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初恋の予感編
episode240
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ベルトルド邸に運び込まれてから、もう12日になる。
優秀な名医であるヴィヒトリの執刀で、通常よりもずっと早く傷口は塞がっていっている。それに、食事を少しずつでも摂るようになって、更に治りも早まっていた。
上半身を起こして、枕にもたれてベッドの上に座れるまでになったキュッリッキは、メルヴィンから桃のコンポートを食べさせてもらっていた。左手で食べると挑戦したが、あまり首がかがまないこともあって、自分で食べることは断念した。
「利き手がずっと塞がってると、やっぱ不便」
化物に切り裂かれた右側は、包帯でガッチリ固定されて動かせないでいる。しかし、あともう2,3日我慢すれば、包帯は取ってもいいとのことだった。
「そうですね。でも、治りが早くて本当に良かったです」
メルヴィンはにっこり微笑みながら、空になった皿をワゴンに置いて、まだほんのりと温かい紅茶のカップを取って、キュッリッキの左手に持たせた。
「こうして身体も起こせるようになったし、元気が出れば、もっと早く治りますよ」
ちょっと躊躇うように言うメルヴィンに、キュッリッキは苦笑を向けるにとどめた。
相変わらず夜中に目を覚まして泣き喚いたりすることがあり、朝にはぐったりとしてしまっているのだ。そのことを、メルヴィンは暗に言っている。理由もずっと話せずにいるが、こうして心配し続けてくれていることは、とても嬉しかった。
(メルヴィンって、優しいなあ…)
空の食器を片付けに行っているので、部屋の中にはキュッリッキしかいない。ルーファスはこのところ、午前中は部屋で寝ている。
なんでも、夜中に屋敷のメイドと、大人の付き合いがあるそうだ。それがどんな付き合いなのかキュッリッキには判らなかったが、ルーファスはいつもご機嫌なので、きっと楽しくゲームでもして遊んでいるんだと想像していた。
その為午前中は、ほぼメルヴィンだけがキュッリッキの傍に居てくれる。
改めて思い起こしてみると、この屋敷に来てからずっと、そばで励まし続けてくれた。あのナルバ山の遺跡で倒れている間も、左手を握って励ましてくれていた。
身体が氷のように冷えていく中で、メルヴィンが握ってくれていた左手だけが、唯一優しい温かさを保っていた。
「メルヴィン…」
その名を囁くように呟く。すると、心がちょっとドキドキとした。
「そういえばアタシ、メルヴィンのことなんにも知らないかも」
それを思うと、急に心が寂しくなった。ライオン傭兵団に入って、まだひと月あまりだ。ただ、優しい人だということだけは判っている。
「もっと、メルヴィンのこと知りたい」
誰かのことを知りたい、と思ったことが、実は初めてだということを、キュッリッキは気づいていなかった。
優秀な名医であるヴィヒトリの執刀で、通常よりもずっと早く傷口は塞がっていっている。それに、食事を少しずつでも摂るようになって、更に治りも早まっていた。
上半身を起こして、枕にもたれてベッドの上に座れるまでになったキュッリッキは、メルヴィンから桃のコンポートを食べさせてもらっていた。左手で食べると挑戦したが、あまり首がかがまないこともあって、自分で食べることは断念した。
「利き手がずっと塞がってると、やっぱ不便」
化物に切り裂かれた右側は、包帯でガッチリ固定されて動かせないでいる。しかし、あともう2,3日我慢すれば、包帯は取ってもいいとのことだった。
「そうですね。でも、治りが早くて本当に良かったです」
メルヴィンはにっこり微笑みながら、空になった皿をワゴンに置いて、まだほんのりと温かい紅茶のカップを取って、キュッリッキの左手に持たせた。
「こうして身体も起こせるようになったし、元気が出れば、もっと早く治りますよ」
ちょっと躊躇うように言うメルヴィンに、キュッリッキは苦笑を向けるにとどめた。
相変わらず夜中に目を覚まして泣き喚いたりすることがあり、朝にはぐったりとしてしまっているのだ。そのことを、メルヴィンは暗に言っている。理由もずっと話せずにいるが、こうして心配し続けてくれていることは、とても嬉しかった。
(メルヴィンって、優しいなあ…)
空の食器を片付けに行っているので、部屋の中にはキュッリッキしかいない。ルーファスはこのところ、午前中は部屋で寝ている。
なんでも、夜中に屋敷のメイドと、大人の付き合いがあるそうだ。それがどんな付き合いなのかキュッリッキには判らなかったが、ルーファスはいつもご機嫌なので、きっと楽しくゲームでもして遊んでいるんだと想像していた。
その為午前中は、ほぼメルヴィンだけがキュッリッキの傍に居てくれる。
改めて思い起こしてみると、この屋敷に来てからずっと、そばで励まし続けてくれた。あのナルバ山の遺跡で倒れている間も、左手を握って励ましてくれていた。
身体が氷のように冷えていく中で、メルヴィンが握ってくれていた左手だけが、唯一優しい温かさを保っていた。
「メルヴィン…」
その名を囁くように呟く。すると、心がちょっとドキドキとした。
「そういえばアタシ、メルヴィンのことなんにも知らないかも」
それを思うと、急に心が寂しくなった。ライオン傭兵団に入って、まだひと月あまりだ。ただ、優しい人だということだけは判っている。
「もっと、メルヴィンのこと知りたい」
誰かのことを知りたい、と思ったことが、実は初めてだということを、キュッリッキは気づいていなかった。
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