片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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モナルダ大陸戦争開戦へ編

episode352

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 滅多に乗ることがなかった汽車に、乗る前はワクワク感もあった。しかしいざ乗って暫く経つと、座っているだけなので、退屈感がもそもそと漂い始めた。

 退屈に耐え切れず、キュッリッキは顔を上げる。

「ねえねえ、オーバリーについたら、徒歩でエレギアを目指すの?」

「いえ、オーバリーから国境を越える専用汽車が出ているので、それに乗り換えていきます」

 キュッリッキの問いに、メルヴィンが答える。

「ボルクンド王国に入ったら、別の汽車に乗り換えて、待ち合わせのフェルトまでいきますから、歩かなくても大丈夫ですよ」

「そっかあ。でも、座ってるばっかりだとちょっと退屈かも。いっぱい歩けるように、リハビリ頑張ったし」

「そうですね」

 にっこりと笑むメルヴィンに、キュッリッキはぎこちなく笑顔を返す。恥ずかしくて自然な笑顔を向けられない。

 ライオン傭兵団が軍に一時徴兵されて屋敷を留守にしだした頃、キュッリッキは勉強とリハビリを頑張っていた。

 グンヒルドがリハビリにも付き合ってくれて、屋敷の階段を何度も往復しながら、体力と筋力の回復に努めた。

 とにかくベルトルドの屋敷は広くて――それでも貴族たちの屋敷に比べれば狭いらしい――十分な運動ができたのだった。

「ボルクンドの汽車も、ウチで差し押さえてんの?」

 それまで黙って2人のやり取りを見ていたルーファスが、わずかに顔をしかめて斜め前方を見る。

「ご安心を。お嬢様に危害が及ばぬよう、我々ダエヴァの者共が、ご利用になる全ての汽車に配属されております」

 如何にも女性が騒ぎ出しそうなハンサムな顔をした青年が、柔らかな笑顔を浮かべて頭を下げた。階級は少佐のようだ。

「そっか。じゃあオレたちは、のんびりできるな」

 ルーファスの言葉に、少佐はクスッと笑う。

「わたくしどもも全力を尽くしますが、くれぐれもお嬢様に何事もなく、ベルトルド様のもとへお送りくださいますよう、お願い申し上げます」

 言い方は丁寧だが、手を抜くなと臭わせ、少佐は深く微笑んだ。

 ルーファスのこめかみがぴくりと反応したが、口に出さずに小さく頷いた。

 実際ダエヴァが護衛についているとなると、ルーファスやメルヴィンが気を緩めても、なにも問題はなかった。

 特殊な訓練を徹底的に叩き込まれている彼らを倒せる戦力を、逆臣軍が揃えているとは考えにくい。腕に自信のあるライオン傭兵団も、ダエヴァ相手に喧嘩は売りたいとは誰も思っていないくらいだ。それでも何が起こるか判らないのが敵地なので、誰も気は抜けない。

 3人のいる車両には、5人のダエヴァの軍人が詰めていた。どれもとってつけたように甘いマスクの美形ぞろい。人選をしたリュリュの趣味が露骨に伺えて、ルーファスは内心うんざりしてしまった。これではホストクラブである。

 そこへ小さく「きゅるる」と音がする。キュッリッキが慌ててお腹を押さえた。

「おなかすいちゃったかも……」

 恥ずかしそうにキュッリッキが呟いた。

 朝はろくに食事が喉を通らず、無理をしても紅茶を飲み干すのが精一杯だった。少し状況に慣れてきたのか、お腹の虫が小さく鳴き出していた。

 すると、先ほどルーファスに応対していた少佐が、柔らかな笑みを浮かべてワゴンをひいてきた。

「お嬢様、お飲み物と軽食などいかがでしょうか」
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