281 / 882
初恋の予感編
episode278
しおりを挟む
「アルカネット様」
食堂へ向かおうとして、廊下を歩いていると呼び止められた。振り返ると困った表情のリトヴァが、横の通路から歩いてくるところだった。リトヴァの表情から察して、悪い予感がアルカネットの心に突き刺さる。
「どうしました?」
「それが……」
シワの刻まれた顔に片手をあて、リトヴァはため息をひとつつく。
「旦那様がすでに病院を発たれて、こちらに到着するのは、もう間もなくだそうです。いま病院からご連絡が…」
「…………」
笑みを絶やさないアルカネットの頬が、微妙にひきつった。ベルトルドのドヤ顔が、脳裏を一瞬で過ぎっていく。
正午くらいに帰宅の予定になっていた。そのつもりで主の帰宅に備えて、使用人たちは準備をしている。
退院前には診察もあるし、第一この時間では主治医が出勤してないだろうに。
「全く子供じみたかたですね…。向かっているなら仕方ありません。ついでにベルトルド様もヴィヒトリ先生に診ていただきましょうか」
アルカネットとリトヴァは、同時に深々とため息をついた。
美味しくもない病人食を、毎日3食きっちり決まった時間に出され、毎日決まった時間に診察があり、毎日決まった時間に起床と消灯。
”毎日”と”決まった”と”時間”の三拍子に束縛され、更に愛しい少女と会えない辛さを乗り越え、ベルトルドはついに監獄という名の病院から帰ってきた。
我が家へと!
「いま帰ったぞ!!」
ご機嫌で玄関の扉をバンッと開けると、誰ひとり玄関ホールにはいなかった。
あれ?という表情で辺りを見回していると、正面の階段から、ルーファスが眠そうにアクビをしながら降りてきた。
「ん? アレ、ベルトルド様、なんでいるんですか?」
開けっ放しの玄関扉の前で、腕を組み憮然と佇むベルトルドを見つけて、ルーファスは小走りに駆け寄った。
「なんか昼頃帰ってくるって聞いてましたから、早かったっすね~」
そんなルーファスをたっぷりと無言で睨みつけると、さも不愉快そうにベルトルドは鼻息をついた。
「出迎えはいない、欠伸した寝ぼけ面のお前に真っ先に会う、主が帰ってきたというのになんだ、使用人どもは!」
憤懣やるかたない、といった体である。
「あなたが予定時間より、ずっと早く帰ってくるからですよ」
ため息をつきながら、奥からアルカネットが姿を現した。
「おかえりなさいませ。セヴェリはどうしたんですか?」
「おう。退院手続きとか帰り支度とか色々あるから、まだ病院だろう」
素っ気なく答えるベルトルドを見て、アルカネットは露骨にため息を吐き出した。置いてきたのか、と目で責める。
「判りました。では、部屋へ行きましょうか。すぐ寝られるように、整えてありますから」
「俺はもう病人じゃないぞ」
「診察も受けずに帰ってきたひとが、何を言っているんですか。医者からの診断が下るまでは、おとなしくベッドで寝ていてください」
「ヤだ! 俺はリッキーの部屋へ行く!!」
「ダメですよ。今は入浴中ですし、身支度が整ったら診察時間です」
「別に俺が部屋にいたって、不都合なんかあるわけなかろう」
「いや、不都合ありまくりですって……」
ルーファスがぼそりとツッコむと、ベルトルドからギッと睨まれルーファスは首をすくめた。
「ルーファスの言うとおりです。とにかくおとなしく部屋へ行きましょうか」
「だが断る!」
ふんぞり返って我が儘を言うベルトルドに、アルカネットのこめかみに青筋が走る。
「ルーファス」
「イエッサー」
「何をするお前ら!?」
能面のように無表情なアルカネットと、なるべく目を合わせないようにするルーファスに、両腕をガッシリ掴まれたベルトルドは、ジタバタと抵抗も虚しく、引きずられながら自室へ連行されてしまった。
食堂へ向かおうとして、廊下を歩いていると呼び止められた。振り返ると困った表情のリトヴァが、横の通路から歩いてくるところだった。リトヴァの表情から察して、悪い予感がアルカネットの心に突き刺さる。
「どうしました?」
「それが……」
シワの刻まれた顔に片手をあて、リトヴァはため息をひとつつく。
「旦那様がすでに病院を発たれて、こちらに到着するのは、もう間もなくだそうです。いま病院からご連絡が…」
「…………」
笑みを絶やさないアルカネットの頬が、微妙にひきつった。ベルトルドのドヤ顔が、脳裏を一瞬で過ぎっていく。
正午くらいに帰宅の予定になっていた。そのつもりで主の帰宅に備えて、使用人たちは準備をしている。
退院前には診察もあるし、第一この時間では主治医が出勤してないだろうに。
「全く子供じみたかたですね…。向かっているなら仕方ありません。ついでにベルトルド様もヴィヒトリ先生に診ていただきましょうか」
アルカネットとリトヴァは、同時に深々とため息をついた。
美味しくもない病人食を、毎日3食きっちり決まった時間に出され、毎日決まった時間に診察があり、毎日決まった時間に起床と消灯。
”毎日”と”決まった”と”時間”の三拍子に束縛され、更に愛しい少女と会えない辛さを乗り越え、ベルトルドはついに監獄という名の病院から帰ってきた。
我が家へと!
