冥恋アプリ

真霜ナオ

文字の大きさ
上 下
9 / 34

07:協力者

しおりを挟む

「つーか敬語じゃなくていいよ。そっちのが年上なんだし」

「わかりま……わかった、じゃあそうさせてもらうよ」

 まずは一歩前進したといって良いのかもしれない。
 何の情報も無かった昨日までの状態を考えれば、同じ目的を持った協力者がいてくれるのは心強い。

 もしも死の原因がアプリに関係しているのだとすれば、一番知りたいのは、アプリがどのような条件をもって死者の世界と繋がるのかという点だ。
 幸司のスマホを見ることはできていないが、葵衣の話によれば、彼女の兄はアプリの中で不自然なやり取りをしていたような形跡は無かったという。

「アタシが見た限りだけど、兄貴は普通にアプリを使ってただけなんだよね。変なメッセージがあったり、ヤバイ場所に呼び出されたりとかもしてなかったし」

「……となると、アプリで出会った相手が原因ってわけではないのかな」

 警察だって当然そういった点を調べてはいるだろうが、共通点となるような痕跡は、今のところ見つかっていない。
 もっとも、警察がこんなオカルト話を信用して、捜査をしているとは到底思えないのだが。
 こうしたオカルト現象を引き起こすものは、『怪異』と呼ばれることがあるらしい。
 そうした方面にうとい俺に、幸司がそんな話をしてくれたこともあったと思い出す。

 怪異の中には、その存在が広く認知されることによって、強く力を持つものもあるそうだ。
 有名なものでいえば、トイレの花子さんや口裂け女といった存在が挙げられる。
 それらの存在は俺でも知っているほど有名で、だからこそあらゆる地に現れて、生きる人々に干渉してくるのだという。

 May恋アプリは、幅広い年齢層に人気のアプリだ。それと同時に不審死事件が相次いで取り沙汰されることで、ネット上であらゆる噂も広まっていた。
 それによって力を増した怪異が、獲物を探していてもおかしくはない。

「獲物の選び方には法則性がある場合もあるし、呼び出し方に決まりがある場合もある。トイレの花子さんなら、手前から三つ目の個室をノックして名前を呼ぶとかね」

「ああ、そういうの聞いたことあるな。小学生の頃に、実際やってる奴とかいたし」

 学校のトイレといえば、なぜか近寄りがたいスポットとして挙げられることが多い。
 小学生が夜中の学校に忍び込めるはずもないので、実行していたのは真昼間だったのだが。
 当然何かが起こるはずもなく、呼び出す儀式のような行為自体が楽しかったのだろう。

「無差別な場合もあるにはあるけど……アプリの利用者で無差別なら、もっと被害者が出ててもおかしくないと思うんだよね」

「そうか。連続不審死って言われてるけど、毎日被害者が出てるわけじゃないもんな」

 確かに、連続不審死事件として取り扱われているが、連日被害者が出ているわけではない。少なくとも、ニュースで報道されている限りではの話だが。
 やはり被害者になるまでには、きっかけとなるようなものや、共通する何かがあるのだろうか?

「兄貴はオカルトには興味なかったし、幸司って人との共通点は、聞く限りでは性別くらいのモンかな」

「けど、被害者は男女問わず出てるよな」

 そう。これまで報道された被害者の中には、女性も複数人含まれている。つまり、男性のみを狙った怪異ではないということなのだ。
 住んでいる場所も、年齢も容姿も、何もかもがバラバラだ。
 そうなると、やはり何らかの引き金があって、獲物として選ばれていると考えているのが妥当ではないだろうか?
 その第一歩が、アプリに登録をするということなのだろう。

