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初恋の予感編
episode251
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遅くなった夕食をとりに食堂へ向かうあいだ、2人はなんとなく黙ったままだった。とくに会話もなく食堂へ着き、ルーファスは大仰な溜息とともに、だらしなく椅子に座って天井を仰いだ。
「アルカネットさんと2人だけってゆーのは、胃に悪いなあ~~。ちょー疲れた」
弛緩しきったその様子に、メルヴィンは肩をすくめて苦笑を返す。
テーブルには2人しかついていない。数名の給仕たちがまめまめしく、2人に料理の皿を差し出していた。メルヴィンもルーファスも、適当に自分の更に取り分けていく。
「そんなに長時間一緒だったわけじゃないけどさ、何かこう、ジワジワ~っと神経を蝕んでいくような、腹の底が重くなるような緊張があってさあ……」
「判らなくもありません」
アルカネットは普段あまり、本音を表情にも態度にも出さない。常時にこやかな笑顔と穏やかな口調で、完璧に包み隠している。それなのに、どこか相手にプレッシャーを感じさせるところは、尋問・拷問部隊の長官をしていた頃から健在だ。
ベルトルドとキュッリッキに対しては、そうした仮面は存在していないようだ。見ていて驚く程、表情がくるくるとよく変わる。しかし長い付き合いであるライオン傭兵団のメンバーに対しては、ずっと仮面をかぶり続けていた。そつのない笑顔の仮面を。
ちょっと物思いに耽りだしたルーファスに、メルヴィンは身を乗り出す。
「ところで、ベルトルド様の具合は、本当に大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫そう。寝不足とただの過労なんだってさ。ひと眠りして、もう元気だーって、ベッドの上でふんぞり返っていたから」
ルーファスはワイングラスを傾けながら、その様子をジェスチャーを交えて再現してみる。食堂の端々からしのび笑う声が2人の耳に届いた。控えている給仕たち使用人も、気になっていたようだった。
「このところ顔色悪かったろ。寝不足だったらしいね。そこに加えて激務激務の過重労働だったから、身体がノックダウンしたようだって」
「普段しゃかりきに若ぶっていますが、あれでもう歳、と呼んでいいですしね…」
「超中年だもんなあ~。昔ほど無理が効かなくなってくるのを、イヤイヤ実感し出す節目の歳だもんね」
見かけは充分20代後半で通るのだが、実年齢は40を過ぎている。それをベルトルドに言うと、「俺はまだ若いぞ!」と猛烈に怒られる。
これを機に仕事の量を減らしてくれればと、帰る道中アルカネットが話していた。もっとも、皇王からドカドカ増やされ続けて、それでいて根を上げないから際限がないらしい。
ローストビーフをもぐもぐと噛みながら、ルーファスは行儀悪くテーブルに肘をついて肩で息をつく。
「せっかくキューリちゃんが元気になってきたのに、ベルトルド様が寝込んで洒落にならないよねえ。オレらも仕事上、健康には気をつけたいね」
「そうですね」
キュッリッキに笑顔が戻ったところに、ベルトルドの入院騒ぎで、また曇ってしまった。食欲までも消え失せてしまったようだ。
ベルトルドやアルカネット、そしてルーファスのように、相手の心をほぐしたり、楽しませるジョークやユーモアのセンスが、メルヴィンにはなかった。もとよりそんなに社交的ではないのだ。
それでもこんな自分に感謝してくれるキュッリッキのために、なにかしてあげたいと思う。
明日にはどんな元気になる話をしてあげよう、彼女に笑顔は戻るだろうか。そんなことをつらつらと考えながら、手にしていたグラスの中のワインを飲みほした。
「アルカネットさんと2人だけってゆーのは、胃に悪いなあ~~。ちょー疲れた」
弛緩しきったその様子に、メルヴィンは肩をすくめて苦笑を返す。
テーブルには2人しかついていない。数名の給仕たちがまめまめしく、2人に料理の皿を差し出していた。メルヴィンもルーファスも、適当に自分の更に取り分けていく。
「そんなに長時間一緒だったわけじゃないけどさ、何かこう、ジワジワ~っと神経を蝕んでいくような、腹の底が重くなるような緊張があってさあ……」
「判らなくもありません」
アルカネットは普段あまり、本音を表情にも態度にも出さない。常時にこやかな笑顔と穏やかな口調で、完璧に包み隠している。それなのに、どこか相手にプレッシャーを感じさせるところは、尋問・拷問部隊の長官をしていた頃から健在だ。
ベルトルドとキュッリッキに対しては、そうした仮面は存在していないようだ。見ていて驚く程、表情がくるくるとよく変わる。しかし長い付き合いであるライオン傭兵団のメンバーに対しては、ずっと仮面をかぶり続けていた。そつのない笑顔の仮面を。
ちょっと物思いに耽りだしたルーファスに、メルヴィンは身を乗り出す。
「ところで、ベルトルド様の具合は、本当に大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫そう。寝不足とただの過労なんだってさ。ひと眠りして、もう元気だーって、ベッドの上でふんぞり返っていたから」
ルーファスはワイングラスを傾けながら、その様子をジェスチャーを交えて再現してみる。食堂の端々からしのび笑う声が2人の耳に届いた。控えている給仕たち使用人も、気になっていたようだった。
「このところ顔色悪かったろ。寝不足だったらしいね。そこに加えて激務激務の過重労働だったから、身体がノックダウンしたようだって」
「普段しゃかりきに若ぶっていますが、あれでもう歳、と呼んでいいですしね…」
「超中年だもんなあ~。昔ほど無理が効かなくなってくるのを、イヤイヤ実感し出す節目の歳だもんね」
見かけは充分20代後半で通るのだが、実年齢は40を過ぎている。それをベルトルドに言うと、「俺はまだ若いぞ!」と猛烈に怒られる。
これを機に仕事の量を減らしてくれればと、帰る道中アルカネットが話していた。もっとも、皇王からドカドカ増やされ続けて、それでいて根を上げないから際限がないらしい。
ローストビーフをもぐもぐと噛みながら、ルーファスは行儀悪くテーブルに肘をついて肩で息をつく。
「せっかくキューリちゃんが元気になってきたのに、ベルトルド様が寝込んで洒落にならないよねえ。オレらも仕事上、健康には気をつけたいね」
「そうですね」
キュッリッキに笑顔が戻ったところに、ベルトルドの入院騒ぎで、また曇ってしまった。食欲までも消え失せてしまったようだ。
ベルトルドやアルカネット、そしてルーファスのように、相手の心をほぐしたり、楽しませるジョークやユーモアのセンスが、メルヴィンにはなかった。もとよりそんなに社交的ではないのだ。
それでもこんな自分に感謝してくれるキュッリッキのために、なにかしてあげたいと思う。
明日にはどんな元気になる話をしてあげよう、彼女に笑顔は戻るだろうか。そんなことをつらつらと考えながら、手にしていたグラスの中のワインを飲みほした。
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