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11:ネットカフェ
しおりを挟む翌日。
待ち合わせ場所のネットカフェの前で、俺は柚梨と共に葵衣の到着を待っていた。
幸司の家を出た後、あの部屋の中で体験したことを柚梨に打ち明けていた。
俺の様子が普通ではなかったことは柚梨自身も見ていたので、疑う余地もなかったようだ。
何かを言いたげにしているようにも見えたが、怖がらせてしまったのかもしれないと思った。
柚梨は昔から怖がりな面がある。幸司のオカルト話にも付き合いはするが、一人で夜道を帰れなくなるようなことも少なくなかった。
だからこそ、今回のような件には巻き込むべきではないと感じていたのだ。
怖がらせるだけではない。もしかすると実害が伴うかもしれないのだから、なおさらだった。
しかし、一度関わらせてしまった以上はそうもいかない。少なくとも、今は自分にだけ怪異が接触してきている。それは現状では都合が良いとも捉えられた。
やがて、予定していた時刻よりも少し遅れて葵衣がやってきた。
「今日は彼女連れ?」
到着して早々に口を開いた葵衣は、俺と柚梨を交互に見遣ってから不躾に言葉を発する。
「バッ……違うよ、こっちは俺の幼馴染みで……!」
「ハッ、ジョーダン。連れてくるって言ってたじゃん」
思わぬ言葉に慌てふためく俺の姿を鼻で笑うと、葵衣はコートのポケットへ両手を押し込んだまま柚梨の方へと移動していく。
開口一番に年上をからかうとは、改めて本当に生意気な女子だと拳が震える。
「えっと、初めまして。樹の幼馴染みで、愛羽柚梨って言います」
「瀬戸葵衣。まあ自己紹介なんかしなくても話聞いてるよね、柚梨ちゃんって呼んでいい?」
(俺は呼び捨てなのに何で……)
二人のやり取りを横目に見ながら、俺は不服さを露骨に顔に出す。
しかし、葵衣は気にも留めていないどころか、俺のことなど視界に入っていないようにすら見える。
事前に二人にはそれぞれのことを伝えてはいたが、柚梨は葵衣の不遜な態度を特に気にした様子もない。
女同士だからなのか、柚梨の性格なのか――……恐らく後者だろう。
軽い挨拶を済ませたところで、そういえばと俺は辺りを見回す。
「今日、丈介さんはいないんだな?」
「丈介は別件調べんので動いてもらってる。ホラ、ぼさっとしてないでさっさと行くよ」
言うが早いか、葵衣は慣れた足取りで店に続くエレベーターへと乗り込んでいく。
柚梨もそれに続いていき、まるで女子二人の集まりに付き添っているかのような気分だった。
受付に着くと会員登録を済ませて、部屋を指定する。
個室だが、壁をスライドさせて隣室と連結できる部屋があるというので、三人並べるような配置にしてもらった。
これまでネットカフェに入ったことがなかった俺と柚梨は、物珍しそうに漫画の並ぶ棚や、ブースの設置された一角を見てしまう。
一方の葵衣はわき目も振らず、指定された個室へ真っ先に歩いて行った。
ルームキーに書かれた番号と同じブースに入ると、椅子に腰掛けてから隣とのスペースを区切る壁をスライドさせる。
俺のブースを挟むように、柚梨と葵衣が両隣に座っていた。
「とりあえずは、オカルト系の掲示板で検索してみて」
個室とはいえ、密室ではないので静かな店内に話し声は響く。周囲の客の迷惑にならないよう、葵衣が小声で指示を伝えた。
頷いてネットを立ち上げると、検索バーにいくつかのキーワードを入力していく。
手始めにヒットしたのは、個人が運営していると思われる、おどろおどろしいトップページの掲示板だった。
そこでは、耳にしたことがあるような都市伝説についてや、誰かの作り話だろうと思われる話題が溢れていた。
けれど、書き込みの履歴を見てみるとあまり盛んに動いているサイトではないようだった。アプリに関連した不審死事件が起こり始めたのは、少なくとも今年に入ってからだ。
このページで情報を得ることはできないだろうと判断して、続く別の掲示板を開いてみる。
しかし、そこはアフィリエイトでの稼ぎを主体としているようなサイトだ。
気になる情報の続きが見たければ、課金をしなければならないようなシステムも導入されていた。
広告だらけで見づらいサイトを、俺はすぐに閉じてしまう。
(こういうページより、個人が自由に書き込めるようなサイトの方がいいよな……)
ヒットしたかと思えば、アプリに関する口コミのサイトだったり、まったく無関係のサイトだったりとハズレばかりが続いていく。
それは他の二人も同じようで、時折小さな溜め息が聞こえてきた。
広いネットの海の中で、存在しているかもわからないたったひとつの情報を、ピンポイントに探そうとしているのだ。
そう簡単に見つけられるとは思っていなかったが、幸司の部屋の段ボールを漁る以上に労力がいることは理解できた。
「……ん?」
時間ばかりが過ぎていくことに焦るが、いくつかのページを開いていく中で、ひとつのリンクが目に留まる。
それは『相次ぐ不審死アプリの真相とは?』と書かれたものだった。
