいくらいなんだ」
「いえ、ありがとうございました。もし、何かわかったら連絡を貰えますか?」
「あ、ああ。キミたちも、回避できる方法がわかったら教えてくれよ」
結局、俺たちは収穫らしい収穫も得られないまま、暗黒魔術師と別れた。
車で待機していた丈介は良い報告を期待していたようだが、俺たちの表情を見て成果の有無についてを察したのだろう。
そのまま黙って車を発進させてくれた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

禁忌index コトリバコの記録
藍沢 理
ホラー
都市伝説検証サイト『エニグマ・リサーチ』管理人・佐藤慎一が失踪した。彼の友人・高橋健太は、佐藤が残した暗号化ファイル「kotodama.zip」を発見する。
ファイルには、AI怪談生成ブログ「コトリバコ」、自己啓発オンラインサロン「言霊の会」、そして福岡県██村に伝わる「神鳴り様」伝承に関する、膨大な情報が収められていた。
【完】意味が分かったとしても意味のない話 外伝〜噂零課の忘却ログ〜
韋虹姫 響華
ホラー
噂話や都市伝説、神話体系が人知れず怪異となり人々を脅かしている。それに対処する者達がいた。
エイプリルフールの日、終黎 創愛(おわり はじめ)はその現場を目撃する。怪異に果敢に立ち向かっていく2人の人影に見覚えを感じながら目の当たりにする非日常的光景────。
そして、噂の真相を目の当たりにしてしまった創愛は怪異と立ち向かうべく人並み外れた道へと、意志とは関係なく歩むことに────。
しかし、再会した幼馴染のこれまでの人生が怪異と隣り合わせである事を知った創愛は、自ら噂零課に配属の道を進んだ。
同時期に人と会話を交わすことの出来る新種の怪異【毒酒の女帝】が確認され、怪異の発生理由を突き止める調査が始まった。
終黎 創愛と【毒酒の女帝】の両視点から明かされる怪異と噂を鎮める組織の誕生までの忘れ去られたログ《もう一つの意味ない》がここに────。
※表紙のイラストはAIイラストを使用しております
※今後イラストレーターさんに依頼して変更する可能性がございます
【全64話完結済】彼女ノ怪異談ハ不気味ナ野薔薇ヲ鳴カセルPrologue
野花マリオ
ホラー
石山県野薔薇市に住む彼女達は新たなホラーを広めようと仲間を増やしてそこで怪異談を語る。
前作から20年前の200X年の舞台となってます。
※この作品はフィクションです。実在する人物、事件、団体、企業、名称などは一切関係ありません。
完結しました。
表紙イラストは生成AI
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
【短編】怖い話のけいじばん【体験談】
松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。
スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

僕が見た怪物たち1997-2018
サトウ・レン
ホラー
初めて先生と会ったのは、1997年の秋頃のことで、僕は田舎の寂れた村に住む少年だった。
怪物を探す先生と、行動を共にしてきた僕が見てきた世界はどこまでも――。
※作品内の一部エピソードは元々「死を招く写真の話」「或るホラー作家の死」「二流には分からない」として他のサイトに載せていたものを、大幅にリライトしたものになります。
〈参考〉
「廃屋等の取り壊しに係る積極的な行政の関与」
https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる