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01:親友
しおりを挟む「だからぁ~、自分から動かなきゃ何も始まらないんだって!」
狭いファストフード店の中に、元気が有り余っていますとばかりの若者の声が響く。
まるで酔っ払いのようにも聞こえるが、この店で酒類の提供はしていない。
俺の目の前に座る茶髪の青年・新庄幸司は、紛れもない素面だ。
周囲の目を気にして俺はそれとなく辺りを見回したのだが、店内はほとんどの席が埋まっている。その賑わいは、騒がしさすら覚えるほどだ。
誰もが自分たちの会話に夢中で、こちらの様子など気にも留めていない。
「動いてもダメだったから、大学デビュー失敗したんだろ」
「ウルセーウルセー! その話はするんじゃねえ!」
どうやら、火に油を注いでしまったようだ。
幸司は泣き真似をして見せながら、紙コップの蓋を開けて、残っていた炭酸飲料を一息に飲み干していく。
冷たい氷を噛み砕いていると、少し落ち着きを取り戻したのか、幸司はジーンズの尻ポケットからスマホを取り出した。
「確かに、俺の華々しい大学デビューは失敗に終わったよ……可愛い彼女見つけてやるって思ってたけどさ、大学入ったからって、やっぱカースト上位にはそうそうなれないワケ」
トレーの上に散らばったポテトをつまんで口に銜えながら、幸司は狭いテーブルにぺたりと上体を寝そべらせる。
「カースト上位は知らんけど、お前理想高すぎるトコあるよな」
「やっぱ『この世の全ての幸せを司る男です』って自己紹介がいかんかったか」
「そこじゃないと思うけど」
テーブルの上で意気消沈しているこの男は、俺・河瀬 樹の親友だ。
決して見た目が悪いというわけではない。
頭は多少悪いかもしれないが、裏表のない性格で人望もあるし、誰とでも仲良くなれるような男だった。
むしろ、いつ彼女ができたって不思議ではないと思っていたほどだ。
(決定的にニブいのと、デリカシーに欠けてるんだよなあ)
俺はそんな幸司の姿を見下ろしながら、苦い笑みをこぼしていた。
幸司とは、高校時代からの付き合いだ。
最初に知り合ったきっかけも、一人で昼飯を食っていた俺に、幸司が声を掛けてくれたからだった。
そこから縁あって、同じ大学にまで進むことになったわけだが。幸司が悪い人間でないことは、俺が一番よく知っている。
高校時代から彼女が欲しいと口癖のように言っていたコイツにも、大学に入ればさすがに彼女ができるだろうと思っていたのだ。
けれど、現実は俺たちが思うほど甘くはなかったらしい。
その証拠が、今俺の目の前で撃沈している幸司の姿だった。
(まだ大学一年の冬なんだから、可能性は十分あると思うんだけど)
特に急いで恋人を作ろうとは考えていない俺からしてみれば、そんな風に思うのだが。
目の前のこの男にしてみれば、四年間の大学生活を充実させるためには、彼女と言う存在は必要不可欠なものらしい。
ましてや、クリスマスという一大イベントが近づきつつある今、彼女候補となる女性にすら出会えていないのは由々しき事態なのだという。
(クリスマスを目標に付き合ったカップルって、それが終わったら別れるって聞くけどな)
「樹はいいよな、柚梨ちゃんがいるから余裕あってさ」
「は……ッ!? 何でそこで柚梨の名前が出てくるんだよ!」
先ほどまでこの世の終わりのような顔をしていた幸司だが、気づけば視線だけでこちらを見上げながら、ニヤニヤとした表情を浮かべている。
その鼻っ柱に真正面から一発お見舞いしてやりたい気持ちを、どうにか堪えたのは偉いと思う。
「あ~あ、俺にも優しくて可愛い幼馴染みがいればワンチャンあるんだけどな~」
「俺がワンチャン考えてるみたいな言い方すんじゃねーよ」
「アイタッ!」
