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初恋の予感編
episode272
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翌朝になっても、キュッリッキのテンションはおさまっていなかった。きちんと寝たのか不安になるほど、寝る前と変わらぬ元気な様子である。
アルカネットは一旦自室に戻り、身支度を整え、朝食を済ませてからキュッリッキの部屋に戻った。
「ルーファスに言っておいたので、お友達を迎えにいってもらいますね」
「ありがとう」
光の粒子が零れるような笑顔だと、眩しげにアルカネットは思った。
大怪我を負って以来、沈みがちな表情ばかりだったので、出会った頃のはつらつとした愛らしさを思い出して、自然と口元がほころんだ。
愛している少女がどんな様子でも、思いはけっして変わらない。それでも、こうして明るく元気な様子でいることは、心の底から嬉しかった。
アルカネットはベッドに腰を下ろし、キュッリッキをそっと抱き寄せる。
「焦らなくていいのですよ。無理をせず、ゆっくりと身体を癒してください」
抱きしめられながら、キュッリッキは小さく頷いた。
自分を心配してくれているのは嬉しい。しかし早く元気になって、仲間たちと一緒にいたかった。その思いが弱気を吹き飛ばしている。
出仕する時刻が迫り、名残惜しそうにキュッリッキを解放すると、立ち上がろうとして軍服の袖を引っ張られた。
「どうしましたか?」
「いってらっしゃい、アルカネットさん」
頬にそっと触れた柔らかな唇の感触に、アルカネットは目を瞬かせた。
「いつもされてばかりだから、今日はアタシのほうからしてみたの」
悪戯っぽく笑うキュッリッキを見て、アルカネットは相当の理性を総動員して、押し倒したい衝動を必死に堪えた。愛おしさが瞬時に身体を包み込み、我を忘れてしまいそうだった。
キュッリッキからしてみれば、ただの挨拶程度のキスだった。しかしアルカネットのほうは、最愛の少女からのキスである。
朝から実に衝撃的で、幸せなサプライズだった。
アルカネットはこれ以上ないほど優しく微笑むと、
「いってきますね」
キュッリッキの唇に柔らかなキスを返して、ご機嫌で部屋を後にした。
「また、口にされちゃった……」
去りゆくアルカネットの後ろ姿を見つめながら、ぽかんと呟いて、ショックのあまりひっくり返った。
ハドリーとファニーがベルトルドの屋敷についたのは、正午を少し過ぎた頃だった。
ハーツイーズ支部の傭兵ギルドで仕事の話をしていたら、突然ルーファスが顔を出し、2人に事情を説明して、ハーメンリンナに連れてきてくれたのだ。
キュッリッキが初めてハーメンリンナを訪れた時と同じように、簡単なボディチェックをされただけで、すぐに城壁の中に入れた。ベルトルドとアルカネットの計らいで、面倒な手続きは済まされていたからだ。
鈍速なゴンドラでの遊覧を経て屋敷に着くと、門の前に居並ぶ多くの使用人たちに出迎えられ、2人はタジタジとなった。
「お嬢様は、四阿のほうでお待ちになっております」
「わかった、ありがとー」
リトヴァからキュッリッキの居場所を告げられたルーファスは、腰が引けている2人を伴って、屋敷に入った。
ハドリーとファニーはきょろきょろ首を動かし、物珍しそうに屋敷内を見回す。まるで宮殿かと錯覚するくらいの豪奢な作りに、凄いところだと感嘆を禁じえない。さすがは天下の副宰相の住まいだと、ハドリーもファニーも納得してしまった。
屋敷から庭に出る。整えられたフワフワの芝生を突っ切り、南側にある池のほとりに、四阿はあった。
池の水は澄んでいて、睡蓮が美しい白い花を咲かせている。周りの景色を水面に映しながら、時折そよ風が水面をそっと撫でて、小さな波紋を作っていた。
「ハドリー、ファニー!」
四阿のほうから、元気な声が2人を呼んだ。
アルカネットは一旦自室に戻り、身支度を整え、朝食を済ませてからキュッリッキの部屋に戻った。
「ルーファスに言っておいたので、お友達を迎えにいってもらいますね」
「ありがとう」
光の粒子が零れるような笑顔だと、眩しげにアルカネットは思った。
大怪我を負って以来、沈みがちな表情ばかりだったので、出会った頃のはつらつとした愛らしさを思い出して、自然と口元がほころんだ。
愛している少女がどんな様子でも、思いはけっして変わらない。それでも、こうして明るく元気な様子でいることは、心の底から嬉しかった。
アルカネットはベッドに腰を下ろし、キュッリッキをそっと抱き寄せる。
「焦らなくていいのですよ。無理をせず、ゆっくりと身体を癒してください」
抱きしめられながら、キュッリッキは小さく頷いた。
自分を心配してくれているのは嬉しい。しかし早く元気になって、仲間たちと一緒にいたかった。その思いが弱気を吹き飛ばしている。
出仕する時刻が迫り、名残惜しそうにキュッリッキを解放すると、立ち上がろうとして軍服の袖を引っ張られた。
「どうしましたか?」
「いってらっしゃい、アルカネットさん」
頬にそっと触れた柔らかな唇の感触に、アルカネットは目を瞬かせた。
「いつもされてばかりだから、今日はアタシのほうからしてみたの」
悪戯っぽく笑うキュッリッキを見て、アルカネットは相当の理性を総動員して、押し倒したい衝動を必死に堪えた。愛おしさが瞬時に身体を包み込み、我を忘れてしまいそうだった。
キュッリッキからしてみれば、ただの挨拶程度のキスだった。しかしアルカネットのほうは、最愛の少女からのキスである。
朝から実に衝撃的で、幸せなサプライズだった。
アルカネットはこれ以上ないほど優しく微笑むと、
「いってきますね」
キュッリッキの唇に柔らかなキスを返して、ご機嫌で部屋を後にした。
「また、口にされちゃった……」
去りゆくアルカネットの後ろ姿を見つめながら、ぽかんと呟いて、ショックのあまりひっくり返った。
ハドリーとファニーがベルトルドの屋敷についたのは、正午を少し過ぎた頃だった。
ハーツイーズ支部の傭兵ギルドで仕事の話をしていたら、突然ルーファスが顔を出し、2人に事情を説明して、ハーメンリンナに連れてきてくれたのだ。
キュッリッキが初めてハーメンリンナを訪れた時と同じように、簡単なボディチェックをされただけで、すぐに城壁の中に入れた。ベルトルドとアルカネットの計らいで、面倒な手続きは済まされていたからだ。
鈍速なゴンドラでの遊覧を経て屋敷に着くと、門の前に居並ぶ多くの使用人たちに出迎えられ、2人はタジタジとなった。
「お嬢様は、四阿のほうでお待ちになっております」
「わかった、ありがとー」
リトヴァからキュッリッキの居場所を告げられたルーファスは、腰が引けている2人を伴って、屋敷に入った。
ハドリーとファニーはきょろきょろ首を動かし、物珍しそうに屋敷内を見回す。まるで宮殿かと錯覚するくらいの豪奢な作りに、凄いところだと感嘆を禁じえない。さすがは天下の副宰相の住まいだと、ハドリーもファニーも納得してしまった。
屋敷から庭に出る。整えられたフワフワの芝生を突っ切り、南側にある池のほとりに、四阿はあった。
池の水は澄んでいて、睡蓮が美しい白い花を咲かせている。周りの景色を水面に映しながら、時折そよ風が水面をそっと撫でて、小さな波紋を作っていた。
「ハドリー、ファニー!」
四阿のほうから、元気な声が2人を呼んだ。
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