片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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それぞれの悪巧み編

episode296

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 キュッリッキは椅子に座ったまま、ソワソワと落ち着かない様子だ。暖炉の上にある置時計をチラチラ見て、小さなため息を何度も吐き出す。

「あと、もうちょっとだ…」

 今日からいよいよ、家庭教師による勉強が始まる。ただ、怪我が治りかけの状態なので、ヴィヒトリから許可をもらうのが大変だった。

「そーだなあ、本格的に始めるのはまだ許可できないが、1時間程度なら許そう。今は大事な時だから、身体優先なのは変わらないからね。ちょっとでも辛くなったら、無理をせずに休むこと。いいね?」

 そうして許可がおりて、前日のキュッリッキのテンションは凄まじく高かった。あまりの興奮気味な様子に、心配したベルトルドのほうから、アルカネットに睡眠薬入りのお茶を用意させたほどだ。

 勉強をするための部屋が、屋敷の南棟に用意された。

 当初、書斎で授業を行うはずだった。しかし書斎は薄暗く、棚にたくさん並べられた本の圧迫感が精神的によくないと、ヴィヒトリが許可しなかったのだ。そこで、南棟の明るく落ち着いた部屋が用意され、そこが勉強部屋となった。その部屋なら、キュッリッキの自室にも近く、すぐ戻って身体を休められる点も考慮されていた。

 時計の針が11時を示したとき、部屋の扉がノックされた。

「失礼致しますお嬢様、グンヒルド先生がお見えになりましたよ」

 メイドのアリサが、笑顔で家庭教師の来訪を告げる。

「こんにちは、キュッリッキさん。今日からよろしくお願いいたします」

 柔らかな微笑みを浮かべるグンヒルドが、丁寧な所作で挨拶をした。

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 緊張でしゃちほこばりながら、キュッリッキはペコリと頭を下げる。

「そんなに硬くならないでくださいね」

 グンヒルドはキュッリッキに座るようにすすめ、自らも向かい側の椅子に座った。

「起き上がれるようになって、本当にようございました。随分元気になりましたね」

「はい。もうだいぶいいです」

「体調を考慮して、授業は1時間ほどとのご指示を頂いています。授業中、辛かったり疲れを感じたら、すぐに言ってください。少しずつ身体を慣らしながら、学ぶようにしていきましょう」

「はい、先生」

 あまりにも素直な態度と返事に、グンヒルドは内心驚いていた。

 これまで教えてきた生徒達は、正真正銘貴族のご令嬢だった。素直に見せかけるのは点数稼ぎのため。態度や表情は好い子を演じていたが、その目は明らかに侮りの色を浮かべていた。

 扱いにくい娘もいたし、頭が悪い上に態度の悪い娘もいた。

 キュッリッキは貴族の令嬢でもないし、傭兵をしている娘だ。しかしどの令嬢達よりも素直で愛らしい。学ぼう、教えを受けようという態度がにじみ出ている。自分から教えたくなるような生徒ぶりだった。

「あなたとは、楽しく授業が出来そうです」

 嬉しそうにグンヒルドは笑んで、持参した鞄の中から一冊の本を取り出した。

「では、今日から字を覚えていく授業をしていきます。そしてキュッリッキさんの語学が、どのくらいなのかを知る必要があるので、まずはこの本の朗読をしてください」

「は、はいっ」

(ついに、始まったのっ!)

 内心ドキドキしながら、キュッリッキは本を受け取り開いた。
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