何気なくそれをクリックしてみると、個人のブログらしいページに飛ばされた。
そのブログでは、May恋アプリ利用者の相次ぐ不審死について、個人的な見解を述べているようだ。新たな事件が報道される度に、記事が更新されている。
そのブログ主自身は、どうやらアプリ利用者ではないらしい。
しかし、周囲の人間がアプリを利用しており、実際に被害者となった知人もいるのだと書かれていた。その知人の死が発端となって、ブログを開設したようだ。
とある条件を満たすことで死者の世界と繋がることや、冥婚に関連した何かがあるのではないかといったことも記されていた。
「なあ、コレ……」
それぞれに画面と睨み合っていた二人が、俺の声に反応して椅子をこちらへと寄せる。画面を覗き込んだことで、俺が何か糸口を掴んだと察したようだった。
俺たちがこれまで得てきた情報と似たようなことが書かれているだけではなく、そのブログのコメント欄にも、無関係とは思えない情報が散見されたのだ。
真偽のほどは定かではないが、自分も実際にアプリに登録をしていたり、怪奇現象に見舞われた、知り合いが死んだといったコメントが複数残されている。
その中には、黒いモヤのような何かを目にしたというコメントも見られた。
「黒いモヤって……アンタが見たってヤツと同じかもね」
「ああ……」
葵衣にも、情報共有のために幸司の家で起こった出来事を事前に伝えておいた。
作り話の可能性もあるかもしれないが、このコメントを残した人物と連絡が取れれば、何か情報が得られるのではないだろうか。
コメントをしている人物は、ブログ主と何度かコメント欄でやり取りをしているようだった。
ようやく糸口を掴んだと思えたのだが、その最後のコメントを目にして掌に汗が滲む。
短い頻度で続いていると思われていたコメントのやり取りは、ブログ主からコメント主への呼びかけで終わっていたのだ。
明らかにまだ会話の途中であったにも関わらず、それ以降のコメント主からの反応は無くなっている。
単なるイタズラであれば良いが、コメント主は何らかの事情で書き込みができなくなってしまった可能性もある。
黒いモヤを目にしたというのだから、むしろそう考える方が自然な気がした。
その最後の書き込みは、『占いで引いた幸運の赤い紙がヒントかもしれない』というものだった。
(赤い紙……コレって、確か……)
俺は、幸司がやり取りをしていた女性とのメッセージ内容を思い返す。二人も確かに、このことについて話をしていた。
幸運の赤い紙と占い、これが偶然だとはとても思えない。
「兄貴も……言ってた」
掠れたような呟きを落としたのは、葵衣だった。信じられないものを見るように、その文字の羅列を繰り返し目で追っているのがわかる。
「アプリ始めて暫くして……占いの結果が良かったって、赤い紙がどうのって。アタシ、占いとかくだらないって相手にしなかったんだ……」
膝の上で握られた拳が、震えているのがわかる。俺はどう声を掛けていいかわからず、画面に視線を戻す。
コメント主は、占いで引いたと書き込みをしている。
つまり、この占いの赤い紙が不審死に関係しているのであれば、書き込んだ人物はもうこの世にいない可能性が高い。
幸司もまた、恐らくこの赤い紙というものを引き当てたのだろう。
なぜ赤い紙が関係するのかはわからないが、今は一歩前進したと思うしかない。少なくとも、被害者たちの共通点であったことは確かなのだ。
そうして視線を落とした瞬間、俺が悲鳴を上げなかったのは自分でも不思議なほどだった。
机の下、薄暗い足元で舌を垂らした大きな口が、こちらを向いていたのである。
「ッ……!?」
驚いて距離を取ろうと下がると、扉に椅子の背がぶつかり大きな音を立ててしまう。
他のブースから苦情代わりに壁を叩く音が聞こえたが、そちらを気遣う余裕などない。
一瞬逸らした視線を再び足元へ向けると、そこにはもう何の姿も無くなっていた。
「ちょっと、何やってんのよ……!?」
止まってしまったのではないかと思った心臓が、大きな音を立てて脈打つのを感じる。
隣で怪訝そうに俺を見る葵衣の様子から、足元の異変には気がつかなかったか、そもそも彼女にはその姿は見えなかったのだろう。
既に姿を消したとはいえ、逃げ場のない狭いブースから出たい気持ちが強まる。
進展はあったものとして、一度店を出る提案をしようと柚梨の方を向いたところで、俺は不自然さに気がついた。
葵衣と同様に自分を不思議に思っていると予想していた柚梨が、これ以上ないほどに青ざめた表情をしていたのだ。
表情だけではない。可哀想なほどに肩を震わせて、呼吸も浅くなっているように見える。
「柚梨……? オイ、どうしたんだよ」
「柚梨ちゃん?」
まさか自分と同じく、先ほどのアレを見たのかとも思った。
けれど、彼女の視線は俺の足元ではなく、ブログのコメント欄を映し出したままのパソコンの画面に向けられていたのだ。
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