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初恋の予感編
episode256
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要人などの入院患者病棟に入り、最奥のベルトルドの病室に着いて、セヴェリに出迎えられた。
車椅子に座り、バラの花束を胸に押し抱くキュッリッキを見て、セヴェリは僅かに眉を上げる。
「お嬢様のお顔色が、少々悪いように見えますが…」
「久しぶりの外出で疲れてるだけだから、大丈夫だよ。お見舞いが済んだらボクの診察室で、少し休んでいくといい」
そう言いおいて、ヴィヒトリは病室を出て行った。
広い病室の中央に置かれた大きなベッドに、ベルトルドは寝ていた。
「ベルトルドさん…」
キュッリッキはか細い声で、小さく呟く。ベッドの傍らに車椅子をつけてもらった。
熱のためか、白い頬が僅かに赤みを帯びている。薬が効いているようで、呼吸は安定していた。傲岸不遜でやんちゃな表情も、今はすっかり鳴りを潜め、美しい顔立ちの青年が寝ているだけだ。
点滴を受けている左腕はシーツの外に出されていて、いつも優しく頭を撫でてくれる大きな手は、力なくベッドに置かれていた。
キュッリッキは恐る恐る、その手にそっと自分の手をのせる。萎えて動きの鈍い右手も、苦労して持ち上げ甲に重ねた。
いつもよりずっと熱い手をしている。力強さもまるで感じられない。
こうして見舞いにきたと判れば、満面に笑みを浮かべてベッドから飛び上がって出迎えてくれそうなのに、今はぐっすりと眠っている。
(アタシのせいだ…)
毎日毎日夜中に泣き喚いて、そのせいでベルトルドもアルカネットも起きてしまう。そして、気にするな、我慢しなくていい、そう言って逆に慰めてくれるのだ。
作り物じゃない、心からの優しい笑顔を向けてくれる。
このまま体調を崩して、余計悪くなったりしたらどうしよう。そう考えると、急に不安が全身を駆け抜けて、足元からジワジワと冷たいものが這い上がってきた。
(どうしよう…、ベルトルドさん死んじゃったらどうしよう…)
愛していると、初めてそう言ってくれた人だ。こんな自分を、大好きだと言ってくれた。それなのに、自分はベルトルドをこんな風にしてしまったのだ。
失うかもしれないという心細さに包まれ、キュッリッキはしゃくりあげ、ぽろぽろと涙を流して泣き出してしまった。
黙って後ろに控えていたメルヴィンとルーファスは、目の前でいきなり泣き出したキュッリッキに、ぎょっとして身を乗り出す。
「ど、どうしたのキューリちゃん!?」
「リッキーさん?」
2人は傍らにしゃがみこんで、オロオロと慰めにかかる。でも慰められると余計に悲しくなり、暫くキュッリッキは泣きじゃくっていた。
セヴェリは3人の様子を、離れたところで微笑ましそうに見ていた。
それはまるで、父親の見舞いに訪れた娘が、心配のあまり泣き出して、年の離れた兄たちに慰められているかのようだ。
ベルトルド邸で働く使用人の殆どが、キュッリッキはベルトルドの娘だと信じて疑っていない。実際ベルトルドの女性遍歴は盛んで、どこかで子供が出来ていてもおかしくなかったからだ。
セヴェリとハウスキーパーのリトヴァだけは、2人に血のつながりがないことは判っているが、たとえ父娘(おやこ)であっても構わないとも思っていた。
いつまででも泣いていられそうだったが、身体のほうがその欲求に応えられず、キュッリッキは泣き疲れて眠ってしまった。
「泣くほど心配だったのね、キューリちゃん…」
頭をカシカシと掻きながら、ルーファスはふうっと息を吐いた。年齢に関係なく、泣いてる女の子は苦手なのだ。それはメルヴィンも同じで、どうすれば泣き止むのか、内心ハラハラしていた。戦場を走るよりも緊張してしまう。
「ヴィヒトリ先生のところへ行きましょうか」
キュッリッキを車椅子から抱き上げると、メルヴィンはセヴェリに目礼した。
「旦那様には、あとでお伝えしておきます」
「お願いします」
