片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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エルアーラ遺跡編

episode445

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 アルカネットは飛ばされた場所が、ハーメンリンナの屋敷の玄関前と判ってホッと息をついた。そして、使用人たちが気づいて出てくる前に、キュッリッキの翼を隠さなければならなかった。

「どうせなら、リッキーさんの部屋の中なら良かったんですが…」

 腕の中で小さく身を縮こませているキュッリッキを覗き込むように見ると、痛々しいほど消沈した表情で、小刻みに震えていた。

「リッキーさん、もう大丈夫ですよ。翼をしまってください」

 キュッリッキはゆるゆると顔を上げると、見開いた目からポロポロと涙をこぼし始めた。その様子を見て、まだキュッリッキの心が混乱していることが判り、アルカネットは安心させるように優しく微笑みかけて、額にそっとキスをした。

「しまい方は、覚えていますか?」

 ゆっくり目を瞬き、キュッリッキは小さく頷く。そして翼は儚い幻想のように霧散し、空気に溶けるようにして消えていった。

 か細い背から翼が消えていることを確認すると、両手がふさがっているため魔法で風を生んで玄関の扉を開いた。

 何事かと奥から飛び出してきたリトヴァとセヴェリは、アルカネットとキュッリッキの姿を見て目を丸くした。

「お、おかえりなさいませ、アルカネット様、お嬢様」

「ご予定より随分とお早いお戻りでしたね」

「色々あったのですよ。それより、リッキーさんの部屋は整っていますか?」

「はい。いつお戻りになられてもいいようにしてあります」

「結構。温かいお茶を持ってきてください。それと、至急ヴィヒトリ先生を呼んでください。何をおいても最優先でくるように伝えなさい、これはベルトルド様からのご命令です」

「承りました」

 リトヴァとセヴェリは一礼すると、直ぐにその場を離れた。

「さあ、部屋に行きましょうね」

 腕の中のキュッリッキに優しく言うと、キュッリッキはアルカネットの肩に頭をもたれさせた。



 数日ぶりに戻ってきた自分の部屋に、キュッリッキはひどく安堵していた。

 思えばここはベルトルドの屋敷であって、この部屋はキュッリッキにあてがわれただけである。いわば客間のようなものだ。しかしナルバ山で怪我をしてから、この部屋でずっと過ごしてきた。エルダー街のアジトで過ごした時間より長い。

 この部屋は、もう自分の部屋だ。そう思えてならない。

 ベッドに寝かされたキュッリッキは、アルカネットの軍服を掴もうとして、腕に走った痛みに顔を歪めた。

 すでに血は止まっていたが、両方の二の腕にいくつか抉ったような傷がある。そして手の先を見ると、爪と指先に血がついて乾いていた。

 自分でつけた傷だと思い出し、キュッリッキは表情を曇らせた。

「痛みますか?」

 濡れタオルを手にしたアルカネットが、心配そうに見つめながらベッド脇にある椅子に腰を下ろした。

「ちょっと滲みるように痛むかな…」
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