「少なくとも、アタシもアンタも普通にアプリが使えてる。登録するだけで死ぬことになるなら、登録者全員死ぬってことになるからその線はナシ」

「そうだよな。そんなに簡単な条件なら、そもそもとっくに誰かが特定してただろうし」

 温くなった紅茶で喉をうるおしながら、葵衣は難しい顔をしてスマホを見下ろしている。
 その横で眉間に深い皺を刻む丈介に、俺は控えめに声を掛けてみた。

「あの……常磐さんは、アプリには登録してないんですか?」

 自分に向けて声を掛けられたことが意外だったのか、丈介は怪訝けげんそうに俺を見る。
 それから首の後ろを掻いて、身体ごとこちらへと向き直った。

「丈介でいい。オレぁ万が一の時のストッパー役だ。情報は欲しいが、何がきっかけかわかんねェ以上は、全員が獲物になっちまったら意味ねェからよ」

「なるほど……俺ら全員死んだりしたら、真相探ることもできないですもんね」

 納得しながらも、俺の頭の中にはあの日の幸司の姿が蘇っていた。
 彼の死の真相について知りたい気持ちに嘘はない。
 けれど、改めて考えてみれば事件に首を突っ込む以上は、自分もあのような死に方をする可能性もゼロではないのだ。

 しかも現状では、何がきっかけとなって死に繋がるのかもわからないままである。
 その怯えを察したのか、丈介はこちらに意識を向けろというように、指先でテーブルをトントンと叩く。

「怖けりゃ逃げたっていい。別にオメェのせいで親友が死んだわけじゃねーだろ、逃げたってあの世から責めてきたりしやしねェよ」

「丈介さん……」

「コイツもな、最初は一人じゃ調べんの怖ェからってオレんトコに来たんだぜ」

「ちょっ、余計なこと言わなくていいの!」

 ニヤリとした悪い笑みを浮かべて、丈介は親指で葵衣の方を示す。
 思わぬ方向から飛んできた話題に、羞恥からか頬を染めた葵衣が慌てて制止に入った。
 その様子にケラケラと笑う丈介の姿を見て、この時間だけでも随分と彼に対する印象が変わったように思う。
 怖い人なのかと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。

「大丈夫です。……そりゃ、怖くないって言ったら嘘になるんだろうけど」

 誰だって、あんな死に方はしたくない。あの死に様を見れば、大抵の人間はそう思うだろう。
 それでも、親友があんな死に方をした理由を知ることができないままこの先を過ごせば、きっと一生後悔する。
 真相を突き止めたところで、アイツはもう帰ってはこないのだけれど。
 それが俺のできる、せめてもの弔いだと思った。

「俺も、一緒に調べさせてください」

 そんな俺の申し出を、二人が断ることはなかった。
 一人ではわからないことだらけだが、三人ならば心強い。立ち向かう相手が、たとえ常識の通用しない怪異なのだとしても。

「それじゃあ決まりね。やると決めたからには、最後まで付き合いなさいよ」

「ああ、投げ出したりしないよ。幸司のためにも、俺は絶対に真相を突き止めてやる」

「頼もしいな。そんじゃま、景気づけにもう一杯頼むか」

 そう言って丈介は店員を呼ぶと、追加でいちごミルクとプリンアラモードを注文していた。

(この人……さっきパフェ食べてたんだよな……?)

 それを見た俺は何となく、自分の胃がもたれたような感覚に陥ったのだが。
 ふと視線を向けてみると、葵衣もまた同じように何とも言えない顔をしていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

意味が分からないと怖い百物語

悪夢
ホラー
1話20秒で読めるような話を投稿していきます、解説、ヒント付きです

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

【全64話完結済】彼女ノ怪異談ハ不気味ナ野薔薇ヲ鳴カセルPrologue

野花マリオ
ホラー
石山県野薔薇市に住む彼女達は新たなホラーを広めようと仲間を増やしてそこで怪異談を語る。 前作から20年前の200X年の舞台となってます。 ※この作品はフィクションです。実在する人物、事件、団体、企業、名称などは一切関係ありません。 完結しました。 表紙イラストは生成AI

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

File■■ 【厳選■ch怖い話】むしごさまをよぶ  

雨音
ホラー
むしごさま。 それは■■の■■。 蟲にくわれないように ※ちゃんねる知識は曖昧あやふやなものです。ご容赦くださいませ。

【短編】怖い話のけいじばん【体験談】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。 スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

処理中です...