片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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初恋の予感編

episode252

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 ここ数週間毎日、出勤前に必ず副宰相の屋敷に寄って、少女の診察をしていくのが日課になっている。

 ヴィヒトリにとって、この少女は優秀な患者だった。

 常識では有り得ないレベルの、初めて目にする無残な深い傷を負っていた。生きていること自体稀なだと思うほど、それは本当に酷かった。患部を見たときは、あまりの酷さに、処置の難解さを思って武者震いが全身を駆け巡ったほどだ。

 ヴィヒトリは医療スキル〈才能〉のスペシャリストであり、医療面の複合スキル〈才能〉を持つ、極めて珍しいスキル〈才能〉保持者だった。四大レアスキル〈才能〉と肩を並べる希少さだ。

 医療の分野はスキル〈才能〉の種類がとても多くある一つで、その中で外科のスキル〈才能〉を持つものが一番少ないとされている。

 ヴィヒトリはスキル〈才能〉だけではなく、腕も確かでレベルが高く、医療学院でもトップで成績をおさめ、現場で実践を多く積んで実力を磨いていた。

 まだ28歳と若いが、現在医療界では最高峰の医者である。

 より困難で難解な怪我や病気ほど、自らの知識と腕を伸ばしてくれるものはない。キュッリッキの怪我の手術は、ヴィヒトリの腕を更に伸ばしてくれるものだった。

 それからの縁でこうして診察をしているが、今日はいつになく神妙な顔をして、手当が終わるのをじっと待っている。いつもなら診察のために着衣の胸元を開かせると、膨らみの小さな胸を見せるのを恥ずかしがって、もそもそと無駄な抵抗をする。

 診察当初、抵抗されることにイラッカチンッときて、思わず「まな板のくせに!」と怒鳴ったことがある。たまたま出仕前で屋敷にいたベルトルドとアルカネットに「見れるだけでもありがたいと思え!」と、意味不明のズレた説教を食らったことがあった。

 当のキュッリッキには、これでもかとガン泣きされて、更にズレた説教を食らったものだった。

 しかし今日は、そんなことよりも悩み事があるようで、ずっと冴えない表情で口を閉ざしている。

「どうしたの? 元気もないし、表情もこわばっている」

 覗き込むように問うと、キュッリッキはちらりとヴィヒトリに目を向けた。口を開きかけ、すぐ閉じる。そして顎を僅かにひいて、躊躇うように再度口を開いた。

「あのね、ちょっとだけ外出しても大丈夫、かな」

 そう言うと、また顔を俯かせてしまう。

「行きたいところがあるの?」

 それには無言で頷きを返してきた。

「どこまで行きたいんだい?」

「……病院」

 ぽつりとしたその言葉に、ヴィヒトリは暫し考え込んだ。そしてあることを思い出して「ああ」と頷いた。

「副宰相閣下の、お見舞いに行きたいんだね」

「うん」

 顔を上げてヴィヒトリを見ながら、キュッリッキは大きく頷いた。

 あと4日ほどで退院して帰ってくるはずだが、よほど心配なのだろう。キュッリッキに元気がないのもそのためで、見舞いのための外出に、許可を得られるか不安だったようだ。

 ヴィヒトリは端整な顔に微笑を浮かべると、キュッリッキの顔を改めて覗き込んだ。

「ひとつだけ条件をクリアしたら、お見舞いに行ってもいいよ」

「条件?」

 嬉しさと不安が入り混じった表情で、キュッリッキは僅かに身を乗り出した。

「今日の朝ごはんを全て食べたら、行ってきてもいい」

「うっ…」
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