191 / 882
記憶の残滓編
episode188
しおりを挟む
ある日裏庭の岩の上に座り、少女はぼんやりと空を眺めていると、修道女に声をかけられた。
「キュッリッキ」
しかし少女は反応しない。
修道女がもう一度強く名を呼ぶと、少女はハッとしたように顔を向けた。
「ごめんなさい、クリスタさま」
少女は慌てて岩から降りて、クリスタの前に立った。
クリスタと呼ばれた修道女は、皺を刻んだ顔に不快感を貼り付けたまま、キュッリッキと呼んだ少女を見おろした。
この修道院の院長である。そして、少女――キュッリッキの名付け親でもあった。
「明日、急遽カステヘルミ皇女がお見えになることになりました。殿下は当修道院に多大なご寄付を約束してくださっております。そして視察のために、御足をお運びになります」
ありがたいことです、とクリスタは深く頷いた。そしてクリスタは厳しい表情になると、キュッリッキを睨みつけた。
「いいですか、あなたは明日、殿下がお帰りになるまで、部屋を一歩も出てはなりませんよ」
どうしてですか? とキュッリッキは言わなかった。
以前もどこかの貴族の貴婦人がやってくるというので、同じように部屋にこもっていろと言われたことがあるからだ。
片翼の奇形児と有名なキュッリッキは、他の同族たちにとって、不快感の塊とみなされているからである。
それを骨の髄まで思い知っているキュッリッキは、黙って頷き、そして俯いた。
翌日、皇女御一行様が訪問した合図の鐘の音が、奇岩の上に鳴り響いた。
キュッリッキは言われた通りに、部屋の中でおとなしくしていた。しかし昼近くになり急に尿意をおぼえ、我慢しきれず部屋を出てトイレに駆け込んだ。
幸い誰ともすれ違わず、無事用を足せて部屋へ戻る途中、運悪く皇女御一行と廊下でばったり出くわしてしまった。
「あっ」
突然現れた孤児に、先頭を歩いていたカステヘルミ皇女が、面白そうに少女に目を向けた。
「お前はさっきの子供たちの中にいなかった。どこに隠れておいでだった?」
咎めるでもなく怒っているふうでもない。ただ不思議そうにたずねられ、キュッリッキはしどろもどろに辺りをキョロキョロ見回した。
皇女の背後に控えていた修道女たちの表情が、みるみる怒りの色に染まっていく。
「えっと…えっと」
本当に慌てふためいて困り果てるキュッリッキに、カステヘルミ皇女は面白そうに笑い声を立てた。
「おおかた、つまみ食いでもしておったのだろう」
愉快そうに言われ、キュッリッキは真っ赤になって俯いた。
「おや?」
カステヘルミ皇女はキュッリッキの背に視線を向け、不快そうに眉を寄せた。
「お前、みっともない翼をお持ちだね。そして虹の光彩を持つもう片方の翼…。もしや数年前に噂になった、召喚スキル〈才能〉を持つあの奇形児か?」
言って修道女たちを振り返る。修道女たちは恐縮しながら汗を浮かべていた。
「さようでございます、殿下」
「本当に虹の光彩を翼にもまとわせているのだな。珍しいものを見た」
そう淡々と言って、カステヘルミ皇女は歩きさってしまった。
「キュッリッキ」
しかし少女は反応しない。
修道女がもう一度強く名を呼ぶと、少女はハッとしたように顔を向けた。
「ごめんなさい、クリスタさま」
少女は慌てて岩から降りて、クリスタの前に立った。
クリスタと呼ばれた修道女は、皺を刻んだ顔に不快感を貼り付けたまま、キュッリッキと呼んだ少女を見おろした。
この修道院の院長である。そして、少女――キュッリッキの名付け親でもあった。
「明日、急遽カステヘルミ皇女がお見えになることになりました。殿下は当修道院に多大なご寄付を約束してくださっております。そして視察のために、御足をお運びになります」
ありがたいことです、とクリスタは深く頷いた。そしてクリスタは厳しい表情になると、キュッリッキを睨みつけた。
「いいですか、あなたは明日、殿下がお帰りになるまで、部屋を一歩も出てはなりませんよ」
どうしてですか? とキュッリッキは言わなかった。
以前もどこかの貴族の貴婦人がやってくるというので、同じように部屋にこもっていろと言われたことがあるからだ。
片翼の奇形児と有名なキュッリッキは、他の同族たちにとって、不快感の塊とみなされているからである。
それを骨の髄まで思い知っているキュッリッキは、黙って頷き、そして俯いた。
翌日、皇女御一行様が訪問した合図の鐘の音が、奇岩の上に鳴り響いた。
キュッリッキは言われた通りに、部屋の中でおとなしくしていた。しかし昼近くになり急に尿意をおぼえ、我慢しきれず部屋を出てトイレに駆け込んだ。
幸い誰ともすれ違わず、無事用を足せて部屋へ戻る途中、運悪く皇女御一行と廊下でばったり出くわしてしまった。
「あっ」
突然現れた孤児に、先頭を歩いていたカステヘルミ皇女が、面白そうに少女に目を向けた。
「お前はさっきの子供たちの中にいなかった。どこに隠れておいでだった?」
咎めるでもなく怒っているふうでもない。ただ不思議そうにたずねられ、キュッリッキはしどろもどろに辺りをキョロキョロ見回した。
皇女の背後に控えていた修道女たちの表情が、みるみる怒りの色に染まっていく。
「えっと…えっと」
本当に慌てふためいて困り果てるキュッリッキに、カステヘルミ皇女は面白そうに笑い声を立てた。
「おおかた、つまみ食いでもしておったのだろう」
愉快そうに言われ、キュッリッキは真っ赤になって俯いた。
「おや?」
カステヘルミ皇女はキュッリッキの背に視線を向け、不快そうに眉を寄せた。
「お前、みっともない翼をお持ちだね。そして虹の光彩を持つもう片方の翼…。もしや数年前に噂になった、召喚スキル〈才能〉を持つあの奇形児か?」
言って修道女たちを振り返る。修道女たちは恐縮しながら汗を浮かべていた。
「さようでございます、殿下」
「本当に虹の光彩を翼にもまとわせているのだな。珍しいものを見た」
そう淡々と言って、カステヘルミ皇女は歩きさってしまった。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します
湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。
そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。
しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。
そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。
この死亡は神様の手違いによるものだった!?
神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。
せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!!
※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

貧乏秀才令嬢がヤサグレ天才少年と、世界の理を揺るがします。
凜
恋愛
貧乏貴族のダリアは、国一番の魔法学校の副首席。首席になりたいのに、その壁はとんでもなくぶあつく…。
ある日謎多き少年シアンと出会い、彼が首席とわかるやいなや強烈な興味を持ち粘着するようになった。
クセの多い登場人物が織りなす、身分、才能、美醜が絡み、陰謀渦巻く魔法学校でのスクールストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる