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エルアーラ遺跡編
episode439
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登るつかの間、3人は言葉を発さなかった。フェンリルもまた、唸り声一つ上げなかった。そしてようやく暗闇に浮かぶ床が見えたとき、寝転んだままのヴァルトは両手を振った。
床から下を覗き込むようにしていたシビルとハーマンが、小さな手をぶんぶん振り返している。
やがて床にフェンリルの身体が接岸すると、ヴァルトは起き上がって、キュッリッキの両脇を掴んで浮き上がり、そして床の上にそっとおろした。
力なく、ふにゃりとした足は立たず、キュッリッキはぺたりと床に座り込んでしまった。
メルヴィンもフェンリルの背を滑るようにして床に降り立つと、その場でキュッリッキを見つめた。
キュッリッキは途方に暮れた顔で身動き一つせず、瞬きすらしない。目の前にあるものをただ呆然と見つめているだけだった。
そしてライオン傭兵団の皆も、言葉を発することができなかった。
キュッリッキがアイオン族であったことも驚きだったが、その背の翼に、なんと言葉をかければいいのか。左側の痛々しすぎる翼が、言葉を奪っていた。
フェンリルは身体を仔犬の姿に戻すと、フローズヴィトニルとともにキュッリッキのそばに寄って、どうしていいか判らない様子で、落ち着きなくうろうろしている。
沈黙の漂う空間には、さきほどの見えない敵の襲来はなかった。そんなことも忘れたように黙り込む中に、それを打ち破るような叫びが響き渡った。
「リッキー!!」
「リッキーさん!」
空間がぐにゃりと歪み、ベルトルドとアルカネットが現れた。
アルカネットは床に足がつくやいなや、蹴るようにして飛び出すと、へたりこんだままのキュッリッキの傍らに駆け寄って膝をついた。
「リッキーさん、リッキーさん!」
肩を掴んで少々荒く揺さぶるが、キュッリッキは途方に暮れたまま顔を動かそうともしない。アルカネットの声など、まるで耳に入っていないように。
「一体何があったか説明しろ!」
アルカネットに先を越されて軽く舌打ちすると、黙り込んだまま動こうともしないライオン傭兵団に、ベルトルドは怒鳴る。
「えと」
カーティスは説明をするため口を開いたが、何をどう説明すれば判らないといった表情でベルトルドを見た。
これほど動揺しているカーティスなど、初めて見るベルトルドは逆に鼻白んだが、皆の顔を見回すと似たりよったりの様子だ。その中でも多少はマトモそうに見えるヴァルトのそばに行き、金髪頭をガッシリと鷲掴みにする。
「ぬっ?」
「口で説明できないなら、直接記憶で見せろ」
問答無用の口調で言われて、ヴァルトは渋面を作って口をへの字に曲げた。
ベルトルドはアルカネットの意識にリンクすると、ヴァルトの記憶からこの事態の様子を読み取り共有した。
「Encounter Gullveig Systemが物理攻撃に変更したのか…」
立体映像をぶつけて心理的に追い込んで、脳死させるはずのシステムは、キュッリッキの繰り出す召喚の力の攻撃に遭い、対抗策を計算していた。
「あなたが風呂で眠りこけている間に、構築していたようですね」
冷ややかにアルカネットに指摘され、ベルトルドはグッと詰まったような顔で汗をたらした。
「き、気のせいだ」
「その件はあとでたっぷり絞りましょう」
ベルトルドに軽蔑の眼差しを向けていたアルカネットは、切り替えるように一息吐き出すと、キュッリッキの顔を覗き込んだ。
「リッキーさん、翼をしまってください」
優しく語りかけるが、キュッリッキは無反応だった。
床から下を覗き込むようにしていたシビルとハーマンが、小さな手をぶんぶん振り返している。
やがて床にフェンリルの身体が接岸すると、ヴァルトは起き上がって、キュッリッキの両脇を掴んで浮き上がり、そして床の上にそっとおろした。
力なく、ふにゃりとした足は立たず、キュッリッキはぺたりと床に座り込んでしまった。
メルヴィンもフェンリルの背を滑るようにして床に降り立つと、その場でキュッリッキを見つめた。
キュッリッキは途方に暮れた顔で身動き一つせず、瞬きすらしない。目の前にあるものをただ呆然と見つめているだけだった。
そしてライオン傭兵団の皆も、言葉を発することができなかった。
キュッリッキがアイオン族であったことも驚きだったが、その背の翼に、なんと言葉をかければいいのか。左側の痛々しすぎる翼が、言葉を奪っていた。
フェンリルは身体を仔犬の姿に戻すと、フローズヴィトニルとともにキュッリッキのそばに寄って、どうしていいか判らない様子で、落ち着きなくうろうろしている。
沈黙の漂う空間には、さきほどの見えない敵の襲来はなかった。そんなことも忘れたように黙り込む中に、それを打ち破るような叫びが響き渡った。
「リッキー!!」
「リッキーさん!」
空間がぐにゃりと歪み、ベルトルドとアルカネットが現れた。
アルカネットは床に足がつくやいなや、蹴るようにして飛び出すと、へたりこんだままのキュッリッキの傍らに駆け寄って膝をついた。
「リッキーさん、リッキーさん!」
肩を掴んで少々荒く揺さぶるが、キュッリッキは途方に暮れたまま顔を動かそうともしない。アルカネットの声など、まるで耳に入っていないように。
「一体何があったか説明しろ!」
アルカネットに先を越されて軽く舌打ちすると、黙り込んだまま動こうともしないライオン傭兵団に、ベルトルドは怒鳴る。
「えと」
カーティスは説明をするため口を開いたが、何をどう説明すれば判らないといった表情でベルトルドを見た。
これほど動揺しているカーティスなど、初めて見るベルトルドは逆に鼻白んだが、皆の顔を見回すと似たりよったりの様子だ。その中でも多少はマトモそうに見えるヴァルトのそばに行き、金髪頭をガッシリと鷲掴みにする。
「ぬっ?」
「口で説明できないなら、直接記憶で見せろ」
問答無用の口調で言われて、ヴァルトは渋面を作って口をへの字に曲げた。
ベルトルドはアルカネットの意識にリンクすると、ヴァルトの記憶からこの事態の様子を読み取り共有した。
「Encounter Gullveig Systemが物理攻撃に変更したのか…」
立体映像をぶつけて心理的に追い込んで、脳死させるはずのシステムは、キュッリッキの繰り出す召喚の力の攻撃に遭い、対抗策を計算していた。
「あなたが風呂で眠りこけている間に、構築していたようですね」
冷ややかにアルカネットに指摘され、ベルトルドはグッと詰まったような顔で汗をたらした。
「き、気のせいだ」
「その件はあとでたっぷり絞りましょう」
ベルトルドに軽蔑の眼差しを向けていたアルカネットは、切り替えるように一息吐き出すと、キュッリッキの顔を覗き込んだ。
「リッキーさん、翼をしまってください」
優しく語りかけるが、キュッリッキは無反応だった。
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