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10:子狐
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白緑から新しい妖具を受け取った私は、屋敷の周囲を散策していた。
王である白緑には仕事も多くて、何だかんだと忙しそうにしている。
玉座に腰掛けて部下に命令を下しながら、お酒を片手にふんぞり返っている偉い人。そんなイメージをもっていたけれど、どうやらそうではないらしい。
一人で出歩くことに良い顔はされないのだけど、婚約者としての役割を果たす必要もある。
いつも守られてばかりというわけにもいかない。私だって、彼らの役に立ちたいのだ。
屋敷の周囲には結界が張られていて、悪意を持つあやかし――妖魔は立ち入ることができないらしい。
たとえば、目を覚まして布団の上に密集していた豆狸のように、私を慕ってくれているあやかしであれば別なのだという。
「ウユーン」
「こっち? ……あ、本当だ。こんなところにも妖果が生ってるんだね」
私の方を何度も振り向きながら、先陣を切って歩く豆狸の後をついていく。フリフリとお尻を揺らして歩く後ろ姿が愛くるしい。
すると、緑ばかりだった森の中に目を惹く桃色の果実を見つけた。先日、淡紅が食べさせてくれたあの果実だ。
腰の高さほどの小さな木に、食べ頃と思われる美味しそうな実がいくつも並んでいる。白緑の許可は得ているので、これをお土産に持って帰ろう。
そう思って果実を一つ摘み取った時、ガサガサと葉が擦れる音がする。
「え……あれって、狐……?」
草木の中から現れたのは、小さな狐だった。水色がかった白銀の毛並みに、尻尾は三本あるように見える。
豆狸よりはずっと大きいけれど、子狐といって差し支えない大きさだろう。
「もしかして、私に何か伝えようとしてる……?」
子狐は逃げるわけでもなく、私のことをじっと見つめている。
それから踵を返したかと思うと、再び私の方を振り向いて何かを訴えているようだった。
自分の後についてこいと言っているのだろうか?
(妖魔は立ち入れないって言ってたし……この場所にいるってことは、豆狸と同じなのかもしれない)
一人で出歩くなと言われているけれど、白緑からはあやかしたちに情を向けてやってほしいとも言われている。
少しだけ悩んだあと、私はその子狐のあとを追いかけてみることにした。
走り出した子狐の足はとても速い。だけど、私が見失いそうになるたびに、追いつくのを待ってくれている。
どこまで行くつもりなのだろうかと思う頃には、森の随分と深い場所まで入り込んでしまっていた。
「待って……! ねえ、私に何か用なんでしょ?」
立ち止まった子狐に話しかけてみるけれど、言葉を喋る様子はない。豆狸と同じように、言葉を喋れないあやかしなのだろうか?
(この場所……なんだか嫌な感じがする)
子狐にばかり注目していた私は、遅れて周囲の様子に異変を感じる。
白緑の結界に守られていたこともあるのか、これまでは春の陽気に似た暖かな空間だったというのに。今は肌寒いような、重苦しい嫌な空気が纏わりついている気がする。
「グルル……」
「えっ?」
その空気を払うように二の腕を擦った時、近くで獣の唸るようなこえが聞こえた。そちらを見ると、瞳を赤く光らせて左右に身体を揺らす不気味な妖魔の姿がある。
それだけではない。気がつけば、私の周囲は複数の妖魔に囲まれていた。
(うそ……もしかして、誘い込まれた……!?)
