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初恋の予感編
episode253
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ベッドの横に特別に設えられてあるテーブルに置かれた朝食のトレイを見て、キュッリッキの表情が嫌そうに引きつった。
今日は生クリームの添えられたフレンチトースト、スクランブルエッグ、玉ねぎとミルクのスープ、ブロッコリーとジャガイモとニンジンの温サラダ、オレンジのムース。
少食のキュッリッキに合わせて、量は少ない。
この屋敷のシェフたちの料理スキル〈才能〉は、SSランクである。どんなに単純な料理でも、最高級の味付けと食材を用いて作られている。
しかしキュッリッキは、どんなにハイレベルな料理を出されようと、見ただけでお腹いっぱいになってしまう。更に今は食欲なんてなかった。
テーブルの上の料理をチラッと見て、ヴィヒトリは苦笑を浮かべる。
屋敷のシェフたちが、キュッリッキの食欲が出るようにと、心を砕いて用意したものだ。それが判らないわけではないだろうが、キュッリッキは手を伸ばそうとはしていなかった。
こう毎日寝たきりでは食欲などわかないだろうし、今はベルトルドへの心配が大きすぎて、嚥下するのも難しそうである。この様子では、昼食も夕食も、殆ど食べていないだろう。
怪我の治りは早いが、体力が落ち込みすぎていて、外出をすればたちまち疲労で倒れてしまいそうだ。さらに貧血も心配された。
怪我の方はもう、ほっといても治る領域になっている。ヴィヒトリ自らが執刀にあたったのだ。毎日診察もしているし、経過も順調で問題もない。
あえて問題があるとすれば、体力の回復が思わしくないことだ。
食事もあまり口にしないようだし、ベルトルドの件以外でなにか心配事でもあるのか、このところ憔悴しているのも気になっていた。
「クリア出来そうかい?」
「ん…が、頑張って食べる」
崖っぷちに立たされたような表情で、キュッリッキは固く返事をした。
ベルトルドの見舞いがしたい、その一心で決意したようだ。
「よし、頑張れ」
ヴィヒトリは軽く笑うと、キュッリッキの頭をポンポンと優しく叩いた。
キュッリッキの部屋を出ると、ルーファスとメルヴィンが待機していた。
「今日は診察、長引いてたね。キューリちゃん、どっか悪いん?」
「いや、そうじゃないんだけど。――ちょうどよかった、君たちに話があるんだ」
ヴィヒトリは眼鏡を外して、シャツの裾でレンズを軽く拭くと、かけ直して笑みを深めた。
「キュッリッキちゃん、副宰相閣下のお見舞いに行きたいって。それで外出してもいいかと聞かれたから、朝ごはんを全部食べたら行ってもいい、と許可をしたよ」
「うほほ。んで、食べたの?」
「うん。時間はかかったけど、頑張って全部食べた」
キュッリッキが残さず食べるように、ヴィヒトリはそばでじっと見ていた。
監視があるので食べるしかなく、もそもそと口を動かして、辛そうに皿の中身を減らしていく。傍らでフェンリルが同情するようにキュッリッキを見上げていたが、その様子が痛ましいようであり、どこか微笑ましく、ヴィヒトリはずっと笑いをかみ殺していた。
常人なら足りないくらいの朝食を全てたいらげ、キュッリッキは青ざめた顔で枕にもたれかかった。胃もたれをおこしているのだろう、ヴィヒトリは薬を飲ませて休ませた。
「1時間ほど食休みさせたら、病院へ連れて行ってあげてね。閣下のお見舞いが済んだら、ボクの診察室へ連れてきて。たぶん疲れてぐったりしちゃってるだろうから」
「判りました」
これにはメルヴィンが神妙に頷く。
「じゃあボクは病院へ行くよ。兄貴によろしくネ」
ひらひらと手を振ると、ヴィヒトリは行ってしまった。
その後ろ姿を眺めながら、ルーファスが苦笑する。
「とても兄弟だとは思えないよなあ~。顔はよく似てるけど、兄は格闘バカ、弟は世界最高峰の医者ときたもんだ」
「リッキーさんは気づいてないようですけど、知ったらびっくりするでしょうねえ」
「ホントだよな。ヴァルトの弟が、担当医なんてな」
今日は生クリームの添えられたフレンチトースト、スクランブルエッグ、玉ねぎとミルクのスープ、ブロッコリーとジャガイモとニンジンの温サラダ、オレンジのムース。
少食のキュッリッキに合わせて、量は少ない。
この屋敷のシェフたちの料理スキル〈才能〉は、SSランクである。どんなに単純な料理でも、最高級の味付けと食材を用いて作られている。
しかしキュッリッキは、どんなにハイレベルな料理を出されようと、見ただけでお腹いっぱいになってしまう。更に今は食欲なんてなかった。
テーブルの上の料理をチラッと見て、ヴィヒトリは苦笑を浮かべる。
屋敷のシェフたちが、キュッリッキの食欲が出るようにと、心を砕いて用意したものだ。それが判らないわけではないだろうが、キュッリッキは手を伸ばそうとはしていなかった。
こう毎日寝たきりでは食欲などわかないだろうし、今はベルトルドへの心配が大きすぎて、嚥下するのも難しそうである。この様子では、昼食も夕食も、殆ど食べていないだろう。
怪我の治りは早いが、体力が落ち込みすぎていて、外出をすればたちまち疲労で倒れてしまいそうだ。さらに貧血も心配された。
怪我の方はもう、ほっといても治る領域になっている。ヴィヒトリ自らが執刀にあたったのだ。毎日診察もしているし、経過も順調で問題もない。
あえて問題があるとすれば、体力の回復が思わしくないことだ。
食事もあまり口にしないようだし、ベルトルドの件以外でなにか心配事でもあるのか、このところ憔悴しているのも気になっていた。
「クリア出来そうかい?」
「ん…が、頑張って食べる」
崖っぷちに立たされたような表情で、キュッリッキは固く返事をした。
ベルトルドの見舞いがしたい、その一心で決意したようだ。
「よし、頑張れ」
ヴィヒトリは軽く笑うと、キュッリッキの頭をポンポンと優しく叩いた。
キュッリッキの部屋を出ると、ルーファスとメルヴィンが待機していた。
「今日は診察、長引いてたね。キューリちゃん、どっか悪いん?」
「いや、そうじゃないんだけど。――ちょうどよかった、君たちに話があるんだ」
ヴィヒトリは眼鏡を外して、シャツの裾でレンズを軽く拭くと、かけ直して笑みを深めた。
「キュッリッキちゃん、副宰相閣下のお見舞いに行きたいって。それで外出してもいいかと聞かれたから、朝ごはんを全部食べたら行ってもいい、と許可をしたよ」
「うほほ。んで、食べたの?」
「うん。時間はかかったけど、頑張って全部食べた」
キュッリッキが残さず食べるように、ヴィヒトリはそばでじっと見ていた。
監視があるので食べるしかなく、もそもそと口を動かして、辛そうに皿の中身を減らしていく。傍らでフェンリルが同情するようにキュッリッキを見上げていたが、その様子が痛ましいようであり、どこか微笑ましく、ヴィヒトリはずっと笑いをかみ殺していた。
常人なら足りないくらいの朝食を全てたいらげ、キュッリッキは青ざめた顔で枕にもたれかかった。胃もたれをおこしているのだろう、ヴィヒトリは薬を飲ませて休ませた。
「1時間ほど食休みさせたら、病院へ連れて行ってあげてね。閣下のお見舞いが済んだら、ボクの診察室へ連れてきて。たぶん疲れてぐったりしちゃってるだろうから」
「判りました」
これにはメルヴィンが神妙に頷く。
「じゃあボクは病院へ行くよ。兄貴によろしくネ」
ひらひらと手を振ると、ヴィヒトリは行ってしまった。
その後ろ姿を眺めながら、ルーファスが苦笑する。
「とても兄弟だとは思えないよなあ~。顔はよく似てるけど、兄は格闘バカ、弟は世界最高峰の医者ときたもんだ」
「リッキーさんは気づいてないようですけど、知ったらびっくりするでしょうねえ」
「ホントだよな。ヴァルトの弟が、担当医なんてな」
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