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それぞれの悪巧み編
episode292
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病室では、キュッリッキ、アリサ、ヴィヒトリが迎えを待っていた。
キュッリッキは淡い若草色のノースリーブのワンピースに身を包み、膝にフェンリルを乗せてソファに座っていた。
「そろそろ迎えが到着する頃だね。あんまり早く着すぎるなって言っておいたから」
ヴィヒトリは白衣の胸ポケットに入れていた懐中時計を出して、時間を確かめる。10時を少しばかり回っていた。
「いつも、くるの凄い早かったもんね…」
入院していた最中、見舞いに来るベルトルドの来院時間は朝7時。当然そんな早い時間に見舞いなどは禁止されているが、特権を振りかざして強行していた。普段からこうしてすぐ起きればいいのに、とアリサとため息をついたものだ。
断れば後が怖い病院側は、無茶な我が儘にも泣く泣く目を瞑った。
毎朝喜び勇んで病室に来るやいなや、低血圧のベルトルドは朝食を摂るキュッリッキのベッドに潜り込んで、すぐ寝てしまう。
検査や怪我の処置のために病室を空けていると、ベルトルドは不満そうにベッドに横になってキュッリッキを待ち、消灯時間ギリギリまで居座った挙句、アルカネットにしょっ引かれて帰っていった。
その時の様子を走馬灯のように思い出し、キュッリッキは口の端を引きつらせた。
3人が疲れたような溜め息を揃って吐き出していると、ノックもなしに威勢良く病室の扉が開かれた。
「迎えに来たぞリッキー!」
「ノックぐらいしてください全く」
元気いっぱいのベルトルドの背後から、呆れた声を出すアルカネットが続く。
ベルトルドはキュッリッキの座るソファまでスタスタ歩み寄り、素早くキュッリッキを抱き上げた。
「さあ、帰ろう!」
満面の笑みで言われて、キュッリッキは面食らって無言で頷いた。
「乱暴に扱わないでください、驚いているじゃないですか」
先を越されてムッとしているアルカネットは、不意をつかれてキュッリッキの膝から落ちかかって、ワンピースにしがみついてるフェンリルを抱き上げると、キュッリッキの腕の中へ戻してやった。
それをチラッと見て、ベルトルドはフンッと鼻を鳴らす。
「なんだ、犬のほうか」
「違いますよ」
ああ言えば、こう言う。なノリの2人の顔を交互に見ながら、キュッリッキは苦笑して肩をすくめた。
待っていると、迎えに来てくれる人が居る。「帰ろう」と言ってくれる人がいて、帰る場所がある。
待つことが嬉しい。それは、なんと幸せに感じることなんだろう。今までずっと、なかったものだ。
家族がいて、迎える人がいて、帰る場所がある。ささやかな幸せを当たり前のように持っている人々を、ずっと妬んでいる自分がいた。
本当なら自分にも、そんな世界があったのかもしれない。しかし片翼が奇形だった為に、両親に拒まれ捨てられた。アイオン族という同族からも嫌われ、拒まれ否定されてきた。
ずっと居場所がなかった。我が身を守るために心を閉ざして、どこにも居場所を作ろうともしなかった。
でも今は違う。自分にもささやかな幸せが、こうして現れたのだから。
「早く帰ろ」
ベルトルドの首に両腕を絡ませ、キュッリッキは甘えるように抱きしめた。
突然のことに僅かに目を見張ったが、キュッリッキの心が流れ込んできて、ベルトルドはこれ以上にないほどの優しい笑みを浮かべた。
「ああ、帰ろう」
「なあ、ビールのおかわりあるかー?」
ソファにだらしなく座りながら、ザカリーはビール瓶を振った。
「今から酔ってると、アルカネットさんに叱られますよ」
ザカリーの向かい側に座っているカーティスは、長すぎる前髪をかきあげながら、軽く嗜める。
「ビールじゃ酔わねえよ。水がわりだ、水がわり。――あ~あ、キューリのやつまだ帰ってこねーのかなあ…」
ザカリーのぼやきに、カーティスは暖炉の上の置時計に目を向けた。
「そろそろじゃないですかね。昼前には連れて帰ってくると、ベルトルド卿がおっしゃっていたから」
「おい、キューリたち帰ってきたぞ」
開けっ放しの扉の向こうからギャリーの声が聞こえる。部屋にいる仲間たちに報せて回っているようだった。
「お」
ザカリーは嬉しそうに立ち上がると、スキップでも踏みそうな軽快な足取りでサロンを飛び出していった。
その様子を苦笑いしながら見ていたカーティスも、立ち上がってサロンを後にした。
キュッリッキは淡い若草色のノースリーブのワンピースに身を包み、膝にフェンリルを乗せてソファに座っていた。
「そろそろ迎えが到着する頃だね。あんまり早く着すぎるなって言っておいたから」
ヴィヒトリは白衣の胸ポケットに入れていた懐中時計を出して、時間を確かめる。10時を少しばかり回っていた。
「いつも、くるの凄い早かったもんね…」
入院していた最中、見舞いに来るベルトルドの来院時間は朝7時。当然そんな早い時間に見舞いなどは禁止されているが、特権を振りかざして強行していた。普段からこうしてすぐ起きればいいのに、とアリサとため息をついたものだ。
断れば後が怖い病院側は、無茶な我が儘にも泣く泣く目を瞑った。
毎朝喜び勇んで病室に来るやいなや、低血圧のベルトルドは朝食を摂るキュッリッキのベッドに潜り込んで、すぐ寝てしまう。
検査や怪我の処置のために病室を空けていると、ベルトルドは不満そうにベッドに横になってキュッリッキを待ち、消灯時間ギリギリまで居座った挙句、アルカネットにしょっ引かれて帰っていった。
その時の様子を走馬灯のように思い出し、キュッリッキは口の端を引きつらせた。
3人が疲れたような溜め息を揃って吐き出していると、ノックもなしに威勢良く病室の扉が開かれた。
「迎えに来たぞリッキー!」
「ノックぐらいしてください全く」
元気いっぱいのベルトルドの背後から、呆れた声を出すアルカネットが続く。
ベルトルドはキュッリッキの座るソファまでスタスタ歩み寄り、素早くキュッリッキを抱き上げた。
「さあ、帰ろう!」
満面の笑みで言われて、キュッリッキは面食らって無言で頷いた。
「乱暴に扱わないでください、驚いているじゃないですか」
先を越されてムッとしているアルカネットは、不意をつかれてキュッリッキの膝から落ちかかって、ワンピースにしがみついてるフェンリルを抱き上げると、キュッリッキの腕の中へ戻してやった。
それをチラッと見て、ベルトルドはフンッと鼻を鳴らす。
「なんだ、犬のほうか」
「違いますよ」
ああ言えば、こう言う。なノリの2人の顔を交互に見ながら、キュッリッキは苦笑して肩をすくめた。
待っていると、迎えに来てくれる人が居る。「帰ろう」と言ってくれる人がいて、帰る場所がある。
待つことが嬉しい。それは、なんと幸せに感じることなんだろう。今までずっと、なかったものだ。
家族がいて、迎える人がいて、帰る場所がある。ささやかな幸せを当たり前のように持っている人々を、ずっと妬んでいる自分がいた。
本当なら自分にも、そんな世界があったのかもしれない。しかし片翼が奇形だった為に、両親に拒まれ捨てられた。アイオン族という同族からも嫌われ、拒まれ否定されてきた。
ずっと居場所がなかった。我が身を守るために心を閉ざして、どこにも居場所を作ろうともしなかった。
でも今は違う。自分にもささやかな幸せが、こうして現れたのだから。
「早く帰ろ」
ベルトルドの首に両腕を絡ませ、キュッリッキは甘えるように抱きしめた。
突然のことに僅かに目を見張ったが、キュッリッキの心が流れ込んできて、ベルトルドはこれ以上にないほどの優しい笑みを浮かべた。
「ああ、帰ろう」
「なあ、ビールのおかわりあるかー?」
ソファにだらしなく座りながら、ザカリーはビール瓶を振った。
「今から酔ってると、アルカネットさんに叱られますよ」
ザカリーの向かい側に座っているカーティスは、長すぎる前髪をかきあげながら、軽く嗜める。
「ビールじゃ酔わねえよ。水がわりだ、水がわり。――あ~あ、キューリのやつまだ帰ってこねーのかなあ…」
ザカリーのぼやきに、カーティスは暖炉の上の置時計に目を向けた。
「そろそろじゃないですかね。昼前には連れて帰ってくると、ベルトルド卿がおっしゃっていたから」
「おい、キューリたち帰ってきたぞ」
開けっ放しの扉の向こうからギャリーの声が聞こえる。部屋にいる仲間たちに報せて回っているようだった。
「お」
ザカリーは嬉しそうに立ち上がると、スキップでも踏みそうな軽快な足取りでサロンを飛び出していった。
その様子を苦笑いしながら見ていたカーティスも、立ち上がってサロンを後にした。
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