台本のセリフを読み上げるようなわざとらしい物言いに、思わず幸司の頭に平手打ちをお見舞いする。やはり我慢ができなかった。
白々しい悲鳴を上げた幸司は、ようやく姿勢を元に戻して叩かれた箇所を撫でている。
愛羽柚梨は、俺の幼馴染みだ。
腐れ縁というやつなのか、大学まで共に進学してきたこともあって、幸司とも顔見知りである。
相手が幸司に限らず、柚梨との関係はこうしてからかわれることも少なくない。
自然と一緒にいる機会が増えるから仕方ないとはいえ、かわす言葉のレパートリーも減ってきてしまう。
しかし、実際に柚梨に対して俺は、特別な感情を抱いていないとは言い切れずにいた。
「認めなくてもいいけどさあ。ぼちぼち素直になんねーと、そのうち誰かに奪られちまっても知らねーからな。たとえば俺とか?」
「余計なお世話だっての。つーか、何ちゃっかり立候補してんだ」
大学生活を始めても相変わらずの俺たちとは異なり、柚梨は不特定多数の男の目を惹いているという噂も耳にしたことがある。
実際に、柚梨は確かに可愛い。見た目だけではなく性格もいいし、彼女を知るほど好意を持つ人間が増えるのも不思議ではない。
本人に特に変わった様子はないものの、幸司の言うように、いつ恋人ができたと言われてもおかしくはない状況なのだ。
「ま、無いものネダリしてもしょうがねーし。俺は俺で行動してみることにしたワケ」
俺をからかうことには満足したのだろう。そう言いながら幸司は、何やらスマホをタップして操作している。
その様子を眺めていると、目当ての何かを見つけたらしい幸司は、俺に向けてスマホの画面を掲げてきた。
そこに映し出されていたのは、どうやら何かのアプリのようだ。
新しいゲームでも始めたのだろうか?
「……まい、こい?」
「メイコイ! お前知らねーの? 巷じゃ結構有名なマッチングアプリなんだぜ」
「マッチングアプリ……」
そうしたアプリには縁が無い俺は、ピンとこないままその画面を眺める。
そんな俺の反応を予想していたのか、幸司は慣れた様子で画面を操作していく。
次に表示されたのは、何人もの見知らぬ女性の顔写真が掲載された、一覧表のようなものだった。
「住んでる場所とか趣味とか指定してさ、好みの子を探して、マッチングしてくれんの。そんでチャットで話したりして、気が合えば実際に会ったりするワケよ」
「要は出会い系みたいな……?」
「出会い系って言い方古すぎ、ジジイかお前は。……まあそれでいいや。そんな感じで、俺はココで可愛い彼女を見つけることにしたんです」
そう宣言する幸司は、何かを唸った後に女性の画像の横に表示された、ハートマークをタップしている。
どうやら、それで気に入った相手にアプローチをしていく仕組みのようだ。
そこまでして彼女探しをしていたとは、さすがの俺も知らなかった。
「そういうのって、サクラとかいるもんじゃないのか?」
「サクラは知ってんだ? 確かにいるけど、そういうの見分けんのも技っつーか」
まるで玄人のような言い草だが、この様子だと昨日今日アプリを始めたわけではないのだろう。
先ほどまで彼女ができないと項垂れていたのとは、別人のようだ。
妙な相手に騙されなければいいのだが。
「……ところで樹クンさ、一生のお願いがあるんだけど」
可愛くもない上目遣いでこちらを見る幸司の姿に、俺は嫌な予感がする。
幸司は何かある度に、『後生だから』や『最初で最後』を使うタイプだ。
普段は呼び捨てのクセに、わざわざクン付けで呼んでくるところがわざとらしい。
「嫌だ」
「まだ何も言ってねーじゃん!」
俺は己の直感を信じて即答したのだが、もちろんすぐには引き下がるはずもない。
どうせロクでもないお願いなのだろうと言うよりも早く、口を開いたのは幸司の方だった。
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