明らかに友好的とは思えない妖魔たちは、私がその状況に気づくや否や襲い掛かってくる。
咄嗟に投げつけた妖具の新しい数珠は、前回と同じようにぶつかった妖魔を消滅させてくれた。
同様に力の込められた妖具を使って、私はどうにか妖魔たちを追い払っていく。
獣の姿をした妖魔は低級だと聞かされていた通り、力の弱い妖魔ばかりだったのだろう。妖具のおかげで、私は自分と豆狸の身を守りきることができた。
「ねえ、あなたの仕業だよね? どうして私を襲わせたり……ッ、きゃあ……!!」
妖魔はすべて消えたことを確認してから、私はあの子狐に向き直る。
すると、先ほどまでは大人しくしていた子狐が、恐ろしく牙を剥いて襲い掛かってきたのだ。
反射的に妖具を使おうとしたのだけど、子狐によって数珠が噛み砕かれてしまう。
「何で、妖具が……!?」
この妖具には、妖都の王である白緑の力が込められている。だからこそ、簡単に壊れるような代物ではないというのに。
可愛らしい姿をした子狐は、相当強い力を持つあやかしであることがわかった。
「ねえ、言葉は通じてるんでしょ? どうして私のことを襲ったりするの!?」
この世界に、ただの動物はいない。豆狸にだって通じているのだから、この子狐にだって間違いなく私の言葉は通じている。
ただ、言葉を交わす意思が無いのかもしれない。
少なくとも、この子狐の狙いは私を傷つけることにあるのだ。
「キュン!」
「あっ、ダメ! 危ないから前に出ないで!」
子狐は、攻撃の手を緩めようとはしない。
そんな子狐から私のことを守ろうとした豆狸が、威嚇するような声を上げて飛び掛かっていく。けれど、子狐は豆狸の体当たりを難なくかわしている。
私は豆狸を拾い上げると、どうにかこの場を離れるという選択肢を取ることにした。
もしかするとこの子狐は、人間の魂を食らって力を得たいあやかしなのかもしれない。
理由があった淡紅とは違い、明確に私に危害を加えようという意思を感じる。
「痛っ……! どうしよう、このままじゃ……」
けれど、私よりもずっと素早い子狐から逃げようと考えるのが間違いだったのだ。
あっという間に追いついてきた子狐から身を隠そうとして、土の中から盛り上がった木の根に足を取られてしまう。
地面に倒れ込んだ衝撃で身体が痛むが、そんなことを気にしている場合ではない。
その時、懐に入れていた妖果が転がり落ちる。
それを手にした私は、妖果を別の方角へと放り投げた。物音に気を取られた子狐の足音が、少しだけ遠ざかったのがわかる。
「お願い、今のうちにあなたたちだけでも逃げて。誰かを呼んできて……!」
「クゥン」
私が走っても追いつかれてしまうが、豆狸たちの足ならば、屋敷まで戻るのはすぐだろう。困惑したように鳴く豆狸は、私の気持ちを汲んで駆け出してくれた。
ここで私がやられてしまっては、白緑との契約を果たせなくなってしまう。
だからこそ、豆狸が誰かを連れてきてくれるまで、私はここでどうにか時間を稼ぐしかない。
「あぁッ……!!」
木の上にでも登れないだろうかと試みた時、右肩に強い衝撃を感じる。
遅れて焼かれたような痛みが走って、自分の肩を見てみると、鋭利な刃物で切り裂かれたように血が滲んでいるのが見えた。
「うっ……もうバレたなんて、あれじゃ囮にもならないんだ」
痛む肩を押さえながら、木を背にして私は子狐と対峙する。
ここから走り出したとしても、逃げられる距離なんてたかが知れているだろう。こうなれば、戦うしかない。
(この狐に通用するのかわからないけど、やらなきゃ)
すでに妖具の一つを破壊されてしまった以上、残りの妖具で対抗できる保証はない。けれど、無抵抗のままやられるつもりもなかった。
豆狸が屋敷に辿り着くまで、一秒でも長く時間を稼ぐんだ。
「熱っ……! え……?」
妖具を構えた時、私の頬のすぐ横を熱の塊が掠めていく。
赤い火の玉は子狐目掛けて飛んでいき、それを避けるために子狐は私から距離を取った。
あれは子狐の放ったものではない。むしろ、子狐に対して放たれた攻撃だ。
振り返るよりも先に、私の目の前にふわりと人影が降り立つ。
「アタシの友達に、一体何してるのかしら?」
怒りに満ちた声音で問い掛ける淡紅は、その手元に赤い炎を携えていた。
王である白緑には仕事も多くて、何だかんだと忙しそうにしている。
玉座に腰掛けて部下に命令を下しながら、お酒を片手にふんぞり返っている偉い人。そんなイメージをもっていたけれど、どうやらそうではないらしい。
一人で出歩くことに良い顔はされないのだけど、婚約者としての役割を果たす必要もある。
いつも守られてばかりというわけにもいかない。私だって、彼らの役に立ちたいのだ。
屋敷の周囲には結界が張られていて、悪意を持つあやかし――妖魔は立ち入ることができないらしい。
たとえば、目を覚まして布団の上に密集していた豆狸のように、私を慕ってくれているあやかしであれば別なのだという。
「ウユーン」
「こっち? ……あ、本当だ。こんなところにも妖果が生ってるんだね」
私の方を何度も振り向きながら、先陣を切って歩く豆狸の後をついていく。フリフリとお尻を揺らして歩く後ろ姿が愛くるしい。
すると、緑ばかりだった森の中に目を惹く桃色の果実を見つけた。先日、淡紅が食べさせてくれたあの果実だ。
腰の高さほどの小さな木に、食べ頃と思われる美味しそうな実がいくつも並んでいる。白緑の許可は得ているので、これをお土産に持って帰ろう。
そう思って果実を一つ摘み取った時、ガサガサと葉が擦れる音がする。
「え……あれって、狐……?」
草木の中から現れたのは、小さな狐だった。水色がかった白銀の毛並みに、尻尾は三本あるように見える。
豆狸よりはずっと大きいけれど、子狐といって差し支えない大きさだろう。
「もしかして、私に何か伝えようとしてる……?」
子狐は逃げるわけでもなく、私のことをじっと見つめている。
それから踵を返したかと思うと、再び私の方を振り向いて何かを訴えているようだった。
自分の後についてこいと言っているのだろうか?
(妖魔は立ち入れないって言ってたし……この場所にいるってことは、豆狸と同じなのかもしれない)
一人で出歩くなと言われているけれど、白緑からはあやかしたちに情を向けてやってほしいとも言われている。
少しだけ悩んだあと、私はその子狐のあとを追いかけてみることにした。
走り出した子狐の足はとても速い。だけど、私が見失いそうになるたびに、追いつくのを待ってくれている。
どこまで行くつもりなのだろうかと思う頃には、森の随分と深い場所まで入り込んでしまっていた。
「待って……! ねえ、私に何か用なんでしょ?」
立ち止まった子狐に話しかけてみるけれど、言葉を喋る様子はない。豆狸と同じように、言葉を喋れないあやかしなのだろうか?
(この場所……なんだか嫌な感じがする)
子狐にばかり注目していた私は、遅れて周囲の様子に異変を感じる。
白緑の結界に守られていたこともあるのか、これまでは春の陽気に似た暖かな空間だったというのに。今は肌寒いような、重苦しい嫌な空気が纏わりついている気がする。
「グルル……」
「えっ?」
その空気を払うように二の腕を擦った時、近くで獣の唸るようなこえが聞こえた。そちらを見ると、瞳を赤く光らせて左右に身体を揺らす不気味な妖魔の姿がある。
それだけではない。気がつけば、私の周囲は複数の妖魔に囲まれていた。
(うそ……もしかして、誘い込まれた……!?)
明らかに友好的とは思えない妖魔たちは、私がその状況に気づくや否や襲い掛かってくる。
咄嗟に投げつけた妖具の新しい数珠は、前回と同じようにぶつかった妖魔を消滅させてくれた。
同様に力の込められた妖具を使って、私はどうにか妖魔たちを追い払っていく。
獣の姿をした妖魔は低級だと聞かされていた通り、力の弱い妖魔ばかりだったのだろう。妖具のおかげで、私は自分と豆狸の身を守りきることができた。
「ねえ、あなたの仕業だよね? どうして私を襲わせたり……ッ、きゃあ……!!」
妖魔はすべて消えたことを確認してから、私はあの子狐に向き直る。
すると、先ほどまでは大人しくしていた子狐が、恐ろしく牙を剥いて襲い掛かってきたのだ。
反射的に妖具を使おうとしたのだけど、子狐によって数珠が噛み砕かれてしまう。
「何で、妖具が……!?」
この妖具には、妖都の王である白緑の力が込められている。だからこそ、簡単に壊れるような代物ではないというのに。
可愛らしい姿をした子狐は、相当強い力を持つあやかしであることがわかった。
「ねえ、言葉は通じてるんでしょ? どうして私のことを襲ったりするの!?」
この世界に、ただの動物はいない。豆狸にだって通じているのだから、この子狐にだって間違いなく私の言葉は通じている。
ただ、言葉を交わす意思が無いのかもしれない。
少なくとも、この子狐の狙いは私を傷つけることにあるのだ。
「キュン!」
「あっ、ダメ! 危ないから前に出ないで!」
子狐は、攻撃の手を緩めようとはしない。
そんな子狐から私のことを守ろうとした豆狸が、威嚇するような声を上げて飛び掛かっていく。けれど、子狐は豆狸の体当たりを難なくかわしている。
私は豆狸を拾い上げると、どうにかこの場を離れるという選択肢を取ることにした。
もしかするとこの子狐は、人間の魂を食らって力を得たいあやかしなのかもしれない。
理由があった淡紅とは違い、明確に私に危害を加えようという意思を感じる。
「痛っ……! どうしよう、このままじゃ……」
けれど、私よりもずっと素早い子狐から逃げようと考えるのが間違いだったのだ。
あっという間に追いついてきた子狐から身を隠そうとして、土の中から盛り上がった木の根に足を取られてしまう。
地面に倒れ込んだ衝撃で身体が痛むが、そんなことを気にしている場合ではない。
その時、懐に入れていた妖果が転がり落ちる。
それを手にした私は、妖果を別の方角へと放り投げた。物音に気を取られた子狐の足音が、少しだけ遠ざかったのがわかる。
「お願い、今のうちにあなたたちだけでも逃げて。誰かを呼んできて……!」
「クゥン」
私が走っても追いつかれてしまうが、豆狸たちの足ならば、屋敷まで戻るのはすぐだろう。困惑したように鳴く豆狸は、私の気持ちを汲んで駆け出してくれた。
ここで私がやられてしまっては、白緑との契約を果たせなくなってしまう。
だからこそ、豆狸が誰かを連れてきてくれるまで、私はここでどうにか時間を稼ぐしかない。
「あぁッ……!!」
木の上にでも登れないだろうかと試みた時、右肩に強い衝撃を感じる。
遅れて焼かれたような痛みが走って、自分の肩を見てみると、鋭利な刃物で切り裂かれたように血が滲んでいるのが見えた。
「うっ……もうバレたなんて、あれじゃ囮にもならないんだ」
痛む肩を押さえながら、木を背にして私は子狐と対峙する。
ここから走り出したとしても、逃げられる距離なんてたかが知れているだろう。こうなれば、戦うしかない。
(この狐に通用するのかわからないけど、やらなきゃ)
すでに妖具の一つを破壊されてしまった以上、残りの妖具で対抗できる保証はない。けれど、無抵抗のままやられるつもりもなかった。
豆狸が屋敷に辿り着くまで、一秒でも長く時間を稼ぐんだ。
「熱っ……! え……?」
妖具を構えた時、私の頬のすぐ横を熱の塊が掠めていく。
赤い火の玉は子狐目掛けて飛んでいき、それを避けるために子狐は私から距離を取った。
あれは子狐の放ったものではない。むしろ、子狐に対して放たれた攻撃だ。
振り返るよりも先に、私の目の前にふわりと人影が降り立つ。
「アタシの友達に、一体何してるのかしら?」
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