片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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モナルダ大陸戦争開戦へ編

episode360

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 クラエスは一気に老け込んだ顔をさらに皺くちゃにして、胸ポケットにしまっていた小さな写真を覗き込む。

「いよいよワシも、おまえのところへ逝くことになりそうだ」

 2年前に他界した妻の若い頃の写真に、クラエスは泣き笑った。 

 しみじみと自分の世界に浸っていたクラエスは、やがて盛大に鳴る汽笛の音にハッと顔を上げ、小さな目をこれでもかと見開いて、ステーションに走り込んでくる汽車を凝視した。

 線路の”上”を滑走してくる汽車、その汽車の上に腕を組んで立つ若い軍人の男。

 ホームに滑り込んできた汽車は、ゆっくりと停止し、静かに線路の上に車輪を置いた。

「おや、出迎えがいないようですね。持ち場を離れるとは何かあったのでしょうか」

 汽車の上に立っていた軍人が、ぶつぶつと言いながらホームに飛び降りた。

「お勤めご苦労様です。皇国の軍人が、このあたりに居ませんでしたか?」

 クラエスはパチクリと目を瞬かせ軍人を見上げたが、口を開く前に激しい爆音に首をすくめた。

「爆発が近いですね……すぐここにも乗り込まれるか」

 若い軍人は改札の方をじっと見ると、クラエスの返事も待たずに汽車に踵を返した。

 汽車の中に消えていく軍人の背を見送りながら、頭の中が真っ白になったクラエスは、その場に立ちすくした。



 汽車がオーバリーに到着すると、メルヴィンとルーファスは立ち上がっていて、いつでも動けるようにしていた。そこへ少佐が足早に車内に戻ってくる。

「迎えの者がおりませんでした。連絡をとったところ、ボルクンド行きの汽車に奇襲をかけられているようです。申し訳ありませんが、手をお貸しいただきたい」

「もちろんです。乗り換えの汽車までの案内をお願いします」

「ありがとうございます。こちらへ」

 少佐が手振りで先頭に立って歩き出すと、メルヴィンとルーファス、同じ車両にいたダエヴァの軍人たちが後に続いた。

「この街の駅はちょっと風変わりで、街を挟んで反対側にボルクンド王国方面へのステーションが建っているんです」

「うへ、そりゃ乗り換えする客が面倒だろうに」

 キュッリッキを腕に抱いて、ルーファスは肩をすくめる。

「全くです。観光収入を見込んで、街に立ち寄ってもらう目的もあったようですが。まあ、概ね不評なようです」

 にっこりと少佐は言うと、メルヴィンに軽く肩を掴まれ立ち止まった。

「敵の気配が。サイ《超能力》使いや魔法使いに察知されないようにしているのがいますね。オレが先頭に立ちます」

「判りました」

 少佐は頓着することなく真顔で頷き、メルヴィンに前を譲る。

 汽車から出たところで、メルヴィンは左手に持っていた数本の小刀を、無造作に真上の天井に投げつけた。

「ちいっ!」

 舌打ちする男の声が天井から降り注ぎ、化粧タイルの床に小さな血が数滴落ちた。

「勘のいい奴がいる、やっちまえ!!」
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