片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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記憶の残滓編

episode187

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 3種族共に崇める神は2柱で、太陽の女神ソールと、月の男神マーニである。地域によっては性別が異なることもあるが、太陽と月を神格化して崇めることに変わりはない。

 太陽の女神ソールを崇めるこの修道院では、朝食のあとに女神ソールへの祈りの時間がある。これには少女も強制的に参加させられる。そして次は、孤児たちの勉強の時間が昼まで行われていた。

 しかし少女は、この勉強に加えてもらえない。覗くことすら禁止されていた。

 孤児とはいえ、社会へ独り立ちできるように、最低限の読み書きや計算を教えてもらえる。13歳になれば働けるようになるので、孤児たちは13歳になるまでは修道院で育てられ、そして独立していく。

 修道院でいじめられ、嫌われる少女の将来を、心配する者など誰もいない。

 何故なら、少女は実の両親に捨てられ、そのことは惑星ペッコでも、有名な事件として知れ渡っているのである。

 哀れみ、同情する者が1人も現れなかった。アイオン族の種族統一国家イルマタル帝国ですら、少女の引取りを拒否したのだ。

 少女には、レア中のレアとされる召喚スキル〈才能〉がある。召喚スキル〈才能〉を持つ者は、家族ごと国に保護され、裕福な暮らしと安全を、生涯約束されるのだ。それは、3種族共通の取り決めとなっている。にもかかわらず、少女はどこにも引き取られなかった。

 それは全て、少女が片翼の欠陥をもって生まれてきてしまったからである。

「アイオン族は完璧であらねばならない! 欠陥品はクズ同然であり、アイオン族を名乗るのもおこがましいのである。飛ばない鳥を鳥とは言わないであろう!! 予の治める国にそんな欠陥品はいらぬ、アイオン族の面汚しは即刻排除すべし!!」

 皇帝アルファルドが敷いた悪習、40年以上も続いた悪法が撤廃された今も、惑星ペッコに暮らすアイオン族の心に深く根付いている。

 召喚スキル〈才能〉を持って生まれてきた、貴重な存在であるはずなのにだ。

 生まれたばかりの赤子を、死なせるのはさすがに寝覚めが悪かったのだろう。病院から無理矢理押し付けられ、修道院は不承不承引き取ったのだった。

 少女が13歳になれば、堂々と追い出すことができる。

 置いてもらえているだけありがたいと思え。食わせてやっているだけ感謝しろ。それが修道女たちの本音なのだ。

 アイオン族は美醜をとにかく重んじる種族である。惑星ペッコ以外の惑星で暮らすアイオン族はそこまで酷くはないが、本星のアイオン族は貫いていた。

 勉強の時間、少女は薄暗い自分の部屋にいた。そして、仔犬のフェンリルから、色々な言葉を教わっていた。

 教科書も、ノートも、鉛筆も、黒板もない。それでも、少女は新しい言葉を教わると、それだけで楽しかった。

「あるけらに、いこう」

 少女はそう言うと、目を前方に据える。黄緑色の瞳にまといついている虹色の光が、ジワジワと光を強めていった。そして、少女の右側の翼にも散りばめられている虹色の光彩が、同じように強く光った。

 そして少女の意識は、ここではない、別の世界へと飛んでいた。

 少女の意識は、その世界で同じように形となっていく。そして仔犬のフェンリルも、同じように形となって少女に付き従った。

「あそびにきたよー」

 嬉しそうな少女の声に反応して、あちこちから光の玉が現れ、少女の周りを楽しそうに飛び交った。

 柔らかな光と、モコモコとした白い雲が、どこまでも続いていく。

 やがて、ゴツゴツとした岩山と、黒い大きな雲が広がる場所に出た。

「それー」

 少女は目の前に現れた、黒いゴワゴワしたモップのようなものに飛びついた。

「なんじゃあ……いたずらっ子がきたかー」

 黒いモップのようなものが揺れると、あたりに紫電の光が舞い踊る。稲妻だった。

「キャハハッ」

 それを見て、少女は楽しそうに笑い声を上げた。

 無垢な笑顔を浮かべ、明るい笑い声を発する少女は、しかし薄暗い部屋の中で、殺伐とした、乾いた表情を浮かべているだけだった。
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