260 / 882
初恋の予感編
episode257
しおりを挟む
屋敷の主であるベルトルドは入院中、もう一人の主人であり、執事でもあるアルカネットは、日中は軍に出仕していて留守。そして執事代理をしているセヴェリは、ベルトルドに付き添って病院に寝泊り。
かくして屋敷の全てを一手に仕切っているリトヴァは、帰宅したアルカネットにその日の報告をするのが、仕事に加わっていた。
報告は、出迎えた玄関から、アルカネットの部屋まで歩きながら行われた。
一連の業務連絡から始まり、いくつかの指示のやり取り、朝食の献立などの打ち合わせを経て、キュッリッキの外出の話になると、アルカネットの表情が一変した。
「リッキーさんが見舞いへ…?」
驚いたように目を見張るアルカネットに、リトヴァはにこやかに答える。
「ずっと旦那様を心配しておられましたから、主治医のヴィヒトリ様のご許可を得ての外出でございました。久しぶりの外出でお疲れになり、今はもう、おやすみになっておられます」
全ての報告を終えて、リトヴァは軽く会釈をした。アルカネットは難しい表情をして、リトヴァから視線を外らせる。
「まだ回復していない身体で、病院まで出かけたのですか…」
あまり表情を崩さないアルカネットにしては珍しく、眉間に鋭くシワを寄せて顎を引いた。
「判りました。お下がりなさい」
一礼すると、リトヴァは速やかに部屋を辞していった。
アルカネットの部屋は、ベルトルドの部屋の隣にある。キュッリッキが来てからは、着替えと風呂でしか使っていない。仕事を持ち帰った時は、ベルトルドの部屋か書斎を使っている。
青い天鵞絨張りの長椅子に黒い手袋を脱ぎ捨て、襟元のスカーフを緩める。
「いくら包帯が取れたといっても、まだまだ安静にしていなくてはならないのに。ベルトルド様の見舞いごときで、悪化でもしたら洒落になりません」
何とも言えない、ざわざわとしたものが心の中を席巻していく。苛立ちを覚え、マントを乱暴に脱ぎ捨てた。
怪我は完治しておらず、体力だって回復していない。気力もだいぶ萎えていて、出会った頃の元気さはなりを潜めている。
毎日そばにいるので判るが、まだ他人を気遣い見舞うことのできる身体じゃないのだ。
主治医のヴィヒトリが許可を出したのなら、外出が出来るくらいには治っているのだろうが、無理をさせるにはまだ早い。
それを思うと苛立ちが激しくなり、温和な表情は完全に掻き消え、険しさが際立つ。
拳で激しく長椅子のヘリを叩きつけ、唾を吐き捨てた。
食事と入浴をすませてから、キュッリッキの部屋に入る。部屋の中は薄暗く、ベッドサイドのテーブルに置かれたランプが、ほんのりと点いているだけだった。
「アルカネットさん?」
ベッドから小さく声がかけられた。その声に、アルカネットは表情を和ませる。
「ただいま、リッキーさん。眠っていなかったのですね」
優しい笑みを浮かべながら、アルカネットはベッドに腰を下ろして、キュッリッキの額へキスをする。
「さっき目が覚めちゃったの」
そうですか、と呟いて、キュッリッキの頭を優しく撫でた。
「無理に寝ようとしなくていいのですよ。無理をすれば、かえってストレスになってよくありませんから」
「うん。でもちゃんと寝ないと、朝起きれなかったら、みんなに心配かけちゃうし」
キュッリッキは僅かに首をすくめて苦笑する。
「アルカネットさんのお見送りも出来なくなっちゃう」
その言葉に、アルカネットはより一層笑みを深めて、キュッリッキの左手をとった。
「お気持ちだけで充分ですよ。ありがとうございます」
アルカネットの微笑につられるように、キュッリッキも微笑み返した。
かくして屋敷の全てを一手に仕切っているリトヴァは、帰宅したアルカネットにその日の報告をするのが、仕事に加わっていた。
報告は、出迎えた玄関から、アルカネットの部屋まで歩きながら行われた。
一連の業務連絡から始まり、いくつかの指示のやり取り、朝食の献立などの打ち合わせを経て、キュッリッキの外出の話になると、アルカネットの表情が一変した。
「リッキーさんが見舞いへ…?」
