253 / 882
初恋の予感編
episode250
しおりを挟む
愛されたことがなかったキュッリッキが、初めて得た大きな愛。
ベルトルドからの――一応アルカネットも――大きな愛を、心の底から実感するためには、心の傷を悪化させている、過去の記憶や気持ちが妨げになる。
愛を知った今だからこそ、心から苦しみを吐き出させ、愛により心の傷を癒しやすい。時間が経てば、苦しみを長引かせるだけだ。
キュッリッキが救われるためならば、どんなことでも耐える自信があった。
最初の1週間はそれほどでもなかったが、日増しに疲労感が顔に出るようになって、周りを不安がらせた。とくにベルトルドは連日激務が続き、休日でも出仕して、休む暇もない。唯一身体を休められる夜が潰れるからだ。
それでついに疲労のピークに達し、病院に担ぎ込まれるという大騒動を引き起こしてしまったのだった。
ベルトルド自身は倒れようが何だろうが、愛するキュッリッキのためなら苦痛とも感じない。むしろ、もっともっと吐き出させて、心を軽くしてやりたかった。これまでの18年間が、あまりにも辛すぎたのだ。
心底飽くほど幸せにしてやりたい。嫌になるほど愛してやりたい。しかし気持ちに身体がついてこなかったのは、涙目の無念である。
普段は思わないことだが、今はほんの少し思う。体力の衰えは、年齢のせいじゃなかろうか、と。
「いやいや、歳のせいじゃないぞ!」
首を振って弱気を打ち消す。ベルトルドの独り言にセヴェリが顔を向けたが、なんでもないとの主の言葉に頭を下げた。
サイドテーブルに置かれた薬のトレイを見て、げっそりと溜息をつく。色とりどりの錠剤が、沢山盛られていた。
「リッキーと1週間も会えないとか、薬を飲むより辛いぞ」
錠剤は喉に詰まるから、大っ嫌いだった。
せっかく元気が出たと思った矢先に、ベルトルドの入院騒ぎで、キュッリッキの食欲は完全に失せてしまったようだった。
夕食に付き添っていたメルヴィンは、無理に食事をすすめようとはせず、黙って様子を見守っていた。そこへノックがして、アルカネットとルーファスが姿を現した。
メルヴィンは立ち上がり、椅子をアルカネットに譲る。
「ただいまリッキーさん。具合はいかがですか?」
アルカネットの優しい声に、キュッリッキは今にも泣き出しそうな顔を向けた。
「ベルトルドさん入院したって、病気なの? 怪我をしたの? アタシ心配で」
前のめりになるキュッリッキを、やんわりと押しとどめながら、アルカネットは一層優しく微笑んだ。
「仕事のしすぎで、ただの過労です。おとなしく寝ていれば治るものですよ。まあせっかくなので入院させました。そばにいると邪魔ですしね。そんなに心配することはないのですよ。本人は呆れるくらい元気ですから」
柔らかな笑みを浮かべるアルカネットの顔を見て、キュッリッキは僅かに肩の力を抜いた。一部の単語にアルカネットの本音が垣間見え、メルヴィンとルーファスは口の端を引きつらせた。
それでもまだ不安そうなキュッリッキの様子に、アルカネットは立ち上がり、ベッドに座り直した。そしてキュッリッキをそっと抱き寄せる。
「本当に大丈夫ですから、安心してください」
優しく、そっと頭を撫でてやる。キュッリッキは頷いて、アルカネットに身をあずけた。
アルカネットは微動だにしないメルヴィンとルーファスを振り返る。
「こちらはもういいですよ。おさがりなさい」
「はい。では失礼します。リッキーさん、おやすみなさい」
「また明日ね、キューリちゃん」
「おやすみ、メルヴィン、ルーさん」
キュッリッキのぎこちない笑みに見送られながら、2人は部屋をあとにした。
ベルトルドからの――一応アルカネットも――大きな愛を、心の底から実感するためには、心の傷を悪化させている、過去の記憶や気持ちが妨げになる。
愛を知った今だからこそ、心から苦しみを吐き出させ、愛により心の傷を癒しやすい。時間が経てば、苦しみを長引かせるだけだ。
キュッリッキが救われるためならば、どんなことでも耐える自信があった。
最初の1週間はそれほどでもなかったが、日増しに疲労感が顔に出るようになって、周りを不安がらせた。とくにベルトルドは連日激務が続き、休日でも出仕して、休む暇もない。唯一身体を休められる夜が潰れるからだ。
それでついに疲労のピークに達し、病院に担ぎ込まれるという大騒動を引き起こしてしまったのだった。
ベルトルド自身は倒れようが何だろうが、愛するキュッリッキのためなら苦痛とも感じない。むしろ、もっともっと吐き出させて、心を軽くしてやりたかった。これまでの18年間が、あまりにも辛すぎたのだ。
心底飽くほど幸せにしてやりたい。嫌になるほど愛してやりたい。しかし気持ちに身体がついてこなかったのは、涙目の無念である。
普段は思わないことだが、今はほんの少し思う。体力の衰えは、年齢のせいじゃなかろうか、と。
「いやいや、歳のせいじゃないぞ!」
首を振って弱気を打ち消す。ベルトルドの独り言にセヴェリが顔を向けたが、なんでもないとの主の言葉に頭を下げた。
サイドテーブルに置かれた薬のトレイを見て、げっそりと溜息をつく。色とりどりの錠剤が、沢山盛られていた。
「リッキーと1週間も会えないとか、薬を飲むより辛いぞ」
錠剤は喉に詰まるから、大っ嫌いだった。
せっかく元気が出たと思った矢先に、ベルトルドの入院騒ぎで、キュッリッキの食欲は完全に失せてしまったようだった。
夕食に付き添っていたメルヴィンは、無理に食事をすすめようとはせず、黙って様子を見守っていた。そこへノックがして、アルカネットとルーファスが姿を現した。
メルヴィンは立ち上がり、椅子をアルカネットに譲る。
