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混迷の遺跡編
episode158
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薬が効いてきて、キュッリッキは重くなった瞼をゆっくり閉じた。
それまでずっとアルカネットにすがって、喉を嗄らすまでザカリーの嘆願をやめようとはしなかったのだ。
アルカネットは何もしない、約束すると何度も言い含めたが、キュッリッキは信じようとはせず食い下がった。身体を起こそうとし、動く左手でマントを掴み、泣きながら必死に訴えた。
手術をしたばかりの身体を、無理矢理動かしすぎたせいで傷口が開きかかり、包帯にじわりと血が滲みだした。さすがに見かねたウリヤスは激怒し、アルカネットを叱り飛ばす場面も登場して、カーティスとメルヴィンは肝が冷えるほど仰天した。
止血のために回復魔法をかけ、ウリヤスとアルカネットの二人がかりで新しい包帯を巻き直し、その間に薬の効果でキュッリッキはおとなしくなり眠った。
ウリヤスはヤレヤレ、と首を振って腰のあたりを叩いた。
「術後の患者を興奮させてどうするね」
「…すみません。配慮が足りませんでした」
アルカネットは申し訳なさそうに、何度も何度もキュッリッキの頭をそっと撫でていた。フェンリルも落ち着かなさそうに枕元で足踏みしていたが、やがて寄り添うようにして丸くなった。
「メルヴィン、彼女についていてください。私が戻るまで」
「は、はい」
「フェンリルも頼みましたよ」
フェンリルはアルカネットに目を向けて、小さく喉を鳴らした。
「ウリヤスさん、容態が急変したら報せてください」
「しっかり看ておくよ」
ウリヤスに丁寧に会釈すると、頭を上げたアルカネットの顔からは、一切の優しさも穏やかさもなくなり、剣呑な表情だけが浮かんでいた。
「ザカリーはどこですか? 案内しなさい、カーティス」
銀砂をまいたように夜空を埋め尽くす星星と柔らかな光を放つ月は、夜の闇に落ちた地上を優しい光で照らしていた。
柵にもたれかかってぼんやりと空を見上げていたザカリーは、真っ直ぐ叩きつけられるような殺気に、ビクリと肩を震わせた。
病院の建物を背に、アルカネットが佇み、ザカリーのほうを向いている。
逆光になっているのでその表情は陰っているが、ザカリーの視力はその表情も易易と見通せる。柔和な顔には、明らかな殺意が満ちていて、それが全身を包み込んでいた。
優しい顔立ちだけに、その物騒な殺気とのギャップがより恐ろしい。
おいでなすった、とザカリーは思った。
建物の外に居ても感じていたアルカネットの殺気。今度の件は明らかに自分の咎だ。アルカネットもそう思っているからこそ、自分に向けられる凄まじいまでの殺意。
それが判っていても、弁明する気もなければ釈明する気もない。
「アルカネットさん、今回のことはどうか」
追いすがったカーティスは、何かに身体を弾かれ後方へ吹っ飛んだ。カーティスは背中を地面に打ち付け、一瞬息が詰まって表情を歪ませる。
血相を変えたマーゴットが駆け寄って、そっとカーティスを起こし支えた。
「あなたになにもするなと、傷ついた小さな身体で、彼女は必死にすがってきました。自分が悪いのだと言って」
ザカリーの顔がハッとなる。
「彼女があんな思いを味わうきっかけを作ったあなたを、私は許すつもりはないのですよ、ザカリー」
冷たい響きを含んで言い放ち、アルカネットはゆっくりと手を上げる。
「彼女に許される資格などないのです」
ザカリーに向かって掌が向けられた。
それまでずっとアルカネットにすがって、喉を嗄らすまでザカリーの嘆願をやめようとはしなかったのだ。
アルカネットは何もしない、約束すると何度も言い含めたが、キュッリッキは信じようとはせず食い下がった。身体を起こそうとし、動く左手でマントを掴み、泣きながら必死に訴えた。
手術をしたばかりの身体を、無理矢理動かしすぎたせいで傷口が開きかかり、包帯にじわりと血が滲みだした。さすがに見かねたウリヤスは激怒し、アルカネットを叱り飛ばす場面も登場して、カーティスとメルヴィンは肝が冷えるほど仰天した。
止血のために回復魔法をかけ、ウリヤスとアルカネットの二人がかりで新しい包帯を巻き直し、その間に薬の効果でキュッリッキはおとなしくなり眠った。
ウリヤスはヤレヤレ、と首を振って腰のあたりを叩いた。
「術後の患者を興奮させてどうするね」
「…すみません。配慮が足りませんでした」
アルカネットは申し訳なさそうに、何度も何度もキュッリッキの頭をそっと撫でていた。フェンリルも落ち着かなさそうに枕元で足踏みしていたが、やがて寄り添うようにして丸くなった。
「メルヴィン、彼女についていてください。私が戻るまで」
「は、はい」
「フェンリルも頼みましたよ」
フェンリルはアルカネットに目を向けて、小さく喉を鳴らした。
「ウリヤスさん、容態が急変したら報せてください」
「しっかり看ておくよ」
ウリヤスに丁寧に会釈すると、頭を上げたアルカネットの顔からは、一切の優しさも穏やかさもなくなり、剣呑な表情だけが浮かんでいた。
「ザカリーはどこですか? 案内しなさい、カーティス」
銀砂をまいたように夜空を埋め尽くす星星と柔らかな光を放つ月は、夜の闇に落ちた地上を優しい光で照らしていた。
柵にもたれかかってぼんやりと空を見上げていたザカリーは、真っ直ぐ叩きつけられるような殺気に、ビクリと肩を震わせた。
病院の建物を背に、アルカネットが佇み、ザカリーのほうを向いている。
逆光になっているのでその表情は陰っているが、ザカリーの視力はその表情も易易と見通せる。柔和な顔には、明らかな殺意が満ちていて、それが全身を包み込んでいた。
優しい顔立ちだけに、その物騒な殺気とのギャップがより恐ろしい。
おいでなすった、とザカリーは思った。
建物の外に居ても感じていたアルカネットの殺気。今度の件は明らかに自分の咎だ。アルカネットもそう思っているからこそ、自分に向けられる凄まじいまでの殺意。
それが判っていても、弁明する気もなければ釈明する気もない。
「アルカネットさん、今回のことはどうか」
追いすがったカーティスは、何かに身体を弾かれ後方へ吹っ飛んだ。カーティスは背中を地面に打ち付け、一瞬息が詰まって表情を歪ませる。
血相を変えたマーゴットが駆け寄って、そっとカーティスを起こし支えた。
「あなたになにもするなと、傷ついた小さな身体で、彼女は必死にすがってきました。自分が悪いのだと言って」
ザカリーの顔がハッとなる。
「彼女があんな思いを味わうきっかけを作ったあなたを、私は許すつもりはないのですよ、ザカリー」
冷たい響きを含んで言い放ち、アルカネットはゆっくりと手を上げる。
「彼女に許される資格などないのです」
ザカリーに向かって掌が向けられた。
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