キュッリッキの泣き声にも目を覚まさないほど、ぐっすりと眠るベルトルドの顔を一瞥し、ルーファスはメルヴィンのあとを追って病室を出た。
車椅子に座り、バラの花束を胸に押し抱くキュッリッキを見て、セヴェリは僅かに眉を上げる。
「お嬢様のお顔色が、少々悪いように見えますが…」
「久しぶりの外出で疲れてるだけだから、大丈夫だよ。お見舞いが済んだらボクの診察室で、少し休んでいくといい」
そう言いおいて、ヴィヒトリは病室を出て行った。
広い病室の中央に置かれた大きなベッドに、ベルトルドは寝ていた。
「ベルトルドさん…」
キュッリッキはか細い声で、小さく呟く。ベッドの傍らに車椅子をつけてもらった。
熱のためか、白い頬が僅かに赤みを帯びている。薬が効いているようで、呼吸は安定していた。傲岸不遜でやんちゃな表情も、今はすっかり鳴りを潜め、美しい顔立ちの青年が寝ているだけだ。
点滴を受けている左腕はシーツの外に出されていて、いつも優しく頭を撫でてくれる大きな手は、力なくベッドに置かれていた。
キュッリッキは恐る恐る、その手にそっと自分の手をのせる。萎えて動きの鈍い右手も、苦労して持ち上げ甲に重ねた。
いつもよりずっと熱い手をしている。力強さもまるで感じられない。
こうして見舞いにきたと判れば、満面に笑みを浮かべてベッドから飛び上がって出迎えてくれそうなのに、今はぐっすりと眠っている。
(アタシのせいだ…)
毎日毎日夜中に泣き喚いて、そのせいでベルトルドもアルカネットも起きてしまう。そして、気にするな、我慢しなくていい、そう言って逆に慰めてくれるのだ。
作り物じゃない、心からの優しい笑顔を向けてくれる。
このまま体調を崩して、余計悪くなったりしたらどうしよう。そう考えると、急に不安が全身を駆け抜けて、足元からジワジワと冷たいものが這い上がってきた。
(どうしよう…、ベルトルドさん死んじゃったらどうしよう…)
愛していると、初めてそう言ってくれた人だ。こんな自分を、大好きだと言ってくれた。それなのに、自分はベルトルドをこんな風にしてしまったのだ。
失うかもしれないという心細さに包まれ、キュッリッキはしゃくりあげ、ぽろぽろと涙を流して泣き出してしまった。
黙って後ろに控えていたメルヴィンとルーファスは、目の前でいきなり泣き出したキュッリッキに、ぎょっとして身を乗り出す。
「ど、どうしたのキューリちゃん!?」
「リッキーさん?」
2人は傍らにしゃがみこんで、オロオロと慰めにかかる。でも慰められると余計に悲しくなり、暫くキュッリッキは泣きじゃくっていた。
セヴェリは3人の様子を、離れたところで微笑ましそうに見ていた。
それはまるで、父親の見舞いに訪れた娘が、心配のあまり泣き出して、年の離れた兄たちに慰められているかのようだ。
ベルトルド邸で働く使用人の殆どが、キュッリッキはベルトルドの娘だと信じて疑っていない。実際ベルトルドの女性遍歴は盛んで、どこかで子供が出来ていてもおかしくなかったからだ。
セヴェリとハウスキーパーのリトヴァだけは、2人に血のつながりがないことは判っているが、たとえ父娘(おやこ)であっても構わないとも思っていた。
いつまででも泣いていられそうだったが、身体のほうがその欲求に応えられず、キュッリッキは泣き疲れて眠ってしまった。
「泣くほど心配だったのね、キューリちゃん…」
頭をカシカシと掻きながら、ルーファスはふうっと息を吐いた。年齢に関係なく、泣いてる女の子は苦手なのだ。それはメルヴィンも同じで、どうすれば泣き止むのか、内心ハラハラしていた。戦場を走るよりも緊張してしまう。
「ヴィヒトリ先生のところへ行きましょうか」
キュッリッキを車椅子から抱き上げると、メルヴィンはセヴェリに目礼した。
「旦那様には、あとでお伝えしておきます」
「お願いします」
キュッリッキの泣き声にも目を覚まさないほど、ぐっすりと眠るベルトルドの顔を一瞥し、ルーファスはメルヴィンのあとを追って病室を出た。
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