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混迷の遺跡編
episode153
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晴天に恵まれた湿度の高い朝、天地に鳴り響くほどの獣の咆哮が、静かな町全体を飲み込んだ。
何事かと町民は起き出し家屋の外に出ると、そこにありえないものを見て仰天した。
イソラの町の外は、だだっ広い草原と、東に海が見えるだけの静かなところだ。1時間ほど歩けば小さな漁港に出る。それ以外は遠くにナルバ山が見えるくらいで、遮るものは何もない。
そんな長閑な草原に、天に届くほどの巨大な白銀の狼が佇み、町を睥睨しているのだ。
「ありゃよ……どう見ても行方不明だった、フェンリルじゃね」
ギャリーは傍らのブルニタルに視線を向ける。
「確かにそうですね。ちょっと大きすぎますが、フェンリルでしょう」
フェンリルは牙もむいていないし、威嚇もしていなかったが、その冷たいまでの水色の瞳は、ひたとライオン傭兵団のメンバーへ向けられている。
ランドンはキュッリッキにつきっきり、ルーファスは死んだように眠っており、3人を残して全員外に出ていた。町民たちと同じく、咆哮で起こされたのだ。
「原因は判りませんが、復活してきたんでしょう。しかしキューリさんが臥せっている状態なので、どうしましょうねえ…」
やや寝ぼけ眼でフェンリルを眺め、カーティスは困ったように首を傾げた。足元に座るヴァルトが大あくびをする。
遺跡の中でキュッリッキを見つけたとき、フェンリルの姿はなかった。姿を見えなくしているのかと思っていたが、瀕死の状態のキュッリッキを前にしても現れないので、どうしたのかと思っていたのだが。まさか今になって、姿を現したかと思えば、天にも届く大きさである。
「取り敢えず、オレが話に行ってみましょうか? 言葉、通じますよね?」
メルヴィンが名乗りをあげると、一同揃って首を縦に振った。
「任せましたよ!」
軽く顎を引いてメルヴィンが一歩踏み出すと、巨大なフェンリルの顔の横に、人影がひらりと舞い降り空中で止まった。
誰だろうとその人影の姿を凝視して、ライオン傭兵団一同の顔が、血の気がひいていくように恐怖に青冷め始めた。
距離は離れているが、見間違いようがない。
綺麗な紫色の髪、柔和な面差し、すらりとした長身の男。
ベルトルド邸の執事、アルカネットだ。
――ついに来た!
来るのは判っていたが、実際来ると恐ろしい。何故なら、ベルトルドとアルカネットが溺愛しているだろうことが丸判りのキュッリッキを、瀕死の重症状態にしてしまったのである。怪我をさせたのは自分たちではないが、責任の重さは感じている。
恐怖の説教が飛んでくることを想像して、みんな情けないほど縮こまった。
「ん? おい、ありゃ…」
ザカリーが驚いて説明すると、カーティスとシビルはギョッと目を剥いた。
人間を唆した黄金の蛇と、人間が知恵を授かる黄金の林檎が刺繍されたケープ、黒衣の軍服。ハワドウレ皇国特殊部隊の一つである魔法部隊(ビリエル)の軍服を着ているというのだ。魔法部隊(ビリエル)の軍服は、特別なデザインになっていて判りやすい。
ケープの裏地は深紅、部隊の長官をあらわす色である。遠目からでも黒と赤のコントラストは、はっきりと見えていた。
「な…なんであの方が、魔法部隊(ビリエル)の軍服を着用しているんでしょう」
カーティスの呟きに、答えられる者はいなかった。
何事かと町民は起き出し家屋の外に出ると、そこにありえないものを見て仰天した。
イソラの町の外は、だだっ広い草原と、東に海が見えるだけの静かなところだ。1時間ほど歩けば小さな漁港に出る。それ以外は遠くにナルバ山が見えるくらいで、遮るものは何もない。
そんな長閑な草原に、天に届くほどの巨大な白銀の狼が佇み、町を睥睨しているのだ。
「ありゃよ……どう見ても行方不明だった、フェンリルじゃね」
ギャリーは傍らのブルニタルに視線を向ける。
「確かにそうですね。ちょっと大きすぎますが、フェンリルでしょう」
フェンリルは牙もむいていないし、威嚇もしていなかったが、その冷たいまでの水色の瞳は、ひたとライオン傭兵団のメンバーへ向けられている。
ランドンはキュッリッキにつきっきり、ルーファスは死んだように眠っており、3人を残して全員外に出ていた。町民たちと同じく、咆哮で起こされたのだ。
「原因は判りませんが、復活してきたんでしょう。しかしキューリさんが臥せっている状態なので、どうしましょうねえ…」
やや寝ぼけ眼でフェンリルを眺め、カーティスは困ったように首を傾げた。足元に座るヴァルトが大あくびをする。
遺跡の中でキュッリッキを見つけたとき、フェンリルの姿はなかった。姿を見えなくしているのかと思っていたが、瀕死の状態のキュッリッキを前にしても現れないので、どうしたのかと思っていたのだが。まさか今になって、姿を現したかと思えば、天にも届く大きさである。
「取り敢えず、オレが話に行ってみましょうか? 言葉、通じますよね?」
メルヴィンが名乗りをあげると、一同揃って首を縦に振った。
「任せましたよ!」
軽く顎を引いてメルヴィンが一歩踏み出すと、巨大なフェンリルの顔の横に、人影がひらりと舞い降り空中で止まった。
誰だろうとその人影の姿を凝視して、ライオン傭兵団一同の顔が、血の気がひいていくように恐怖に青冷め始めた。
距離は離れているが、見間違いようがない。
綺麗な紫色の髪、柔和な面差し、すらりとした長身の男。
ベルトルド邸の執事、アルカネットだ。
――ついに来た!
来るのは判っていたが、実際来ると恐ろしい。何故なら、ベルトルドとアルカネットが溺愛しているだろうことが丸判りのキュッリッキを、瀕死の重症状態にしてしまったのである。怪我をさせたのは自分たちではないが、責任の重さは感じている。
恐怖の説教が飛んでくることを想像して、みんな情けないほど縮こまった。
「ん? おい、ありゃ…」
ザカリーが驚いて説明すると、カーティスとシビルはギョッと目を剥いた。
人間を唆した黄金の蛇と、人間が知恵を授かる黄金の林檎が刺繍されたケープ、黒衣の軍服。ハワドウレ皇国特殊部隊の一つである魔法部隊(ビリエル)の軍服を着ているというのだ。魔法部隊(ビリエル)の軍服は、特別なデザインになっていて判りやすい。
ケープの裏地は深紅、部隊の長官をあらわす色である。遠目からでも黒と赤のコントラストは、はっきりと見えていた。
「な…なんであの方が、魔法部隊(ビリエル)の軍服を着用しているんでしょう」
カーティスの呟きに、答えられる者はいなかった。
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