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モナルダ大陸戦争開戦へ編
episode351
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6両編成の汽車は、キュッリッキ、メルヴィン、ルーファスと、ダエヴァの軍人たちしか乗っていないようだ。
ダエヴァはベルトルド直轄の特殊部隊で、あらゆるスキル〈才能〉や技術を持つ軍人たちで構成されている。正規部隊の軍人たちより腕は上だと噂されていた。そしてベルトルドが軍総帥になる前から、密接な関係を持っていた。そのことで、ベルトルドの私兵などと揶揄されることもある。
3両目の座席に案内されると、キュッリッキは窓際に座り、その隣にメルヴィン、ルーファスは2人の対面に座った。
外では安全確認のために、バタバタと軍人たちが走り回り、声を掛け合う様子が窓から見える。
進路の安全も確認が終わり、発車の汽笛が鳴らされる。
「発車!」
外にいる軍人が声高に叫ぶと、汽車はゆっくりと発車した。
キュッリッキは何度も何度も、自分の右手に視線を向け、胸の辺りに強く沸き立つ圧迫感を必死で抑え込む。
救いを求めるように目だけを前に向けると、ルーファスが片手を頬に添えて、にこにこしながら見ていた。2人の様子を明らかに面白がっており、助け舟を出す気は毛頭なさそうだ。
手袋越しに伝わってくる柔らかな熱。温かいというよりは、力強い熱に感じる。
キュッリッキの小さな右手は、メルヴィンの大きな左手にしっかりと握られている。宿を出る時から、こうして汽車に乗っている間も、片時も離さずだ。
何があっても、必ず守りぬく。その決意のあらわれなのか、メルヴィンはとても真顔で車内の気配に気を傾けていた。その手にしっかりと、キュッリッキの手を握り締めながら。
自分を守ろうとしてくれている。それはとてもありがたいし、心から嬉しい。今までこんなふうに守られたことなどないからだ。
しかし、まだまだメルヴィンの顔をまともに見られないのに、始終手を握られているのは激しい試練だった。
キュッリッキは顔を赤らめたまま、ずっと下を俯きっぱなしだった。布越しに触れ、感じるメルヴィンの腕の逞しさに、ドギマギしてしまう。怪我で臥せっていた時は、身体を支えてくれたり、抱き上げたりしてくれた。その時は何とも感じなかったのに。
(恋をしちゃうと、こんなにドキドキしちゃうの、かな…)
だがそれと同時に、酷く申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
ここまでメルヴィンが使命感に燃えるのも、全てはナルバ山の遺跡での事件が原因だった。そのことはキュッリッキも痛感している。
自分の軽はずみな行動が招いた結果なのだと、キュッリッキは何度も言うが、誰も納得してくれない。メルヴィンに限らず、ライオン傭兵団の皆が、遺跡でのことは苦く責任を感じているのだ。
ベルトルドとアルカネットも、あの事件に対するライオン傭兵団の油断と軽率な行動を、強く批難している。
しかしメルヴィンはあの事件の原因以上に、傷つき、今にも死にそうだったキュッリッキに、何もしてやれなかったことをずっと悔いていた。
生まれ持ったスキル〈才能〉が、魔法でも医療でもないので仕方がない。あの状況では励ますだけで精一杯だった。そしてその励ましが、キュッリッキにはしっかり届いていたのに、それでもメルヴィンは、何もできなかったと自らを責めている。
今のキュッリッキを守ることで、あの時の埋め合わせをしようとしているかのようだった。
出来れば自分と同じ気持ち――恋からくる想いで守ってもらいたいと、キュッリッキは小さく願っていた。
ルーファスはうまくいくと言ってくれたが、メルヴィンはどう思っているのだろう。責任感からではなく、少しは自分と同じ気持ちがあるのか。――思い切って告白すれば、自分と同じ気持ちを持ってもらえるのだろうか。
でも、告白などする勇気はまだ持てそうもなかった。いまだに過去のことや種族のことを、打ち明けることもできないでいるのに。
