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混迷の遺跡編
episode183
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キュッリッキは目を覚ました。目に飛び込んできた暗闇に、何度か目を瞬かせる。
(どこかな…ここ…)
暗闇に目も慣れてきて、ぼんやりと視線の先を見つめた。
見上げているそれがベッドの天蓋だと気づくのには、時間がかかった。生まれて初めて目にするもので、天蓋の向こうに窓のようなものが見えたので、それが天蓋だと気づいた。
何故天蓋がつくようなベッドに寝ているのだろうと、疑問が頭をもたげる。そういうベッドは、お金持ちが寝るものと認識しているからだ。そして左側に人の気配がして首を向けると、キュッリッキは悲鳴をあげそうになって、慌ててそれを飲み込んだ。
ベルトルドが寝ているのである。
(えっ? えっ?? なんでここに!?)
右側を見ると、数人横に寝ても余りあるくらいのスペースがある。もう一度左側を見ると、やはり大人2人分のスペースに、ベルトルドが寝ているのだ。
(えっと……えっとお…)
キュッリッキは必死で考えた。
アルイールのエグザイル・システムのところで、一度目が覚めた。そしてベルトルドが何かを言っていたが、キュッリッキは覚えていなかった。なので、自分がどこでこうして寝ているのかが判らない。
忙しく頭の中が回転するが、さっぱり判らない。やがて考えるのが面倒になり、ひっそりとため息が漏れた。
今の気分はとても落ち着いていて、あれだけ苦しかった熱もひいている気がした。とくに苦しくはない。
迫り来る無言の恐怖と命の危険に晒されながら、それは必死に手を尽くした医者たちの、必死の治療の賜物であることは知らない。
改めて左側に眠るベルトルドに顔を向ける。
身体をキュッリッキのほうへ向けたまま、ぐっすりと眠っていた。寝息も規則正しく、なんとも無防備な寝顔。
動く左手を恐る恐る伸ばし、そっと前髪を指で揺らしてみる。
サラサラとした感触がくすぐったくて、でもそれで起きるんじゃないかと、慌てて手を引っ込めた。しかしベルトルドは目を開けなかった。
スヤスヤと眠るベルトルドの顔を、まじまじと見つめる。
こうして間近に見ても、聞いていた年齢よりずっと若く見える。アルカネットの柔和で優しげな面立ちとは正反対に、挑発的で強気が常に押し出されたような面立ち。ライオン傭兵団の仲間たちに言わせると「歩く傲岸不遜」だそうだが、それに同意出来るほど、付き合いは深くない。
まだ出会って日も浅い。知らないことのほうが多いのだ。
とても偉くて忙しい人だということは判る。その彼が、怪我をした自分のために駆けつけてくれた。そしてとても大切にしてくれる。
何故だろう。
考えるまでもなく、答えはすぐに出た。
自分が珍しい、レアスキル〈才能〉を持つ召喚士だからだ。
これまでずっと知らなかったことだが、召喚は国が保護するほど貴重なスキル〈才能〉なのだそうだ。同じように召喚スキル〈才能〉を持つ者は、大切に国に保護され、貴族のような暮らしをしているという。
それも、家族ごと召し上げられるのだ。
でも、とキュッリッキは思う。
(アタシは捨てられた。――家族から)
悲しみと共に脳裏に蘇ってくる、冷たい石の感触。
全身が渇くほど、欲した親の愛情。
キュッリッキの黄緑色の瞳は天蓋を通り抜け、幼いあの頃の、薄汚い惨めな自分の姿を視ていた。
******
混迷の遺跡編終わります。次回から、記憶の残滓編始まります。
キュッリッキの幼い頃のお話となります。よろしくお願いします。
(どこかな…ここ…)
暗闇に目も慣れてきて、ぼんやりと視線の先を見つめた。
見上げているそれがベッドの天蓋だと気づくのには、時間がかかった。生まれて初めて目にするもので、天蓋の向こうに窓のようなものが見えたので、それが天蓋だと気づいた。
何故天蓋がつくようなベッドに寝ているのだろうと、疑問が頭をもたげる。そういうベッドは、お金持ちが寝るものと認識しているからだ。そして左側に人の気配がして首を向けると、キュッリッキは悲鳴をあげそうになって、慌ててそれを飲み込んだ。
ベルトルドが寝ているのである。
(えっ? えっ?? なんでここに!?)
右側を見ると、数人横に寝ても余りあるくらいのスペースがある。もう一度左側を見ると、やはり大人2人分のスペースに、ベルトルドが寝ているのだ。
(えっと……えっとお…)
キュッリッキは必死で考えた。
アルイールのエグザイル・システムのところで、一度目が覚めた。そしてベルトルドが何かを言っていたが、キュッリッキは覚えていなかった。なので、自分がどこでこうして寝ているのかが判らない。
忙しく頭の中が回転するが、さっぱり判らない。やがて考えるのが面倒になり、ひっそりとため息が漏れた。
今の気分はとても落ち着いていて、あれだけ苦しかった熱もひいている気がした。とくに苦しくはない。
迫り来る無言の恐怖と命の危険に晒されながら、それは必死に手を尽くした医者たちの、必死の治療の賜物であることは知らない。
改めて左側に眠るベルトルドに顔を向ける。
身体をキュッリッキのほうへ向けたまま、ぐっすりと眠っていた。寝息も規則正しく、なんとも無防備な寝顔。
動く左手を恐る恐る伸ばし、そっと前髪を指で揺らしてみる。
サラサラとした感触がくすぐったくて、でもそれで起きるんじゃないかと、慌てて手を引っ込めた。しかしベルトルドは目を開けなかった。
スヤスヤと眠るベルトルドの顔を、まじまじと見つめる。
こうして間近に見ても、聞いていた年齢よりずっと若く見える。アルカネットの柔和で優しげな面立ちとは正反対に、挑発的で強気が常に押し出されたような面立ち。ライオン傭兵団の仲間たちに言わせると「歩く傲岸不遜」だそうだが、それに同意出来るほど、付き合いは深くない。
まだ出会って日も浅い。知らないことのほうが多いのだ。
とても偉くて忙しい人だということは判る。その彼が、怪我をした自分のために駆けつけてくれた。そしてとても大切にしてくれる。
何故だろう。
考えるまでもなく、答えはすぐに出た。
自分が珍しい、レアスキル〈才能〉を持つ召喚士だからだ。
これまでずっと知らなかったことだが、召喚は国が保護するほど貴重なスキル〈才能〉なのだそうだ。同じように召喚スキル〈才能〉を持つ者は、大切に国に保護され、貴族のような暮らしをしているという。
それも、家族ごと召し上げられるのだ。
でも、とキュッリッキは思う。
(アタシは捨てられた。――家族から)
悲しみと共に脳裏に蘇ってくる、冷たい石の感触。
全身が渇くほど、欲した親の愛情。
キュッリッキの黄緑色の瞳は天蓋を通り抜け、幼いあの頃の、薄汚い惨めな自分の姿を視ていた。
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混迷の遺跡編終わります。次回から、記憶の残滓編始まります。
キュッリッキの幼い頃のお話となります。よろしくお願いします。
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