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エルアーラ遺跡編
episode440
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アルカネットはそれでも辛抱強く言い続けた。このまま無残な翼を面前に広げさせておくのは可哀想でならない。
そっと揺さぶり、語りかけ続け、ようやくキュッリッキはのろのろと顔を上げた。
途方に暮れた表情(かお)はそのままだったが、ゆっくりとアルカネットを振り向く。
「………アルカネット……さん?」
「はい。大丈夫ですか? さあ、翼をしまいましょう」
キュッリッキにのみ向けられる、どこまでも優しい表情で労わるように言われ、キュッリッキは「え?」と小さく首をかしげた。そしてようやく状況が見えてきたのか、その顔がみるみる恐怖に歪み始めた。
ライオン傭兵団のみんながいる。
そして、誰にも見られたくないはずの翼を広げている自分が居る。
みんなが、自分の翼を見ている。
忌まわしい左側の翼の残骸を、見られている――!
「いやあああああっ!!」
突然キュッリッキは絞り出すように大きく絶叫を上げた。
「見ないでえ!!」
「リッキーさんっ」
腕(かいな)を激しく握り締め、キュッリッキは上体を前に折って悲鳴をあげ続けた。その激しい絶叫に、アルカネットは弾かれたようにキュッリッキを抱きしめた。
「落ち着いてください! 身体に障る」
誰よりも落ち着いていない声でアルカネットがなだめるが、キュッリッキは喉が枯れるまで叫び続けた。爪が腕の肉に食い込んで、赤赤とした血が滴り落ちる。
「アルカネット、お前はこのままリッキーを連れてイララクスに戻れ」
ベルトルドは2人の傍らに片膝をついて、アルカネットの耳元で何事かを言うと、2人を飛ばした。
キュッリッキが座り込んでいた場所には、小さな赤い血だまりがいくつも出来ていた。それを痛ましく見つめ、ベルトルドはスッと立ち上がる。
床から放り出されたメルヴィンを助けたい一心で、翼を広げたキュッリッキの必死さを思うと胸が痛んだ。
考えるまでもなく、身体がそう動いてしまった。そしてアイオン族としての本能が、翼を広げさせたのだ。
片方しかない翼のことなど、念頭になかったのだろう。
空を飛ぶことができないことも。
召喚士であることもまた、念頭になかった。
愛するものを助けなければ、それだけだったのだ。
ベルトルドはグッと拳を握ると、困惑したように立ちすくむメルヴィンの顔を、怒りを込めて激しく殴りつけた。
突然のことにメルヴィンは無抵抗に吹っ飛ばされ、床を滑り倒れ込んだ。その衝撃の様子に、皆我にかえったように顔を上げる。
口の端を切ったのか、血を流して頬を抑えるメルヴィンを、カーティスが慌てたように駆け寄り助け起こした。
いじらしいまでの恋心を向けられながら、少しも気づかないような男のために、キュッリッキは心の傷を自ら仲間たちに晒してしまったのだ。
ベルトルドにとって、それは耐え難いことだ。
Encounter Gullveig Systemを止めることが遅れたのは自分の責任だし、メルヴィンがキュッリッキを庇って床から放り出されたことは判った。
だがやるせなく、どうしようもない怒りがベルトルドから冷静さを失わせていた。
そっと揺さぶり、語りかけ続け、ようやくキュッリッキはのろのろと顔を上げた。
途方に暮れた表情(かお)はそのままだったが、ゆっくりとアルカネットを振り向く。
「………アルカネット……さん?」
「はい。大丈夫ですか? さあ、翼をしまいましょう」
キュッリッキにのみ向けられる、どこまでも優しい表情で労わるように言われ、キュッリッキは「え?」と小さく首をかしげた。そしてようやく状況が見えてきたのか、その顔がみるみる恐怖に歪み始めた。
ライオン傭兵団のみんながいる。
そして、誰にも見られたくないはずの翼を広げている自分が居る。
みんなが、自分の翼を見ている。
忌まわしい左側の翼の残骸を、見られている――!
「いやあああああっ!!」
突然キュッリッキは絞り出すように大きく絶叫を上げた。
「見ないでえ!!」
「リッキーさんっ」
腕(かいな)を激しく握り締め、キュッリッキは上体を前に折って悲鳴をあげ続けた。その激しい絶叫に、アルカネットは弾かれたようにキュッリッキを抱きしめた。
「落ち着いてください! 身体に障る」
誰よりも落ち着いていない声でアルカネットがなだめるが、キュッリッキは喉が枯れるまで叫び続けた。爪が腕の肉に食い込んで、赤赤とした血が滴り落ちる。
「アルカネット、お前はこのままリッキーを連れてイララクスに戻れ」
ベルトルドは2人の傍らに片膝をついて、アルカネットの耳元で何事かを言うと、2人を飛ばした。
キュッリッキが座り込んでいた場所には、小さな赤い血だまりがいくつも出来ていた。それを痛ましく見つめ、ベルトルドはスッと立ち上がる。
床から放り出されたメルヴィンを助けたい一心で、翼を広げたキュッリッキの必死さを思うと胸が痛んだ。
考えるまでもなく、身体がそう動いてしまった。そしてアイオン族としての本能が、翼を広げさせたのだ。
片方しかない翼のことなど、念頭になかったのだろう。
空を飛ぶことができないことも。
召喚士であることもまた、念頭になかった。
愛するものを助けなければ、それだけだったのだ。
ベルトルドはグッと拳を握ると、困惑したように立ちすくむメルヴィンの顔を、怒りを込めて激しく殴りつけた。
突然のことにメルヴィンは無抵抗に吹っ飛ばされ、床を滑り倒れ込んだ。その衝撃の様子に、皆我にかえったように顔を上げる。
口の端を切ったのか、血を流して頬を抑えるメルヴィンを、カーティスが慌てたように駆け寄り助け起こした。
いじらしいまでの恋心を向けられながら、少しも気づかないような男のために、キュッリッキは心の傷を自ら仲間たちに晒してしまったのだ。
ベルトルドにとって、それは耐え難いことだ。
Encounter Gullveig Systemを止めることが遅れたのは自分の責任だし、メルヴィンがキュッリッキを庇って床から放り出されたことは判った。
だがやるせなく、どうしようもない怒りがベルトルドから冷静さを失わせていた。
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