ふと車窓に目を向けると、窓ガラスの向こうには青い空と、ひたすら濃い緑の森が続いていた。
ダエヴァはベルトルド直轄の特殊部隊で、あらゆるスキル〈才能〉や技術を持つ軍人たちで構成されている。正規部隊の軍人たちより腕は上だと噂されていた。そしてベルトルドが軍総帥になる前から、密接な関係を持っていた。そのことで、ベルトルドの私兵などと揶揄されることもある。
3両目の座席に案内されると、キュッリッキは窓際に座り、その隣にメルヴィン、ルーファスは2人の対面に座った。
外では安全確認のために、バタバタと軍人たちが走り回り、声を掛け合う様子が窓から見える。
進路の安全も確認が終わり、発車の汽笛が鳴らされる。
「発車!」
外にいる軍人が声高に叫ぶと、汽車はゆっくりと発車した。
キュッリッキは何度も何度も、自分の右手に視線を向け、胸の辺りに強く沸き立つ圧迫感を必死で抑え込む。
救いを求めるように目だけを前に向けると、ルーファスが片手を頬に添えて、にこにこしながら見ていた。2人の様子を明らかに面白がっており、助け舟を出す気は毛頭なさそうだ。
手袋越しに伝わってくる柔らかな熱。温かいというよりは、力強い熱に感じる。
キュッリッキの小さな右手は、メルヴィンの大きな左手にしっかりと握られている。宿を出る時から、こうして汽車に乗っている間も、片時も離さずだ。
何があっても、必ず守りぬく。その決意のあらわれなのか、メルヴィンはとても真顔で車内の気配に気を傾けていた。その手にしっかりと、キュッリッキの手を握り締めながら。
自分を守ろうとしてくれている。それはとてもありがたいし、心から嬉しい。今までこんなふうに守られたことなどないからだ。
しかし、まだまだメルヴィンの顔をまともに見られないのに、始終手を握られているのは激しい試練だった。
キュッリッキは顔を赤らめたまま、ずっと下を俯きっぱなしだった。布越しに触れ、感じるメルヴィンの腕の逞しさに、ドギマギしてしまう。怪我で臥せっていた時は、身体を支えてくれたり、抱き上げたりしてくれた。その時は何とも感じなかったのに。
(恋をしちゃうと、こんなにドキドキしちゃうの、かな…)
だがそれと同時に、酷く申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
ここまでメルヴィンが使命感に燃えるのも、全てはナルバ山の遺跡での事件が原因だった。そのことはキュッリッキも痛感している。
自分の軽はずみな行動が招いた結果なのだと、キュッリッキは何度も言うが、誰も納得してくれない。メルヴィンに限らず、ライオン傭兵団の皆が、遺跡でのことは苦く責任を感じているのだ。
ベルトルドとアルカネットも、あの事件に対するライオン傭兵団の油断と軽率な行動を、強く批難している。
しかしメルヴィンはあの事件の原因以上に、傷つき、今にも死にそうだったキュッリッキに、何もしてやれなかったことをずっと悔いていた。
生まれ持ったスキル〈才能〉が、魔法でも医療でもないので仕方がない。あの状況では励ますだけで精一杯だった。そしてその励ましが、キュッリッキにはしっかり届いていたのに、それでもメルヴィンは、何もできなかったと自らを責めている。
今のキュッリッキを守ることで、あの時の埋め合わせをしようとしているかのようだった。
出来れば自分と同じ気持ち――恋からくる想いで守ってもらいたいと、キュッリッキは小さく願っていた。
ルーファスはうまくいくと言ってくれたが、メルヴィンはどう思っているのだろう。責任感からではなく、少しは自分と同じ気持ちがあるのか。――思い切って告白すれば、自分と同じ気持ちを持ってもらえるのだろうか。
でも、告白などする勇気はまだ持てそうもなかった。いまだに過去のことや種族のことを、打ち明けることもできないでいるのに。
ふと車窓に目を向けると、窓ガラスの向こうには青い空と、ひたすら濃い緑の森が続いていた。
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