片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

文字の大きさ
上 下
211 / 882
記憶の残滓編

episode208

しおりを挟む
「ただいまリッキー、俺がいなくて寂しかっただろう?」

 意気揚々と弾んだ声を出し、不敵な笑みを浮かべながら、ベルトルドがベッドに腰を下ろす。

「アナタがいなくても、寂しくなんかありませんよ。ね、リッキーさん」

 ツッコミながらアルカネットもベッドの傍らに立ち、柔らかな笑みを向けた。

「ん? どうしたのかな?」

 キュッリッキは黙り込んだまま、ベルトルドもアルカネットも見ようとしない。怯えの表情を浮かべている。言葉は喉に詰まって、なにも発せなかった。

 帰ってきたら謝ろうと決めていたのに、怖くて声が出ない。そして、ベルトルドがいつ出て行けと言うのか、心がビクビクと怯える。

 目を伏せているキュッリッキの顔を、ベルトルドは不思議そうに覗き込んだ。

「顔色が悪いな、また熱でも出たのかな? 下がったと報告を受けているのだが」

 アルカネットが身を乗り出して、キュッリッキの額にそっと触れる。

「熱は、大丈夫ですね」

「そうか」

 物言わぬキュッリッキの反応が、想像の範囲外だったのもあり、2人は怪訝そうに首を捻った。

「どうしたのかな? リトヴァになにか、言われたのか?」

 これには即首を振って否定した。

「判った、ルーファスに悪戯でもされたんだろう」

 これにも更に強く否定する。

「どちらも違うのか…」

 ベルトルドは首をひねって考え込む。

 この屋敷の中にいて、キュッリッキをここまで凹ませる要因が、さっぱり思いつかないのだ。部屋の内装が気に入らなかったのか、足らないものがあったのだろうか。

「じゃあ……何か、心配事でもあるのかな?」

 困ったように聞かれて、キュッリッキはチラリとベルトルドを見る。そしておずおずとベルトルドに顔を向けると、消え入りそうな声をようやく発した。

「…怒って、ないの?」

 たっぷりと間をあけ、ベルトルドは「はて?」と不思議そうに目を見開いた。

「だって…アタシ、昨夜ベルトルドさんに酷いこといっぱい言ったし、悪い態度とったし…だから」

 絶対怒っているはずだ。なのに、そんな素振りが見えない。キュッリッキのよく知る、優しい目をしたベルトルドだ。

 キュッリッキからしてみても予想外の態度で、逆にいつこれが怒りに転じるのかと、余計不安に覆い尽くされていた。

「こんなに素直で可愛いリッキーに、酷いことなんか言われてないぞ? 俺は」

「ウソ!」

 キュッリッキは悲痛な顔を上げた。

「昔のこと思い出すと、アタシ自分が抑えられなくって、いつも酷いこと言っちゃうの。みんな悪くないのに、みんなが悪いっていっぱい言っちゃって、それですぐ仲良くできなくなるの! みんなを怒らせちゃってダメになっちゃう! 昨夜だってベルトルドさん何も悪いくないのに、ベルトルドさんが悪いみたいなこと言っちゃったから、だからっ」

 絶対怒ってるはずだから――!

 キュッリッキは身を乗り出しかけ、ベルトルドが慌てて押さえ込む。キュッリッキは左手でシーツを握り締め、目を強く瞑った。

 感情が噴き出して、自分が抑えられなかった。荒れ狂う感情を迸らせ、ベルトルドに叩きつけた。

 たまたまそこにいたベルトルドが、大人だったから。怒りの矛先が向いてしまったに過ぎない。幼かった自分を、大人は誰も優しくしてくれなかった。大きくなっても、大人は優しくない。

 出来損ないの、飛べない片翼だから。だから、大人はみんな自分を嫌うのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

処理中です...