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それぞれの悪巧み編
episode290
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ベッドの上に半身を起こし、キュッリッキはじっと前方を見つめていた。
そこにはただ壁があり、誰が描いたものかも判らない風景画が飾ってあるだけだ。
室内は灯りもなく、窓から差し込むわずかな月明かりが、うっすらと室内の様子を浮かび上がらせていた。
キュッリッキの瞳は、ここにはあらざるものを視ている。目の前の壁や絵画を見ているわけじゃない。そして意識も室内(ここ)にはなかった。
暗い中でも鮮明に浮かび上がり、黄緑色の瞳にまといついた、虹色の光彩が異様に強く輝いている。その特異な瞳こそ、彼女の持つスキル〈才能〉が、特殊スキル〈才能〉と呼ばれる『召喚』である証だ。
キュッリッキの意識は、今アルケラに在る。
久しぶりに訪れる、彼女にとってもっとも親しんだ、馴染み深い場所。
アルケラとは神々が住まう、別次元に存在するという伝説の世界。この世で召喚スキル〈才能〉を持つ者だけが、覗き視ることができると言われている。
意識は現在の彼女の姿を創り出し、金色の光の川の上に、足を伸ばして座り込んでいた。
周りは柔らかな虹色の霧に包まれ、ビー玉くらいの無数の光の玉が、楽しそうにキュッリッキの周りで踊り飛び交っていた。
両手を前に差し出すと、光の玉は次々に掌に集まって、そしてまた思い思いに飛び去っていく。
そんなことを何度も何度も繰り返し、キュッリッキは楽しそうにそれを見て笑っていた。
傍らには仔犬の姿を解いたフェンリルが、そっと寝そべっている。フェンリルもまた、意識だけをアルケラに飛ばしていた。
何も言わず、ただキュッリッキのすることをじっと見守っている。
ライオン傭兵団に入ってから、アルケラに訪れる回数が極端に減っていた。とくにナルバ山で大怪我を負ってからは、全くアルケラを覗こうともしていなかった。
何故そうなのかを、キュッリッキは吐露する。
「アタシね、今、たぶん幸せなんだと思う」
周囲で戯れる光の玉に向けて、キュッリッキはぽつりと呟いた。
「アタシのことをね、とっても大事にしてくれる人たちが出来たんだよ。ひとりじゃないの、いっぱいいるのよ」
心から幸せそうで、穏やかな笑みが、満面を覆っていく。
「こんな気持ち、初めてなの。くすぐったくて、ぽかぽかするような感じ。こんな気持ちをみんなくれるんだよ。いっぱい、いっぱいくれるの」
ハドリーやファニー、ハーツイーズのおばちゃんずたちがくれたように、それ以上に与えてくれる、温かで優しい気持ち。キュッリッキのためにだけ与えてくれた。
ずっと、ずっと欲しかったもの。きっと、これが愛なのだ。
光の玉たちはそれを感じ、まるでヤキモチを妬いているかのように、忙しなくキュッリッキの周りを飛び交った。周りを包み込む虹色の霧も、イライラするようにもそもそと揺れている。
「人からの愛なんてね、アタシには縁のないものだと思ってたの。人間なんて冷たい存在でしかなかったから。だって、愛してくれるのは、いつもキミたちだけだったから」
生まれてすぐ自分を捨てた両親、救いの手を差し伸べてくれなかった同族、預けられた修道院での冷たい仕打ち。守ってくれる大人のいない子供時代、生きるために傭兵になって、血なまぐさい世界に身を投じた。
愛とは無縁の中で、心を癒してくれたのは、アルケラの住人たちだけだった。
辛いことがあれば、アルケラに意識を飛ばすと慰めてもらえた。そして傍らには常にフェンリルがいた。
そこにはただ壁があり、誰が描いたものかも判らない風景画が飾ってあるだけだ。
室内は灯りもなく、窓から差し込むわずかな月明かりが、うっすらと室内の様子を浮かび上がらせていた。
キュッリッキの瞳は、ここにはあらざるものを視ている。目の前の壁や絵画を見ているわけじゃない。そして意識も室内(ここ)にはなかった。
暗い中でも鮮明に浮かび上がり、黄緑色の瞳にまといついた、虹色の光彩が異様に強く輝いている。その特異な瞳こそ、彼女の持つスキル〈才能〉が、特殊スキル〈才能〉と呼ばれる『召喚』である証だ。
キュッリッキの意識は、今アルケラに在る。
久しぶりに訪れる、彼女にとってもっとも親しんだ、馴染み深い場所。
アルケラとは神々が住まう、別次元に存在するという伝説の世界。この世で召喚スキル〈才能〉を持つ者だけが、覗き視ることができると言われている。
意識は現在の彼女の姿を創り出し、金色の光の川の上に、足を伸ばして座り込んでいた。
周りは柔らかな虹色の霧に包まれ、ビー玉くらいの無数の光の玉が、楽しそうにキュッリッキの周りで踊り飛び交っていた。
両手を前に差し出すと、光の玉は次々に掌に集まって、そしてまた思い思いに飛び去っていく。
そんなことを何度も何度も繰り返し、キュッリッキは楽しそうにそれを見て笑っていた。
傍らには仔犬の姿を解いたフェンリルが、そっと寝そべっている。フェンリルもまた、意識だけをアルケラに飛ばしていた。
何も言わず、ただキュッリッキのすることをじっと見守っている。
ライオン傭兵団に入ってから、アルケラに訪れる回数が極端に減っていた。とくにナルバ山で大怪我を負ってからは、全くアルケラを覗こうともしていなかった。
何故そうなのかを、キュッリッキは吐露する。
「アタシね、今、たぶん幸せなんだと思う」
周囲で戯れる光の玉に向けて、キュッリッキはぽつりと呟いた。
「アタシのことをね、とっても大事にしてくれる人たちが出来たんだよ。ひとりじゃないの、いっぱいいるのよ」
心から幸せそうで、穏やかな笑みが、満面を覆っていく。
「こんな気持ち、初めてなの。くすぐったくて、ぽかぽかするような感じ。こんな気持ちをみんなくれるんだよ。いっぱい、いっぱいくれるの」
ハドリーやファニー、ハーツイーズのおばちゃんずたちがくれたように、それ以上に与えてくれる、温かで優しい気持ち。キュッリッキのためにだけ与えてくれた。
ずっと、ずっと欲しかったもの。きっと、これが愛なのだ。
光の玉たちはそれを感じ、まるでヤキモチを妬いているかのように、忙しなくキュッリッキの周りを飛び交った。周りを包み込む虹色の霧も、イライラするようにもそもそと揺れている。
「人からの愛なんてね、アタシには縁のないものだと思ってたの。人間なんて冷たい存在でしかなかったから。だって、愛してくれるのは、いつもキミたちだけだったから」
生まれてすぐ自分を捨てた両親、救いの手を差し伸べてくれなかった同族、預けられた修道院での冷たい仕打ち。守ってくれる大人のいない子供時代、生きるために傭兵になって、血なまぐさい世界に身を投じた。
愛とは無縁の中で、心を癒してくれたのは、アルケラの住人たちだけだった。
辛いことがあれば、アルケラに意識を飛ばすと慰めてもらえた。そして傍らには常にフェンリルがいた。
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