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記憶の残滓編
episode184
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キュッリッキの過去話『記憶の残滓編』に突入です。
しばらくは明るい雰囲気の場面がなく、重く悲しい場面が続きます。お付き合いください。
**************
到底人の足で登れるほど易くない断崖絶壁の奇岩の上に、みすぼらしい修道院が建てられている。
石を積み上げて作られたその修道院の周囲には、若干の樹木が少ない緑をつけていた。かろうじて命が育める程度の土はあるらしい。
この奇岩の上から眼下を臨むと、平地に草原が大きく広がり、白い羊が草を食んでいる姿が点々と見えるくらいだ。
遮るものがない岩の上は、地上よりも風の威力が強く、また気温も低い。空も雲も手が届きそうな気がするほど、地上よりは空の方に近さを感じるような場所だった。
小さな鐘の音が岩の上に鳴り響き、子供たちの元気な声が鐘の音に重なる。
昼食の時間を知らせる鐘の音だ。
小さな窓がいくつかある薄暗い食堂に、真っ白な子供の姿が粗末なテーブルに並び、元気に皿の中身を啜っていた。
よく見ると、それが服ではなく、白い翼だと気づく。
大きくはないが、鳥が備えているような美しい白い翼。子供たちの背には、折りたたまれた翼が生えている。
アイオン族。
有翼人種と言われる、背に翼を持ち、自由に空を翔ることのできる種族だ。
男女共にそれぞれ美しい容姿を持ち、華奢な身体つきをしているのが特長である。しかし、翼を仕舞ってしまえば、外見ではヴィプネン族と見分けがつかない。
アイオン族の子供たちは、生まれてから翼は常に出しっぱなしで、7歳になると己の意思で自由に出し入れが可能になる。
翼をしまう時は、空気に溶けるようにして掻き消えていく。そして広げるときは背から生えてくるのだ。
とくに背中に翼を仕舞っているような膨らみは見られず、どうやって生えてくるのか、他種族からは不思議がられていた。しかしアイオン族にしてみれば、それが当たり前のことなので、特別気にかけるものなどいない。
この修道院にいる子供たちの年齢は様々だった。まだ7歳にも満たない子供が多く、翼は出しっぱなしになっていたし、7歳以上の子供も出したままでいた。
「おまえ、こっちにくんなよ」
茶色い髪をした少年が、隣に座る金髪の少女の足を蹴った。
裸足でも蹴られれば痛い。少女は鈍い痛みに、僅かに顔を歪めた。
「さっさと食って、あっちいっちゃえー!」
そうだそうだ、と、テーブルのあちこちで声が上がる。
「お食事の時は、静かになさい」
老いた修道女がやんわりと嗜めると、だって先生、と不満の声が返される。
「こいつボクの隣に座るんだよ。感染っちゃうじゃないか」
本気で嫌そうな顔をする少年の肩に、修道女はそっと手を置いた。
「大丈夫ですよ。病気ではないのですから」
少年の心配をぬぐい去るような、温かな笑みを浮かべる。しかし、少女に向けられる目には、厄介者を見るような、労りの欠片もない色があからさまに浮かんでいた。
「早く食事をすませて、部屋へお行きなさい」
そっけなく修道女から言われると、少女は皿に残るスープを急いで口に入れて、飲み込む前に椅子を降りた。
食事が終わったら、手を合わせて「ごちそうさま」と挨拶をしなければならないのだが、それをしなかった少女を誰も咎めなかった。
「早く出て行け」
食堂にいる全ての者の目がそう語っていた。
しばらくは明るい雰囲気の場面がなく、重く悲しい場面が続きます。お付き合いください。
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到底人の足で登れるほど易くない断崖絶壁の奇岩の上に、みすぼらしい修道院が建てられている。
石を積み上げて作られたその修道院の周囲には、若干の樹木が少ない緑をつけていた。かろうじて命が育める程度の土はあるらしい。
この奇岩の上から眼下を臨むと、平地に草原が大きく広がり、白い羊が草を食んでいる姿が点々と見えるくらいだ。
遮るものがない岩の上は、地上よりも風の威力が強く、また気温も低い。空も雲も手が届きそうな気がするほど、地上よりは空の方に近さを感じるような場所だった。
小さな鐘の音が岩の上に鳴り響き、子供たちの元気な声が鐘の音に重なる。
昼食の時間を知らせる鐘の音だ。
小さな窓がいくつかある薄暗い食堂に、真っ白な子供の姿が粗末なテーブルに並び、元気に皿の中身を啜っていた。
よく見ると、それが服ではなく、白い翼だと気づく。
大きくはないが、鳥が備えているような美しい白い翼。子供たちの背には、折りたたまれた翼が生えている。
アイオン族。
有翼人種と言われる、背に翼を持ち、自由に空を翔ることのできる種族だ。
男女共にそれぞれ美しい容姿を持ち、華奢な身体つきをしているのが特長である。しかし、翼を仕舞ってしまえば、外見ではヴィプネン族と見分けがつかない。
アイオン族の子供たちは、生まれてから翼は常に出しっぱなしで、7歳になると己の意思で自由に出し入れが可能になる。
翼をしまう時は、空気に溶けるようにして掻き消えていく。そして広げるときは背から生えてくるのだ。
とくに背中に翼を仕舞っているような膨らみは見られず、どうやって生えてくるのか、他種族からは不思議がられていた。しかしアイオン族にしてみれば、それが当たり前のことなので、特別気にかけるものなどいない。
この修道院にいる子供たちの年齢は様々だった。まだ7歳にも満たない子供が多く、翼は出しっぱなしになっていたし、7歳以上の子供も出したままでいた。
「おまえ、こっちにくんなよ」
茶色い髪をした少年が、隣に座る金髪の少女の足を蹴った。
裸足でも蹴られれば痛い。少女は鈍い痛みに、僅かに顔を歪めた。
「さっさと食って、あっちいっちゃえー!」
そうだそうだ、と、テーブルのあちこちで声が上がる。
「お食事の時は、静かになさい」
老いた修道女がやんわりと嗜めると、だって先生、と不満の声が返される。
「こいつボクの隣に座るんだよ。感染っちゃうじゃないか」
本気で嫌そうな顔をする少年の肩に、修道女はそっと手を置いた。
「大丈夫ですよ。病気ではないのですから」
少年の心配をぬぐい去るような、温かな笑みを浮かべる。しかし、少女に向けられる目には、厄介者を見るような、労りの欠片もない色があからさまに浮かんでいた。
「早く食事をすませて、部屋へお行きなさい」
そっけなく修道女から言われると、少女は皿に残るスープを急いで口に入れて、飲み込む前に椅子を降りた。
食事が終わったら、手を合わせて「ごちそうさま」と挨拶をしなければならないのだが、それをしなかった少女を誰も咎めなかった。
「早く出て行け」
食堂にいる全ての者の目がそう語っていた。
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