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初恋の予感編
episode279
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怪我の具合を丹念に診て、ヴィヒトリはカルテにささっと書き込んだ。術後の傷跡はいまだ生々しく残っているが、具合はだいぶいい。
「右腕や右手の動きに、違和感はないかい?」
「ずっと動かしてなかったから、力が入りにくくて鈍いけど、大丈夫みたい」
「うん」
ゆっくりと手を握り、開いてまた握る。腕を上げ下げし、ぐるんと回そうとしてキュッリッキは「つっ」と表情を歪めた。
「肩のあたりがちょっと痛い、かも。振り回さなきゃ平気だけど」
「内部のほうが、まだ少し治りが遅いか」
ヴィヒトリはほっそりとしたキュッリッキの肩や腕を触って、状態を確かめた。触診で判る範囲では、問題はなさそうだった。
「一度病院で、精密検査をしようか。こういうのはしっかりと治しておかないと、後々面倒になるからね」
「はい」
「ベルトルド様に話しておくよ。このあと診なくちゃならないんだ」
「まだ病院にいるのね、ベルトルドさん」
「いや、とっくに帰ってきてるって」
「え?」
帰宅するのは昼頃と聞かされていたので、キュッリッキは驚いた。
第一とっくに帰ってきているということは、ならなぜ真っ先にここへやってこないのだろう? という疑問が頭をもたげる。ベルトルドのことだから、飛んでくると思っていたのだが。
「アルカネットさんに自室に監禁されたってさ。退院手続きも診察も済ませる前に、勝手に病院抜け出してきたもんだから」
あははっとヴィヒトリは愉快げに笑う。それに対しキュッリッキは、口の端を引きつらせるだけだった。
「出勤前にキミとベルトルド様のダブル診察とか、めんどくさー」
カルテに必要なことを書き込んだあと、ヴィヒトリは両腕を上にあげて伸びをした。
「さて、今日の診察終わりっ」
「ありがとうございました」
「はいよ」
「あ、先生、アタシも一緒に、ベルトルドさんの部屋へ行ってもいい?」
萎えた右手を苦労して動かしながら、寝間着のボタンをはめる。これもリハビリの一つだが、右手に力が入らず苦戦した。
「別にかまわないけど、ボク非力だから、メルヴィン呼んでくる」
「う…ん」
メルヴィンの名が出され、キュッリッキはドキリと緊張で顔を赤らめた。
以前は何も感じなかったのに、この頃メルヴィンに身体に触れられると、恥ずかしさのあまり意識が真っ白になりそうになる。
別にいやらしい意味ではなく、まだ満足に自力歩行出来ないため、移動するときは抱き上げてくれるのだ。とても助かるが、緊張を伴い、心臓がバクバクと早くなって困ってしまう。
これは医者には治せない病気らしく、薬すらないという。とんでもない難病を患ってしまったらしい。
(どうやったら治るのかな……)
神妙に考え込んでいると、至近距離にメルヴィンの顔があって、キュッリッキはそれに気づいて瞬時に顔を真っ赤にすると、無言でそのままひっくり返ってしまった。
「あれ、リッキーさん!?」
慌てるメルヴィンとひっくり返ったキュッリッキを交互に見て、ヴィヒトリは「やれやれ」と首を振って肩をすくめた。
「右腕や右手の動きに、違和感はないかい?」
「ずっと動かしてなかったから、力が入りにくくて鈍いけど、大丈夫みたい」
「うん」
ゆっくりと手を握り、開いてまた握る。腕を上げ下げし、ぐるんと回そうとしてキュッリッキは「つっ」と表情を歪めた。
「肩のあたりがちょっと痛い、かも。振り回さなきゃ平気だけど」
「内部のほうが、まだ少し治りが遅いか」
ヴィヒトリはほっそりとしたキュッリッキの肩や腕を触って、状態を確かめた。触診で判る範囲では、問題はなさそうだった。
「一度病院で、精密検査をしようか。こういうのはしっかりと治しておかないと、後々面倒になるからね」
「はい」
「ベルトルド様に話しておくよ。このあと診なくちゃならないんだ」
「まだ病院にいるのね、ベルトルドさん」
「いや、とっくに帰ってきてるって」
「え?」
帰宅するのは昼頃と聞かされていたので、キュッリッキは驚いた。
第一とっくに帰ってきているということは、ならなぜ真っ先にここへやってこないのだろう? という疑問が頭をもたげる。ベルトルドのことだから、飛んでくると思っていたのだが。
「アルカネットさんに自室に監禁されたってさ。退院手続きも診察も済ませる前に、勝手に病院抜け出してきたもんだから」
あははっとヴィヒトリは愉快げに笑う。それに対しキュッリッキは、口の端を引きつらせるだけだった。
「出勤前にキミとベルトルド様のダブル診察とか、めんどくさー」
カルテに必要なことを書き込んだあと、ヴィヒトリは両腕を上にあげて伸びをした。
「さて、今日の診察終わりっ」
「ありがとうございました」
「はいよ」
「あ、先生、アタシも一緒に、ベルトルドさんの部屋へ行ってもいい?」
萎えた右手を苦労して動かしながら、寝間着のボタンをはめる。これもリハビリの一つだが、右手に力が入らず苦戦した。
「別にかまわないけど、ボク非力だから、メルヴィン呼んでくる」
「う…ん」
メルヴィンの名が出され、キュッリッキはドキリと緊張で顔を赤らめた。
以前は何も感じなかったのに、この頃メルヴィンに身体に触れられると、恥ずかしさのあまり意識が真っ白になりそうになる。
別にいやらしい意味ではなく、まだ満足に自力歩行出来ないため、移動するときは抱き上げてくれるのだ。とても助かるが、緊張を伴い、心臓がバクバクと早くなって困ってしまう。
これは医者には治せない病気らしく、薬すらないという。とんでもない難病を患ってしまったらしい。
(どうやったら治るのかな……)
神妙に考え込んでいると、至近距離にメルヴィンの顔があって、キュッリッキはそれに気づいて瞬時に顔を真っ赤にすると、無言でそのままひっくり返ってしまった。
「あれ、リッキーさん!?」
慌てるメルヴィンとひっくり返ったキュッリッキを交互に見て、ヴィヒトリは「やれやれ」と首を振って肩をすくめた。
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