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初恋の予感編
episode273
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「リッキー!」
ファニーは手を振り、池の中央にかけられた石橋を小走りに渡っていく。キュッリッキは籐で編まれた大きな椅子に座って、嬉しそうに笑みを浮かべていた。傍らにはメルヴィンが笑顔で寄り添っている。
四阿に入ると、ファニーはメルヴィンに小さく会釈して、キュッリッキの横に立った。
「あんたもう、心配したんだからね!」
「ごめん、ファニー」
ファニーは怪我のことを気にして抱きつくのは思いとどまったが、代わりにキュッリッキの鼻をつまんで、グイッと引っ張った。
「い、たぃ…」
「まったくもー!」
「怪我の方は大丈夫なのか? もう起きてて問題ないのか?」
2人の様子に微苦笑を浮かべたハドリーが、遅れて四阿に入ってくると、鼻をつままれたキュッリッキの顔を見て吹き出した。
「はふぉひーふぉひふぁいふひぃ」
ハドリーおひさしぶり、と言っているらしかったが、まるで言葉になっていない。
ようやく鼻つまみの刑から解放されると、キュッリッキの鼻は真っ赤になっていた。
「また後で迎えにくるね。みなさん、ごゆっくり」
笑いを噛み殺しながらメルヴィンは四阿を出て、ルーファスと連れたって屋敷に戻っていった。
入れ替わるようにメイドたちが紅茶を淹れて、プティフールの皿などを並べて下がった。
3人はなんとなく黙り込んだ。
とても気持ちのいい風が、そっと四阿を吹き抜けていく。喧騒とはまるで無縁の、緑の匂い香る静かな空間だ。
「2人とも、きてくれてありがと」
最初に口を開いたキュッリッキは、にこりと2人に微笑んだ。
ハドリーはキュッリッキの右肩に目をとめた。今でも鮮烈に思い出す、あまりにも深い無残な傷。血まみれで真っ青で、息をしているのが不思議なくらいだった。
「包帯は外れてるようだが、大丈夫なのか?」
「うん。怪我自体はもうだいぶ良いの。すごく腕の良いお医者さんなんだって、ヴィヒトリ先生」
ハドリーもイソラの町で何度か見かけた、金髪の若い医師。屋敷に来るまでの道中、ルーファスから色々と聞かされてきたが、こうして元気な姿を見ると心から安心する。
遺跡で見た彼女は、もうダメだ、助からないとまで思ったくらいの重症だったのだ。
「なんか痩せたんじゃない? 前よりもっと細くなっちゃって」
ファニーは腕を組んで、ちょっと睨むようにして指摘する。
「どうせ食事をするのを嫌がってたんでしょ。あんた調子崩すと、すぐ食事抜こうとするんだから」
「うっ…」
図星だったらしい。キュッリッキのバツの悪そうな表情を見て、ハドリーは呆れたように嘆息した。
「チヤホヤ甘やかされて、わがまま言ってちゃダメよ。治るもんも治らなくなったら、一番困るの、あんたなんだからねっ!」
「ごめんなさーい…」
キュッリッキは首をすくめ、斜め前に座るファニーを、上目遣いに見た。
ファニーが本気で怒っているときは、本気で心配してくれていることを知っている。だから逆らう気も起きないし、心底悪いと思う。
「説教はそのくらいにしとけよ。せっかく見舞いにきたんだ」
やんわりとハドリーが割って入る。女たちの会話に割り込むのは苦手だが、こうしてファニーに説教されているときは、助け舟を出さないとキュッリッキがあとで大泣きするので、その役目は自分だとハドリーは思っていた。
「まあいいわ。無事だったから」
ファニーは深々と息を吐くと、小さく首をかしげてキュッリッキを見た。
ファニーは手を振り、池の中央にかけられた石橋を小走りに渡っていく。キュッリッキは籐で編まれた大きな椅子に座って、嬉しそうに笑みを浮かべていた。傍らにはメルヴィンが笑顔で寄り添っている。
四阿に入ると、ファニーはメルヴィンに小さく会釈して、キュッリッキの横に立った。
「あんたもう、心配したんだからね!」
「ごめん、ファニー」
ファニーは怪我のことを気にして抱きつくのは思いとどまったが、代わりにキュッリッキの鼻をつまんで、グイッと引っ張った。
「い、たぃ…」
「まったくもー!」
「怪我の方は大丈夫なのか? もう起きてて問題ないのか?」
2人の様子に微苦笑を浮かべたハドリーが、遅れて四阿に入ってくると、鼻をつままれたキュッリッキの顔を見て吹き出した。
「はふぉひーふぉひふぁいふひぃ」
ハドリーおひさしぶり、と言っているらしかったが、まるで言葉になっていない。
ようやく鼻つまみの刑から解放されると、キュッリッキの鼻は真っ赤になっていた。
「また後で迎えにくるね。みなさん、ごゆっくり」
笑いを噛み殺しながらメルヴィンは四阿を出て、ルーファスと連れたって屋敷に戻っていった。
入れ替わるようにメイドたちが紅茶を淹れて、プティフールの皿などを並べて下がった。
3人はなんとなく黙り込んだ。
とても気持ちのいい風が、そっと四阿を吹き抜けていく。喧騒とはまるで無縁の、緑の匂い香る静かな空間だ。
「2人とも、きてくれてありがと」
最初に口を開いたキュッリッキは、にこりと2人に微笑んだ。
ハドリーはキュッリッキの右肩に目をとめた。今でも鮮烈に思い出す、あまりにも深い無残な傷。血まみれで真っ青で、息をしているのが不思議なくらいだった。
「包帯は外れてるようだが、大丈夫なのか?」
「うん。怪我自体はもうだいぶ良いの。すごく腕の良いお医者さんなんだって、ヴィヒトリ先生」
ハドリーもイソラの町で何度か見かけた、金髪の若い医師。屋敷に来るまでの道中、ルーファスから色々と聞かされてきたが、こうして元気な姿を見ると心から安心する。
遺跡で見た彼女は、もうダメだ、助からないとまで思ったくらいの重症だったのだ。
「なんか痩せたんじゃない? 前よりもっと細くなっちゃって」
ファニーは腕を組んで、ちょっと睨むようにして指摘する。
「どうせ食事をするのを嫌がってたんでしょ。あんた調子崩すと、すぐ食事抜こうとするんだから」
「うっ…」
図星だったらしい。キュッリッキのバツの悪そうな表情を見て、ハドリーは呆れたように嘆息した。
「チヤホヤ甘やかされて、わがまま言ってちゃダメよ。治るもんも治らなくなったら、一番困るの、あんたなんだからねっ!」
「ごめんなさーい…」
キュッリッキは首をすくめ、斜め前に座るファニーを、上目遣いに見た。
ファニーが本気で怒っているときは、本気で心配してくれていることを知っている。だから逆らう気も起きないし、心底悪いと思う。
「説教はそのくらいにしとけよ。せっかく見舞いにきたんだ」
やんわりとハドリーが割って入る。女たちの会話に割り込むのは苦手だが、こうしてファニーに説教されているときは、助け舟を出さないとキュッリッキがあとで大泣きするので、その役目は自分だとハドリーは思っていた。
「まあいいわ。無事だったから」
ファニーは深々と息を吐くと、小さく首をかしげてキュッリッキを見た。
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