「ただいまリッキーさん。具合はいかがですか?」
アルカネットの優しい声に、キュッリッキは今にも泣き出しそうな顔を向けた。
「ベルトルドさん入院したって、病気なの? 怪我をしたの? アタシ心配で」
前のめりになるキュッリッキを、やんわりと押しとどめながら、アルカネットは一層優しく微笑んだ。
「仕事のしすぎで、ただの過労です。おとなしく寝ていれば治るものですよ。まあせっかくなので入院させました。そばにいると邪魔ですしね。そんなに心配することはないのですよ。本人は呆れるくらい元気ですから」
柔らかな笑みを浮かべるアルカネットの顔を見て、キュッリッキは僅かに肩の力を抜いた。一部の単語にアルカネットの本音が垣間見え、メルヴィンとルーファスは口の端を引きつらせた。
それでもまだ不安そうなキュッリッキの様子に、アルカネットは立ち上がり、ベッドに座り直した。そしてキュッリッキをそっと抱き寄せる。
「本当に大丈夫ですから、安心してください」
優しく、そっと頭を撫でてやる。キュッリッキは頷いて、アルカネットに身をあずけた。
アルカネットは微動だにしないメルヴィンとルーファスを振り返る。
「こちらはもういいですよ。おさがりなさい」
「はい。では失礼します。リッキーさん、おやすみなさい」
「また明日ね、キューリちゃん」
「おやすみ、メルヴィン、ルーさん」
キュッリッキのぎこちない笑みに見送られながら、2人は部屋をあとにした。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい
珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。
本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。
…………私も消えることができるかな。
私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。
私は、邪魔な子だから。
私は、いらない子だから。
だからきっと、誰も悲しまない。
どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。
そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。
異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。
☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。
彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
神様の許嫁
衣更月
ファンタジー
信仰心の篤い町で育った久瀬一花は、思いがけずに神様の許嫁(仮)となった。
神様の名前は須久奈様と言い、古くから久瀬家に住んでいるお酒の神様だ。ただ、神様と聞いてイメージする神々しさは欠片もない。根暗で引きこもり。コミュニケーションが不得手ながらに、一花には無償の愛を注いでいる。
一花も須久奈様の愛情を重いと感じながら享受しつつ、畏敬の念を抱く。
ただ、1つだけ須久奈様の「目を見て話すな」という忠告に従えずにいる。どんなに頑張っても、長年染み付いた癖が直らないのだ。
神様を見る目を持つ一花は、その危うさを軽視し、トラブルばかりを引き当てて来る。
***
1部完結
2部より「幽世の理」とリンクします。
※「幽世の理」と同じ世界観です。
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
みおな
ファンタジー
私の名前は、瀬尾あかり。
37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。
そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。
今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。
それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。
そして、目覚めた時ー

婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。
松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。
全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪
落ちこぼれ聖女と、眠れない伯爵。
椎名さえら
恋愛
お前なんていらない
と放り出された落ちこぼれ聖女候補、フィオナ。
生き延びるために【ちから】を隠していた彼女は
顔も見たことがない父がいるはずの隣国で【占い師】となった。
貴族の夜会で占いをして日銭を稼いでいる彼女は
とある影のある美青年に出会う。
彼に触れると、今まで見たことのない【記憶】が浮かび上がる。
訳あり聖女候補が、これまた訳あり伯爵と出会って、
二人の運命が大きく変わる話。
現実主義な元聖女候補✕不憫イケメン不眠症伯爵
※5月30日から二章を連載開始します(7時&19時)が
私生活多忙のため、感想欄は閉じたままにさせていただきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる