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初恋の予感編
episode258
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「いつものお茶を用意しますね」
アルカネットは立ち上がると、フェンリルの寝ている長椅子のそばのテーブルに行って、小さなガラス瓶を手にとった。
「今日はベルトルド様のお見舞いのために、外へ出られたのでしょう。きっと、まだその時の疲れや興奮が、落ち着いていないのでしょうね」
「そうかもしれない…のかな」
自分では歩いたりしていないのになあ、とぽつりと呟く。メルヴィンが抱き抱えてくれたり、ゴンドラや車椅子で移動しただけだ。それを思い出すと、胸がちょっとドキッとした。
ベルトルドの病室では思わず泣いてしまって、そのあとのことは覚えていない。気がついたら、帰りのゴンドラの中だった。
たったそれだけのことで、こんなに疲れてしまうことに気落ちする。怪我をしてから随分と体力がなくなり、弱くなった。そんな自身に情けなさを感じてがっかりだ。
これまでずっと一人で生きてきた。だから弱気になってはいけない、不健康じゃ働けない、頼るより自分でなんとかする。それが信条だ。
なのに今はどうだろう。たくさんの人々に支えられ、優しくされて、甘えきった生活をしている。昔ハドリーが読んでくれた物語の中に出てくる、お姫様のような暮らしをしているのだ。
たくさん甘えていいと、言ってくれる大人たちがいる。このように恵まれすぎる環境が、自分を弱くしてしまっているのだろうか。
「これを飲めば、自然と眠くなるでしょう」
思考を停止して、天蓋に向けていた視線をアルカネットに戻す。
温かな湯気をくゆらせるティーカップを持って、アルカネットはベッドに座った。
キュッリッキはゆっくりと上半身を起こすと、アルカネットの手に支えられながら枕にもたれた。
受け取ったカップは、透明なガラスのシンプルなもので、黄緑色の透明なお茶が入っている。レモンのような香りが、ふわりと湯気に混じっていた。
口に含むとミントのような爽やかさが鼻腔を突き抜けていき、ほんのりとした甘味と、レモンのような香りが口に優しい。
「美味しい」
「飲みやすくて気分も良いでしょう。疲れているときは、これが一番です」
にこりとアルカネットは笑う。
「気に病むことが、一番身体に障ります。無理をせず、治るに任せていればいいのですよ」
アルカネットは無理強いしてこない。キュッリッキの嫌がることも、苦手なことも強制してこない。どこまでも優しい。
優しくされることに慣れていないキュッリッキは、最初の頃はそれがとてもこそばゆくて、戸惑うことのほうが多かった。しかし今は、少しずつ素直に受け入れられるようになってきている。
ベルトルドと同じように、アルカネットのことも大好きだ。
カップの中身を空にすると、ぼんやりとしたような眠気が、少しずつ身体を支配していった。落としそうになったカップを、アルカネットは素早く受け取った。そしてサイドテーブルにカップを置くと、アルカネットは瞼を閉じかかるキュッリッキを、そっと寝かせ直してやった。
完全にキュッリッキが眠ってしまうと、アルカネットは立ち上がり、ガウンを脱いでベッドに入った。
アルカネットは立ち上がると、フェンリルの寝ている長椅子のそばのテーブルに行って、小さなガラス瓶を手にとった。
「今日はベルトルド様のお見舞いのために、外へ出られたのでしょう。きっと、まだその時の疲れや興奮が、落ち着いていないのでしょうね」
「そうかもしれない…のかな」
自分では歩いたりしていないのになあ、とぽつりと呟く。メルヴィンが抱き抱えてくれたり、ゴンドラや車椅子で移動しただけだ。それを思い出すと、胸がちょっとドキッとした。
ベルトルドの病室では思わず泣いてしまって、そのあとのことは覚えていない。気がついたら、帰りのゴンドラの中だった。
たったそれだけのことで、こんなに疲れてしまうことに気落ちする。怪我をしてから随分と体力がなくなり、弱くなった。そんな自身に情けなさを感じてがっかりだ。
これまでずっと一人で生きてきた。だから弱気になってはいけない、不健康じゃ働けない、頼るより自分でなんとかする。それが信条だ。
なのに今はどうだろう。たくさんの人々に支えられ、優しくされて、甘えきった生活をしている。昔ハドリーが読んでくれた物語の中に出てくる、お姫様のような暮らしをしているのだ。
たくさん甘えていいと、言ってくれる大人たちがいる。このように恵まれすぎる環境が、自分を弱くしてしまっているのだろうか。
「これを飲めば、自然と眠くなるでしょう」
思考を停止して、天蓋に向けていた視線をアルカネットに戻す。
温かな湯気をくゆらせるティーカップを持って、アルカネットはベッドに座った。
キュッリッキはゆっくりと上半身を起こすと、アルカネットの手に支えられながら枕にもたれた。
受け取ったカップは、透明なガラスのシンプルなもので、黄緑色の透明なお茶が入っている。レモンのような香りが、ふわりと湯気に混じっていた。
口に含むとミントのような爽やかさが鼻腔を突き抜けていき、ほんのりとした甘味と、レモンのような香りが口に優しい。
「美味しい」
「飲みやすくて気分も良いでしょう。疲れているときは、これが一番です」
にこりとアルカネットは笑う。
「気に病むことが、一番身体に障ります。無理をせず、治るに任せていればいいのですよ」
アルカネットは無理強いしてこない。キュッリッキの嫌がることも、苦手なことも強制してこない。どこまでも優しい。
優しくされることに慣れていないキュッリッキは、最初の頃はそれがとてもこそばゆくて、戸惑うことのほうが多かった。しかし今は、少しずつ素直に受け入れられるようになってきている。
ベルトルドと同じように、アルカネットのことも大好きだ。
カップの中身を空にすると、ぼんやりとしたような眠気が、少しずつ身体を支配していった。落としそうになったカップを、アルカネットは素早く受け取った。そしてサイドテーブルにカップを置くと、アルカネットは瞼を閉じかかるキュッリッキを、そっと寝かせ直してやった。
完全にキュッリッキが眠ってしまうと、アルカネットは立ち上がり、ガウンを脱いでベッドに入った。
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