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混迷の遺跡編
episode161
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メルヴィンとウリヤスを病室から文字通り追い出すと、アルカネットはベッドの傍らに立ち、落ち着いて眠るキュッリッキを見おろした。
ついさっきまで、ザカリーを殺そうとしていた冷徹な表情は消え去り、切なさと愛おしさが入り混じった表情で、キュッリッキを見つめていた。
病室に灯りはなく、窓から差し込む月明かりのみ。
枕元にいるフェンリルは、小さな身体を丸めて眠っている。
半開きの窓からは外の喧騒と、時折緩やかな風が流れ込んで、レースのカーテンをそっと揺らしていった。
どのくらいそうしていたのか、ふいにアルカネットは何事かを短く呟いた。しかしそれは声には出ず、唇が僅かに動いただけだった。
柔和な面差しに、たとえようもない悲しい表情が浮かぶ。感情がこみ上げてきたように瞳が揺れ動いた。
アルカネットは上半身をかがめると、静かな寝息をたてる唇に、そっと口づけた。
「リッキーさん…あなたを愛していますよ。深く、深く…」
小さな左手を取り、手の甲を自分の頬に押し当てる。
「あなたを危険に晒す者、危害を加える者、全て私が排除して差し上げます」
アルカネットは椅子に座ると、ベッドに両肘をついた。そして、キュッリッキの手の甲にもキスをする。
「この苦しみも、痛みも、私が変わっあげられたら、どんなにいいでしょう…」
細かな経緯は判らないが、あれだけの大怪我だ。さぞ恐ろしい目に遭ったのだろう。心も深く傷ついたに違いない。
(アルカネット)
そこへ、ベルトルドの念話が届き、アルカネットは僅かに眉をしかめる。
(どうかなさいましたか?)
(リッキーの具合はどうだ? 今どうしている?)
イライラとまくし立ててきて、どんな表情で念話を飛ばしているか、嫌でも目に浮かんでくる。アルカネットは小さく嘆息した。
(術後意識を取り戻しましたが、怪我を負った時のことを思い出して取り乱したので、薬を与えて、今はぐっすりと眠っていますよ)
(そうか…。さぞ怖い思いをしたのだろうな)
(ええ、可哀想に。こんなに酷い怪我をして…小さな身体に、惨いことです)
(うむ)
何かに思いを馳せているのか、しばし念話が止む。
(それで、如何なさいましたか?)
(あ、ああ。連絡事項だ。ソレルの首都アルイールの制圧が終わり、そのイソラという町に近い漁港に、正規軍の軍艦を一隻寄越した。明日俺もそちらに合流するから、リッキーをイララクスまで運ぶぞ)
(そういえば、アルイールとの往復に、汽車がありませんでしたね。ステーションのある所までは、かなり距離がありますし)
(辺鄙なところにある町だしな。エグザイル・システムを使わないと、イララクスまで帰還するのに、どえらい日数がかかってしまう。アルイールまでの移動用だ)
(……一隻転移させたんですか)
(おかげで死ぬほど疲れた!)
(そうでしょうね…)
空間転移能力は、物凄い精神力を必要とするらしい。自身を飛ばす分には大したことはないが、軍艦のような大型艦を転移させたため、呆れるほどの精神力を使い果たしたようだった。それでもこれだけ元気な念話が飛んでくるくらいだ、有り余りすぎである。
(俺は昼には到着する予定だ)
(判りました)
(それと、お前には仕事だ)
(は?)
(シ・アティウスを連れて、もう一度ナルバ山の遺跡へ向かえ。どうやら、アレの正体が判ったらしい)
(…ふむ)
(リッキーのことは、俺に任せておけ)
自信満々に言うベルトルドに、アルカネットはたっぷり間を空けたあと、
(心配です)
そう、キッパリと答えた。当然、念話の向こうでギャースカ喚き立てている。
(用件はそれだけでしょうか。私も魔法の使いすぎで疲れていますから、そろそろ寝かせてください)
(ぐぬぬぬぬ)
(それでは、おやすみなさい)
まだ何か言いたそうなベルトルドの念話をぷっつり切ると、アルカネットは本当に疲れた顔で息を吐き出した。
ついさっきまで、ザカリーを殺そうとしていた冷徹な表情は消え去り、切なさと愛おしさが入り混じった表情で、キュッリッキを見つめていた。
病室に灯りはなく、窓から差し込む月明かりのみ。
枕元にいるフェンリルは、小さな身体を丸めて眠っている。
半開きの窓からは外の喧騒と、時折緩やかな風が流れ込んで、レースのカーテンをそっと揺らしていった。
どのくらいそうしていたのか、ふいにアルカネットは何事かを短く呟いた。しかしそれは声には出ず、唇が僅かに動いただけだった。
柔和な面差しに、たとえようもない悲しい表情が浮かぶ。感情がこみ上げてきたように瞳が揺れ動いた。
アルカネットは上半身をかがめると、静かな寝息をたてる唇に、そっと口づけた。
「リッキーさん…あなたを愛していますよ。深く、深く…」
小さな左手を取り、手の甲を自分の頬に押し当てる。
「あなたを危険に晒す者、危害を加える者、全て私が排除して差し上げます」
アルカネットは椅子に座ると、ベッドに両肘をついた。そして、キュッリッキの手の甲にもキスをする。
「この苦しみも、痛みも、私が変わっあげられたら、どんなにいいでしょう…」
細かな経緯は判らないが、あれだけの大怪我だ。さぞ恐ろしい目に遭ったのだろう。心も深く傷ついたに違いない。
(アルカネット)
そこへ、ベルトルドの念話が届き、アルカネットは僅かに眉をしかめる。
(どうかなさいましたか?)
(リッキーの具合はどうだ? 今どうしている?)
イライラとまくし立ててきて、どんな表情で念話を飛ばしているか、嫌でも目に浮かんでくる。アルカネットは小さく嘆息した。
(術後意識を取り戻しましたが、怪我を負った時のことを思い出して取り乱したので、薬を与えて、今はぐっすりと眠っていますよ)
(そうか…。さぞ怖い思いをしたのだろうな)
(ええ、可哀想に。こんなに酷い怪我をして…小さな身体に、惨いことです)
(うむ)
何かに思いを馳せているのか、しばし念話が止む。
(それで、如何なさいましたか?)
(あ、ああ。連絡事項だ。ソレルの首都アルイールの制圧が終わり、そのイソラという町に近い漁港に、正規軍の軍艦を一隻寄越した。明日俺もそちらに合流するから、リッキーをイララクスまで運ぶぞ)
(そういえば、アルイールとの往復に、汽車がありませんでしたね。ステーションのある所までは、かなり距離がありますし)
(辺鄙なところにある町だしな。エグザイル・システムを使わないと、イララクスまで帰還するのに、どえらい日数がかかってしまう。アルイールまでの移動用だ)
(……一隻転移させたんですか)
(おかげで死ぬほど疲れた!)
(そうでしょうね…)
空間転移能力は、物凄い精神力を必要とするらしい。自身を飛ばす分には大したことはないが、軍艦のような大型艦を転移させたため、呆れるほどの精神力を使い果たしたようだった。それでもこれだけ元気な念話が飛んでくるくらいだ、有り余りすぎである。
(俺は昼には到着する予定だ)
(判りました)
(それと、お前には仕事だ)
(は?)
(シ・アティウスを連れて、もう一度ナルバ山の遺跡へ向かえ。どうやら、アレの正体が判ったらしい)
(…ふむ)
(リッキーのことは、俺に任せておけ)
自信満々に言うベルトルドに、アルカネットはたっぷり間を空けたあと、
(心配です)
そう、キッパリと答えた。当然、念話の向こうでギャースカ喚き立てている。
(用件はそれだけでしょうか。私も魔法の使いすぎで疲れていますから、そろそろ寝かせてください)
(ぐぬぬぬぬ)
(それでは、おやすみなさい)
まだ何か言いたそうなベルトルドの念話をぷっつり切ると、アルカネットは本当に疲れた顔で息を吐き出した。
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