驚いたように目を見張るアルカネットに、リトヴァはにこやかに答える。
「ずっと旦那様を心配しておられましたから、主治医のヴィヒトリ様のご許可を得ての外出でございました。久しぶりの外出でお疲れになり、今はもう、おやすみになっておられます」
全ての報告を終えて、リトヴァは軽く会釈をした。アルカネットは難しい表情をして、リトヴァから視線を外らせる。
「まだ回復していない身体で、病院まで出かけたのですか…」
あまり表情を崩さないアルカネットにしては珍しく、眉間に鋭くシワを寄せて顎を引いた。
「判りました。お下がりなさい」
一礼すると、リトヴァは速やかに部屋を辞していった。
アルカネットの部屋は、ベルトルドの部屋の隣にある。キュッリッキが来てからは、着替えと風呂でしか使っていない。仕事を持ち帰った時は、ベルトルドの部屋か書斎を使っている。
青い天鵞絨張りの長椅子に黒い手袋を脱ぎ捨て、襟元のスカーフを緩める。
「いくら包帯が取れたといっても、まだまだ安静にしていなくてはならないのに。ベルトルド様の見舞いごときで、悪化でもしたら洒落になりません」
何とも言えない、ざわざわとしたものが心の中を席巻していく。苛立ちを覚え、マントを乱暴に脱ぎ捨てた。
怪我は完治しておらず、体力だって回復していない。気力もだいぶ萎えていて、出会った頃の元気さはなりを潜めている。
毎日そばにいるので判るが、まだ他人を気遣い見舞うことのできる身体じゃないのだ。
主治医のヴィヒトリが許可を出したのなら、外出が出来るくらいには治っているのだろうが、無理をさせるにはまだ早い。
それを思うと苛立ちが激しくなり、温和な表情は完全に掻き消え、険しさが際立つ。
拳で激しく長椅子のヘリを叩きつけ、唾を吐き捨てた。
食事と入浴をすませてから、キュッリッキの部屋に入る。部屋の中は薄暗く、ベッドサイドのテーブルに置かれたランプが、ほんのりと点いているだけだった。
「アルカネットさん?」
ベッドから小さく声がかけられた。その声に、アルカネットは表情を和ませる。
「ただいま、リッキーさん。眠っていなかったのですね」
優しい笑みを浮かべながら、アルカネットはベッドに腰を下ろして、キュッリッキの額へキスをする。
「さっき目が覚めちゃったの」
そうですか、と呟いて、キュッリッキの頭を優しく撫でた。
「無理に寝ようとしなくていいのですよ。無理をすれば、かえってストレスになってよくありませんから」
「うん。でもちゃんと寝ないと、朝起きれなかったら、みんなに心配かけちゃうし」
キュッリッキは僅かに首をすくめて苦笑する。
「アルカネットさんのお見送りも出来なくなっちゃう」
その言葉に、アルカネットはより一層笑みを深めて、キュッリッキの左手をとった。
「お気持ちだけで充分ですよ。ありがとうございます」
アルカネットの微笑につられるように、キュッリッキも微笑み返した。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます
tera
ファンタジー
※まだまだまだまだ更新継続中!
※書籍の詳細はteraのツイッターまで!@tera_father
※第1巻〜7巻まで好評発売中!コミックス1巻も発売中!
※書影など、公開中!
ある日、秋野冬至は異世界召喚に巻き込まれてしまった。
勇者召喚に巻き込まれた結果、チートの恩恵は無しだった。
スキルも何もない秋野冬至は一般人として生きていくことになる。
途方に暮れていた秋野冬至だが、手に持っていたアイテムの詳細が見えたり、インベントリが使えたりすることに気づく。
なんと、召喚前にやっていたゲームシステムをそっくりそのまま持っていたのだった。
その世界で秋野冬至にだけドロップアイテムとして誰かが倒した魔物の素材が拾え、お金も拾え、さらに秋野冬至だけが自由に装備を強化したり、錬金したり、ゲームのいいとこ取りみたいな事をできてしまう。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる