379 / 882
モナルダ大陸戦争開戦へ編
episode360
しおりを挟む
クラエスは一気に老け込んだ顔をさらに皺くちゃにして、胸ポケットにしまっていた小さな写真を覗き込む。
「いよいよワシも、おまえのところへ逝くことになりそうだ」
2年前に他界した妻の若い頃の写真に、クラエスは泣き笑った。
しみじみと自分の世界に浸っていたクラエスは、やがて盛大に鳴る汽笛の音にハッと顔を上げ、小さな目をこれでもかと見開いて、ステーションに走り込んでくる汽車を凝視した。
線路の”上”を滑走してくる汽車、その汽車の上に腕を組んで立つ若い軍人の男。
ホームに滑り込んできた汽車は、ゆっくりと停止し、静かに線路の上に車輪を置いた。
「おや、出迎えがいないようですね。持ち場を離れるとは何かあったのでしょうか」
汽車の上に立っていた軍人が、ぶつぶつと言いながらホームに飛び降りた。
「お勤めご苦労様です。皇国の軍人が、このあたりに居ませんでしたか?」
クラエスはパチクリと目を瞬かせ軍人を見上げたが、口を開く前に激しい爆音に首をすくめた。
「爆発が近いですね……すぐここにも乗り込まれるか」
若い軍人は改札の方をじっと見ると、クラエスの返事も待たずに汽車に踵を返した。
汽車の中に消えていく軍人の背を見送りながら、頭の中が真っ白になったクラエスは、その場に立ちすくした。
汽車がオーバリーに到着すると、メルヴィンとルーファスは立ち上がっていて、いつでも動けるようにしていた。そこへ少佐が足早に車内に戻ってくる。
「迎えの者がおりませんでした。連絡をとったところ、ボルクンド行きの汽車に奇襲をかけられているようです。申し訳ありませんが、手をお貸しいただきたい」
「もちろんです。乗り換えの汽車までの案内をお願いします」
「ありがとうございます。こちらへ」
少佐が手振りで先頭に立って歩き出すと、メルヴィンとルーファス、同じ車両にいたダエヴァの軍人たちが後に続いた。
「この街の駅はちょっと風変わりで、街を挟んで反対側にボルクンド王国方面へのステーションが建っているんです」
「うへ、そりゃ乗り換えする客が面倒だろうに」
キュッリッキを腕に抱いて、ルーファスは肩をすくめる。
「全くです。観光収入を見込んで、街に立ち寄ってもらう目的もあったようですが。まあ、概ね不評なようです」
にっこりと少佐は言うと、メルヴィンに軽く肩を掴まれ立ち止まった。
「敵の気配が。サイ《超能力》使いや魔法使いに察知されないようにしているのがいますね。オレが先頭に立ちます」
「判りました」
少佐は頓着することなく真顔で頷き、メルヴィンに前を譲る。
汽車から出たところで、メルヴィンは左手に持っていた数本の小刀を、無造作に真上の天井に投げつけた。
「ちいっ!」
舌打ちする男の声が天井から降り注ぎ、化粧タイルの床に小さな血が数滴落ちた。
「勘のいい奴がいる、やっちまえ!!」
「いよいよワシも、おまえのところへ逝くことになりそうだ」
2年前に他界した妻の若い頃の写真に、クラエスは泣き笑った。
しみじみと自分の世界に浸っていたクラエスは、やがて盛大に鳴る汽笛の音にハッと顔を上げ、小さな目をこれでもかと見開いて、ステーションに走り込んでくる汽車を凝視した。
線路の”上”を滑走してくる汽車、その汽車の上に腕を組んで立つ若い軍人の男。
ホームに滑り込んできた汽車は、ゆっくりと停止し、静かに線路の上に車輪を置いた。
「おや、出迎えがいないようですね。持ち場を離れるとは何かあったのでしょうか」
汽車の上に立っていた軍人が、ぶつぶつと言いながらホームに飛び降りた。
「お勤めご苦労様です。皇国の軍人が、このあたりに居ませんでしたか?」
クラエスはパチクリと目を瞬かせ軍人を見上げたが、口を開く前に激しい爆音に首をすくめた。
「爆発が近いですね……すぐここにも乗り込まれるか」
若い軍人は改札の方をじっと見ると、クラエスの返事も待たずに汽車に踵を返した。
汽車の中に消えていく軍人の背を見送りながら、頭の中が真っ白になったクラエスは、その場に立ちすくした。
汽車がオーバリーに到着すると、メルヴィンとルーファスは立ち上がっていて、いつでも動けるようにしていた。そこへ少佐が足早に車内に戻ってくる。
「迎えの者がおりませんでした。連絡をとったところ、ボルクンド行きの汽車に奇襲をかけられているようです。申し訳ありませんが、手をお貸しいただきたい」
「もちろんです。乗り換えの汽車までの案内をお願いします」
「ありがとうございます。こちらへ」
少佐が手振りで先頭に立って歩き出すと、メルヴィンとルーファス、同じ車両にいたダエヴァの軍人たちが後に続いた。
「この街の駅はちょっと風変わりで、街を挟んで反対側にボルクンド王国方面へのステーションが建っているんです」
「うへ、そりゃ乗り換えする客が面倒だろうに」
キュッリッキを腕に抱いて、ルーファスは肩をすくめる。
「全くです。観光収入を見込んで、街に立ち寄ってもらう目的もあったようですが。まあ、概ね不評なようです」
にっこりと少佐は言うと、メルヴィンに軽く肩を掴まれ立ち止まった。
「敵の気配が。サイ《超能力》使いや魔法使いに察知されないようにしているのがいますね。オレが先頭に立ちます」
「判りました」
少佐は頓着することなく真顔で頷き、メルヴィンに前を譲る。
汽車から出たところで、メルヴィンは左手に持っていた数本の小刀を、無造作に真上の天井に投げつけた。
「ちいっ!」
舌打ちする男の声が天井から降り注ぎ、化粧タイルの床に小さな血が数滴落ちた。
「勘のいい奴がいる、やっちまえ!!」
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


幼女に転生したらイケメン冒険者パーティーに保護&溺愛されています
ひなた
ファンタジー
死んだと思ったら
目の前に神様がいて、
剣と魔法のファンタジー異世界に転生することに!
魔法のチート能力をもらったものの、
いざ転生したら10歳の幼女だし、草原にぼっちだし、いきなり魔物でるし、
魔力はあって魔法適正もあるのに肝心の使い方はわからないし で転生早々大ピンチ!
そんなピンチを救ってくれたのは
イケメン冒険者3人組。
その3人に保護されつつパーティーメンバーとして冒険者登録することに!
日々の疲労の癒しとしてイケメン3人に可愛いがられる毎日が、始まりました。

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです
珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。
老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。
そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる