冥恋アプリ

真霜ナオ

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00:始まり-後編-

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 条件を細かく指定して検索できる項目もあったが、相手の趣味や経歴などに、特に興味はない。
 いて挙げるとするならば、やはり可愛い子がいいというくらいだ。

「顔写真付きで、同年代……っと」

 最低限の条件を指定した俺は、検索ボタンをタップしてみる。
 最初に思った通り、マッチングアプリにはサクラも多く登録をしているのだろう。
 その証拠に、写真を載せているのはどれも可愛い子ばかりで、モデルや女優にだって引けを取らないくらいの容姿の女性も登録していた。
 これらは十中八九、サクラで間違いないのだろう。

 そう思いながらも、僕はアプローチのための機能である『イイネ』を押していく。
 一人を狙い撃ちするのも良いかもしれないが、自分のように外見に自信の無い人間に対して、反応をもらえる確率はそう高くはないだろう。
 そりゃあ可愛い子と付き合えるならそうしたいが、残念ながら僕には現実も見えているのだ。
 絶対に彼女を作るのであれば、数撃てば当たる戦法でいくのが現実的だと思えた。

「うーん……顔写真載せてない子にも、アプローチしてみた方がいいのか?」

 女性側のプロフィールは、あまり詳細に書かれていないことも多い。
 それはそのまま、アプリに対するやる気にも反映されているのではないだろうか?
 マッチングアプリは女性の方が需要が高く、特に若い女性はそれだけで多くの男性から、数えきれないほどのアプローチをもらうらしい。
 それこそ、登録をしただけでまともにプロフィールを読みもしない男たちから、三桁のイイネが届くのだ。

(そんな中から、好みの男を選ぶってなれば……必然的に、写真で選別されるんだろうなあ)

 つまり、僕のような不細工に分類される男は圧倒的に不利なのだ。
 もちろん、プロフィールを読んだ上で交流を持って、どのような人物なのかを知っていこうとする女性もいるだろう。
 それでも、さばききれないほどのアプローチを貰えば、わかりやすい情報から取捨選択していくようになるのは仕方がないことだとも思える。

 そのハードルを越えていくのは容易なことではないが、イイネを押さないことには、何も始まらないのだ。
 僕はなるべくプロフィール欄を埋めている女性を中心に、顔写真の有無を問わずイイネを送ることにした。

(僕の今日の運勢は最高なんだ。きっとこの中に、運命の相手がいるに違いない……!)

 そう思い込むことで、自分を鼓舞している部分もあったのだろう。
 これまで恋愛運が良かったことなどないのだから、今度こそを希望を持たなければ、アプリなんてやっていられない。
 やがて、一日のうちに押せるだけのイイネを押し尽くしてしまった。
 女性は無料なのだが、男性は課金をすることでさらにイイネを押せるようにもなるらしい。

「課金……はとりあえずいいか。まだシステムも把握しきれてないしな」

 まだ始めたばかりのアプリだ、これからもっと有効的な使い方を見つけることもできるかもしれない。今日のところはこのまま様子を見よう。
 そんな風に思っていた時、アプリからの通知が入った音がする。

(何だ? 運営から、登録のお礼でも来てるのか?)

 不思議に思いながら閉じたばかりのアプリを開いてみると、驚くことに、一人の女性からイイネが返されていたのだ。
 お互いにイイネを押し合うことで、マッチングが成立したことになる。
 これによって、女性とチャットを利用して会話をすることができるようになるのだ。

 つまり、僕はこの女性と話をすることができるようになったということだろう。
 まさか、こんなに早くチャンスが巡ってくるとは思ってもみなかったので、挙動不審になってしまう。

「え、どうしよう……何て打ったら……あ、まずは挨拶からだよな!? えっと、初めまして……」

 スマホを握り締める指先は冷たいのに、自然と汗が滲んでいる。
 可愛い子と付き合いたいなどと考えていたが。
 いざ反応が返ってくると、画面の向こうには異性がいるのだという緊張感で、頭がいっぱいになってしまう。
 こういうのは第一印象が大切だ。ここを間違えれば、恐らく返事が返ってくることはない。
 震える指で文字を打ち間違えないよう、丁寧な挨拶文を送る。

「いや、ちょっと堅苦しすぎたか……? もっとフランクな方が……」

 送信した傍から、僕は自分の書いた文面を後悔し始めていた。アプリの中に、添削してくれる機能があったらいいのにと思う。
 だが、チャット欄にはすぐに相手からの返事が届いたのだ。
 淡々とした文章に見えるが、自分と話がしてみたいという意思がうかがえる。

(サクラ……かもしれない、けど)

 新規会員である僕を引き留めるために、いち早く目をつけてきただけかもしれない。
 僕のように初めてアプリを使う人間は、右も左もわからないことが多いだろう。
 そんな人間をカモにして、モテるのだと勘違いをさせながら、可能な限り課金をさせていこうというのだ。
 それでも僕は、すっかり占いの結果を信じたいと思うようになっていた。

 そんな僕の心境をよそに、途切れることなく会話は続いていく。そこからはあれよあれよという間に話が進んでいった。
 自分でもまさかと思ったが、実際に会う約束まで取り付けることができたのだ。
 こんなにすんなりと女性との繋がりができるのであれば、もっと早くにマッチングアプリをやっていればとさえ思ったほどだ。

 住んでいる地域も近いということがわかって、二日後に初めて顔を合わせることになった。
 数日前には青春なんて無縁なのだと、絶望していた自分が嘘のようだ。

 何を着ていこう。どんな会話をしよう。
 飲食代はやっぱり、僕が払った方が格好がつくよな?
 そんなことを頭の中で何度もシュミレートしながら、僕は待ち合わせ当日を迎えた。
 その日の僕は、これまでの人生の中で体験したこともないほど、幸せの絶頂だったのだ。

 一週間後に無惨な遺体となって発見されるとは、露ほども知らないまま。
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