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混迷の遺跡編
episode134
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花崗岩で作られた神殿には、どこにも窓がない。もっとも山中を掘った空洞の中に建てられているのだから、明かりなど射すはずもなかった。
調査に入ったみんなの話では、だだっ広い長方形のような、一つの長い部屋しかないと言っていた。それなのに、地震の直後一瞬にして様変わりしてしまった。あちこちを石の壁で区切られ、大小様々な部屋ができ、通路の壁に据えられた篝には、小さな灯りが点っているのだ。
壁には幾何学模様のようなレリーフが埋め込まれ、カビ臭さは一切なく、石はじっとりと冷気を含んで湿っていた。
その中を、キュッリッキは闇雲に走り、逃げ回った。時折石畳の切れ目に足を取られそうになるが、たたらを踏みながらも転ばずひたすら走った。
怪物は追いかけっこを愉しむかのように、わざとキュッリッキとの距離を取って追いかけている。明らかに遊んでいた。
怪物のそんな様子にも気づかず、キュッリッキの頭の中は混乱してぐちゃぐちゃだった。急にフェンリルは消える、アルケラが視えなくなる、召喚が使えない、神殿の中は複雑構造で出口がわからない、見たこともない怪物に追いかけられている。
パニックに陥っていた。
こんなことは初めてだった。
フェンリルが初めてキュッリッキの元へ来た時から、一度も消えることなくずっとそばにいてくれたのだ。それに当たり前のように視えていたアルケラが、視えなくなるなんてことも今までなかった。
(どうしよう、どうしよう)
キュッリッキの強みは、無敵の住人たちを召喚する事なのに。それができないということは、今のキュッリッキは、ただの無力な女の子だ。
心の中に、どんどん不安と恐怖が広がっていく。どうしていいか判らず、涙が溢れて視界を曇らせた。
ついさっきまでザカリーと喧嘩をしていたことなんて、頭の中から完全に吹き飛んでいた。
怪物はゆっくりとだが、確実にキュッリッキを追いかけてきていた。獲物を追い詰め、弄ぶかのように。それがキュッリッキの精神を、より追い詰めていく。
大きく開けた明るい場所に出て、そこで石畳に滑って転びそうになる。前につんのめり倒れそうになったところを、追いついてきた怪物に激しく背中を強打された。
「うぐっ」
数メートルほど吹っ飛ばされ、石畳に打ち付けた肩から背中で滑るように落ち、息が詰まった。全身に痛みが走って小さく呻く。
逃げるために急いで起き上がろうとするが、思うように身体が動かない。意志とは裏腹に、手足に力が入らないのだ。急に全力で走ったこともあり、筋肉が震えている。
大きく息を吸い込むと胸が軋んだ。肋骨にヒビでも入ったのだろうか。痛みで一瞬視界がぐらりと揺れた。
(逃げ…なきゃ)
か細い腕に力をこめて、それでも身体を起こして立ち上がろうとするが、すでに怪物は目の前に立っていた。
足元の小さな獲物が逃げられないことを悟ったように、裂けた口がイヤラシく歪んで広がった。どす黒い長い舌が牙の隙間から垂れ落ち、鼻を塞ぎたくなるほどの異臭を含んだ唾液が床に滴り落ちた。
(誰か……)
痛みと恐怖で涙が止まらなかった。
(お願い…誰か、助けて……)
怪物は目を細めると、鋭い爪を備えた前脚を上げ、勢いをつけて振り下ろした。
調査に入ったみんなの話では、だだっ広い長方形のような、一つの長い部屋しかないと言っていた。それなのに、地震の直後一瞬にして様変わりしてしまった。あちこちを石の壁で区切られ、大小様々な部屋ができ、通路の壁に据えられた篝には、小さな灯りが点っているのだ。
壁には幾何学模様のようなレリーフが埋め込まれ、カビ臭さは一切なく、石はじっとりと冷気を含んで湿っていた。
その中を、キュッリッキは闇雲に走り、逃げ回った。時折石畳の切れ目に足を取られそうになるが、たたらを踏みながらも転ばずひたすら走った。
怪物は追いかけっこを愉しむかのように、わざとキュッリッキとの距離を取って追いかけている。明らかに遊んでいた。
怪物のそんな様子にも気づかず、キュッリッキの頭の中は混乱してぐちゃぐちゃだった。急にフェンリルは消える、アルケラが視えなくなる、召喚が使えない、神殿の中は複雑構造で出口がわからない、見たこともない怪物に追いかけられている。
パニックに陥っていた。
こんなことは初めてだった。
フェンリルが初めてキュッリッキの元へ来た時から、一度も消えることなくずっとそばにいてくれたのだ。それに当たり前のように視えていたアルケラが、視えなくなるなんてことも今までなかった。
(どうしよう、どうしよう)
キュッリッキの強みは、無敵の住人たちを召喚する事なのに。それができないということは、今のキュッリッキは、ただの無力な女の子だ。
心の中に、どんどん不安と恐怖が広がっていく。どうしていいか判らず、涙が溢れて視界を曇らせた。
ついさっきまでザカリーと喧嘩をしていたことなんて、頭の中から完全に吹き飛んでいた。
怪物はゆっくりとだが、確実にキュッリッキを追いかけてきていた。獲物を追い詰め、弄ぶかのように。それがキュッリッキの精神を、より追い詰めていく。
大きく開けた明るい場所に出て、そこで石畳に滑って転びそうになる。前につんのめり倒れそうになったところを、追いついてきた怪物に激しく背中を強打された。
「うぐっ」
数メートルほど吹っ飛ばされ、石畳に打ち付けた肩から背中で滑るように落ち、息が詰まった。全身に痛みが走って小さく呻く。
逃げるために急いで起き上がろうとするが、思うように身体が動かない。意志とは裏腹に、手足に力が入らないのだ。急に全力で走ったこともあり、筋肉が震えている。
大きく息を吸い込むと胸が軋んだ。肋骨にヒビでも入ったのだろうか。痛みで一瞬視界がぐらりと揺れた。
(逃げ…なきゃ)
か細い腕に力をこめて、それでも身体を起こして立ち上がろうとするが、すでに怪物は目の前に立っていた。
足元の小さな獲物が逃げられないことを悟ったように、裂けた口がイヤラシく歪んで広がった。どす黒い長い舌が牙の隙間から垂れ落ち、鼻を塞ぎたくなるほどの異臭を含んだ唾液が床に滴り落ちた。
(誰か……)
痛みと恐怖で涙が止まらなかった。
(お願い…誰か、助けて……)
怪物は目を細めると、鋭い爪を備えた前脚を上げ、勢いをつけて振り下ろした。
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