「いま帰ったぞ!!」
ご機嫌で玄関の扉をバンッと開けると、誰ひとり玄関ホールにはいなかった。
あれ?という表情で辺りを見回していると、正面の階段から、ルーファスが眠そうにアクビをしながら降りてきた。
「ん? アレ、ベルトルド様、なんでいるんですか?」
開けっ放しの玄関扉の前で、腕を組み憮然と佇むベルトルドを見つけて、ルーファスは小走りに駆け寄った。
「なんか昼頃帰ってくるって聞いてましたから、早かったっすね~」
そんなルーファスをたっぷりと無言で睨みつけると、さも不愉快そうにベルトルドは鼻息をついた。
「出迎えはいない、欠伸した寝ぼけ面のお前に真っ先に会う、主が帰ってきたというのになんだ、使用人どもは!」
憤懣やるかたない、といった体である。
「あなたが予定時間より、ずっと早く帰ってくるからですよ」
ため息をつきながら、奥からアルカネットが姿を現した。
「おかえりなさいませ。セヴェリはどうしたんですか?」
「おう。退院手続きとか帰り支度とか色々あるから、まだ病院だろう」
素っ気なく答えるベルトルドを見て、アルカネットは露骨にため息を吐き出した。置いてきたのか、と目で責める。
「判りました。では、部屋へ行きましょうか。すぐ寝られるように、整えてありますから」
「俺はもう病人じゃないぞ」
「診察も受けずに帰ってきたひとが、何を言っているんですか。医者からの診断が下るまでは、おとなしくベッドで寝ていてください」
「ヤだ! 俺はリッキーの部屋へ行く!!」
「ダメですよ。今は入浴中ですし、身支度が整ったら診察時間です」
「別に俺が部屋にいたって、不都合なんかあるわけなかろう」
「いや、不都合ありまくりですって……」
ルーファスがぼそりとツッコむと、ベルトルドからギッと睨まれルーファスは首をすくめた。
「ルーファスの言うとおりです。とにかくおとなしく部屋へ行きましょうか」
「だが断る!」
ふんぞり返って我が儘を言うベルトルドに、アルカネットのこめかみに青筋が走る。
「ルーファス」
「イエッサー」
「何をするお前ら!?」
能面のように無表情なアルカネットと、なるべく目を合わせないようにするルーファスに、両腕をガッシリ掴まれたベルトルドは、ジタバタと抵抗も虚しく、引きずられながら自室へ連行されてしまった。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


はじまりは初恋の終わりから~
秋吉美寿
ファンタジー
主人公イリューリアは、十二歳の誕生日に大好きだった初恋の人に「わたしに近づくな!おまえなんか、大嫌いだ!」と心無い事を言われ、すっかり自分に自信を無くしてしまう。
心に深い傷を負ったイリューリアはそれ以来、王子の顔もまともに見れなくなってしまった。
生まれながらに王家と公爵家のあいだ、内々に交わされていた婚約もその後のイリューリアの王子に怯える様子に心を痛めた王や公爵は、正式な婚約発表がなされる前に婚約をなかった事とした。
三年後、イリューリアは、見違えるほどに美しく成長し、本人の目立ちたくないという意思とは裏腹に、たちまち社交界の花として名を馳せてしまう。
そして、自分を振ったはずの王子や王弟の将軍がイリューリアを取りあい、イリューリアは戸惑いを隠せない。
「王子殿下は私の事が嫌いな筈なのに…」
「王弟殿下も、私のような冴えない娘にどうして?」
三年もの間、あらゆる努力で自分を磨いてきたにも関わらず自信を持てないイリューリアは自分の想いにすら自信をもてなくて…。
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺わかば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる