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記憶の残滓編
episode218
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メイド総出の身支度と、ヴィヒトリ医師の手当と診察が終わると、朝食の膳を持ってメルヴィンが部屋に入ってきた。
「おはようございます、リッキーさん」
「おはよう、メルヴィン」
キュッリッキの顔を見るなり、メルヴィンは表情を曇らせた。
「どうしたの? メルヴィン」
メルヴィンの表情に気づいて、キュッリッキは不思議そうに目を瞬かせる。
「い、いえ。何でもありません」
表情に出してしまったことに小さく苦笑して、メルヴィンはベッドの傍らの椅子に座った。
「少しでもいいから、食べませんか?」
昨日と同じ匂いがするスープと、グルーエルの皿が膳にのっていた。
「うん、じゃあ、ちょっとだけ」
「はい」
メルヴィンは優しく微笑むと、サイドテーブルに膳を置いて、キュッリッキの身体を少し起こしてやる。シーツや寝間着を汚さないように、ナフキンを敷いた。
スープの皿を手に取り、スプーンをキュッリッキの口に運ぶ。
「うわあ、美味しい」
水と薬以外の食べ物を口に入れるのは、とても久しぶりである。口の中いっぱいに、染み渡るようにコンソメの味が広がった。そしてほんのわずかに中薬の風味がする。コンソメ味の薬膳スープだ。
「もう少し飲めますか?」
「うん。全部飲めるかも」
「良かった。さあ、どうぞ」
「ありがとう」
急に食欲が沸いてきて、スープが喉をどんどん通り過ぎていく。少なめに盛られてはいたが、スープは全て胃袋におさまった。
グルーエルはふた口ほど食べて、キュッリッキはもう満腹感を得てしまった。
たとえ量は少なくても、何かを食べてくれたことに、メルヴィンは心から安堵した。キュッリッキが食事をしているところを見るのは、ナルバ山に出かける前のことだったからだ。
「久しぶりのご飯美味しかった」
キュッリッキは至極満足そうに微笑んだ。
「良かったです。どんどん元気になりますね」
「うん」
「あとで、食べたいものなどありますか?」
「んー…」
今は満腹だから、とくに思いつかなかった。それを正直に言うと、
「では、リッキーさんの好きな料理ってなんですか?」
そう聞き返された。
「料理? 料理……生野菜じゃなければ、普通にどれも食べられるかなあ。ムースは好きかも。レモン味とかオレンジ味の」
「なるほど、判りました」
メルヴィンは微笑み、あらかじめヴィヒトリから渡されていた痛み止めの薬を、キュッリッキに飲ませた。
キュッリッキを寝かせ直して、メルヴィンは膳を下げに一旦部屋を出た。そして戻ってくると、キュッリッキは眠っていた。
穏やかな表情で眠っているが、目はまだ腫れている。よほど、沢山泣いたのだろう。隣の部屋にいたメルヴィンにも、泣き声はずっと聞こえていたのだ。
昨夜、夕食を早めに済ませたメルヴィンとルーファスが戻ると、閉ざされた扉の向こうからキュッリッキの泣き声が聞こえてきた。かなりの大声で泣いているのだろう、廊下にまでその声は響いていた。
不安になってノックをして入ろうとした矢先、扉が開いてアルカネットが顔を出して、
「今日はもういいですから、おさがりなさい」
そう言われ今に至る。
何事があったのか問い質したかったが、昨日とは打って変わり、憑き物が落ちた表情(かお)をしていた。それでなんとなく聞きそびれてしまったのだ。
「おはようございます、リッキーさん」
「おはよう、メルヴィン」
キュッリッキの顔を見るなり、メルヴィンは表情を曇らせた。
「どうしたの? メルヴィン」
メルヴィンの表情に気づいて、キュッリッキは不思議そうに目を瞬かせる。
「い、いえ。何でもありません」
表情に出してしまったことに小さく苦笑して、メルヴィンはベッドの傍らの椅子に座った。
「少しでもいいから、食べませんか?」
昨日と同じ匂いがするスープと、グルーエルの皿が膳にのっていた。
「うん、じゃあ、ちょっとだけ」
「はい」
メルヴィンは優しく微笑むと、サイドテーブルに膳を置いて、キュッリッキの身体を少し起こしてやる。シーツや寝間着を汚さないように、ナフキンを敷いた。
スープの皿を手に取り、スプーンをキュッリッキの口に運ぶ。
「うわあ、美味しい」
水と薬以外の食べ物を口に入れるのは、とても久しぶりである。口の中いっぱいに、染み渡るようにコンソメの味が広がった。そしてほんのわずかに中薬の風味がする。コンソメ味の薬膳スープだ。
「もう少し飲めますか?」
「うん。全部飲めるかも」
「良かった。さあ、どうぞ」
「ありがとう」
急に食欲が沸いてきて、スープが喉をどんどん通り過ぎていく。少なめに盛られてはいたが、スープは全て胃袋におさまった。
グルーエルはふた口ほど食べて、キュッリッキはもう満腹感を得てしまった。
たとえ量は少なくても、何かを食べてくれたことに、メルヴィンは心から安堵した。キュッリッキが食事をしているところを見るのは、ナルバ山に出かける前のことだったからだ。
「久しぶりのご飯美味しかった」
キュッリッキは至極満足そうに微笑んだ。
「良かったです。どんどん元気になりますね」
「うん」
「あとで、食べたいものなどありますか?」
「んー…」
今は満腹だから、とくに思いつかなかった。それを正直に言うと、
「では、リッキーさんの好きな料理ってなんですか?」
そう聞き返された。
「料理? 料理……生野菜じゃなければ、普通にどれも食べられるかなあ。ムースは好きかも。レモン味とかオレンジ味の」
「なるほど、判りました」
メルヴィンは微笑み、あらかじめヴィヒトリから渡されていた痛み止めの薬を、キュッリッキに飲ませた。
キュッリッキを寝かせ直して、メルヴィンは膳を下げに一旦部屋を出た。そして戻ってくると、キュッリッキは眠っていた。
穏やかな表情で眠っているが、目はまだ腫れている。よほど、沢山泣いたのだろう。隣の部屋にいたメルヴィンにも、泣き声はずっと聞こえていたのだ。
昨夜、夕食を早めに済ませたメルヴィンとルーファスが戻ると、閉ざされた扉の向こうからキュッリッキの泣き声が聞こえてきた。かなりの大声で泣いているのだろう、廊下にまでその声は響いていた。
不安になってノックをして入ろうとした矢先、扉が開いてアルカネットが顔を出して、
「今日はもういいですから、おさがりなさい」
そう言われ今に至る。
何事があったのか問い質したかったが、昨日とは打って変わり、憑き物が落ちた表情(かお)をしていた。それでなんとなく聞きそびれてしまったのだ。
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