片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

文字の大きさ
上 下
309 / 882
それぞれの悪巧み編

episode290

しおりを挟む
 ベッドの上に半身を起こし、キュッリッキはじっと前方を見つめていた。

 そこにはただ壁があり、誰が描いたものかも判らない風景画が飾ってあるだけだ。

 室内は灯りもなく、窓から差し込むわずかな月明かりが、うっすらと室内の様子を浮かび上がらせていた。

 キュッリッキの瞳は、ここにはあらざるものを視ている。目の前の壁や絵画を見ているわけじゃない。そして意識も室内(ここ)にはなかった。

 暗い中でも鮮明に浮かび上がり、黄緑色の瞳にまといついた、虹色の光彩が異様に強く輝いている。その特異な瞳こそ、彼女の持つスキル〈才能〉が、特殊スキル〈才能〉と呼ばれる『召喚』である証だ。

 キュッリッキの意識は、今アルケラに在る。

 久しぶりに訪れる、彼女にとってもっとも親しんだ、馴染み深い場所。

 アルケラとは神々が住まう、別次元に存在するという伝説の世界。この世で召喚スキル〈才能〉を持つ者だけが、覗き視ることができると言われている。

 意識は現在の彼女の姿を創り出し、金色の光の川の上に、足を伸ばして座り込んでいた。

 周りは柔らかな虹色の霧に包まれ、ビー玉くらいの無数の光の玉が、楽しそうにキュッリッキの周りで踊り飛び交っていた。

 両手を前に差し出すと、光の玉は次々に掌に集まって、そしてまた思い思いに飛び去っていく。

 そんなことを何度も何度も繰り返し、キュッリッキは楽しそうにそれを見て笑っていた。

 傍らには仔犬の姿を解いたフェンリルが、そっと寝そべっている。フェンリルもまた、意識だけをアルケラに飛ばしていた。

 何も言わず、ただキュッリッキのすることをじっと見守っている。

 ライオン傭兵団に入ってから、アルケラに訪れる回数が極端に減っていた。とくにナルバ山で大怪我を負ってからは、全くアルケラを覗こうともしていなかった。

 何故そうなのかを、キュッリッキは吐露する。

「アタシね、今、たぶん幸せなんだと思う」

 周囲で戯れる光の玉に向けて、キュッリッキはぽつりと呟いた。

「アタシのことをね、とっても大事にしてくれる人たちが出来たんだよ。ひとりじゃないの、いっぱいいるのよ」

 心から幸せそうで、穏やかな笑みが、満面を覆っていく。

「こんな気持ち、初めてなの。くすぐったくて、ぽかぽかするような感じ。こんな気持ちをみんなくれるんだよ。いっぱい、いっぱいくれるの」

 ハドリーやファニー、ハーツイーズのおばちゃんずたちがくれたように、それ以上に与えてくれる、温かで優しい気持ち。キュッリッキのためにだけ与えてくれた。

 ずっと、ずっと欲しかったもの。きっと、これが愛なのだ。

 光の玉たちはそれを感じ、まるでヤキモチを妬いているかのように、忙しなくキュッリッキの周りを飛び交った。周りを包み込む虹色の霧も、イライラするようにもそもそと揺れている。

「人からの愛なんてね、アタシには縁のないものだと思ってたの。人間なんて冷たい存在でしかなかったから。だって、愛してくれるのは、いつもキミたちだけだったから」

 生まれてすぐ自分を捨てた両親、救いの手を差し伸べてくれなかった同族、預けられた修道院での冷たい仕打ち。守ってくれる大人のいない子供時代、生きるために傭兵になって、血なまぐさい世界に身を投じた。

 愛とは無縁の中で、心を癒してくれたのは、アルケラの住人たちだけだった。

 辛いことがあれば、アルケラに意識を飛ばすと慰めてもらえた。そして傍らには常にフェンリルがいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...