片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

文字の大きさ
上 下
135 / 882
混迷の遺跡編

episode132

しおりを挟む
 神殿の中、と言われて、キュッリッキの表情が咄嗟に強張る。その様子を怪訝そうに見て、ザカリーは首をかしげると、なにか思い当たったように頷いて頬を掻いた。

「あーなんか、神殿が怖いとか言ってるんだっけか」

「……」

 キュッリッキは身を固くしたまま、むっすりと更に黙り込んだ。

「だって、何もなかったんだろ? 例のエグザイル・システムらしきものだけがあったとかでさ」

 ザカリーがシ・アティウスに顔を向けると、無言の肯定が返ってきた。

「大丈夫だって。オレが一緒にいてやるからよ」

 にやけた笑顔を向けながら言うザカリーの顔を、キュッリッキは力いっぱい引っぱたく。そして腕の中から逃げ出した。

「ザカリーのバカ! 大っ嫌いなんだからっ!!」

 我慢の限界をありったけ声に乗せて、吐き出すように叫んだ。空洞の中に轟くような大声に、何事かと皆一斉に2人の方を向く。

 叩かれた頬に手をあてながら、さすがにザカリーもムッとして、キュッリッキを睨みつける。これまでの不満が、一気に感情を昂ぶらせた。

「ったく……何なんだよ、いっつもふくれっ面でよ! あのことは別に」

 そこまで言いさして、慌てて口を噤むと、内心で舌打ちする。

(やべっ…)

「おい!」

 ヴァルトが制止するように声をあげた。

 今まで怒っていたキュッリッキの表情が急に怯え出し、大きく見張った目からは大粒の涙が溢れだした。たよりなげな身体を震わせ、ポロポロと落ちた涙がフェンリルの頭で弾ける。

 フェンリルはキュッリッキの腕の中で、表情を険しくさせザカリーを睨みつけていた。

「いや……そんなつもりはないから、そのっ」

 慌てて取り繕うが、ザカリーは狼狽し、言い訳を必死に考えるが思いつかない。つい口走りそうになったことを激しく後悔した。まさかこんなに泣かれることになるとは、どうしていいか判らなくなった。

 2人のやり取りを、みな困惑を浮かべながら見ている。キュッリッキとザカリーがギクシャクしていることは知っていたが、泣かせているところは初めて見る。

 キュッリッキは一度しゃくり上げると、踵を返し神殿へと向かって走り出した。

「あ、おい」

 ザカリーの手は、キュッリッキの肩を掴み損ねて空ぶった。

 あれだけ怯えていた神殿に駆け込んでいってしまった後ろ姿を皆が唖然と見やり、何とも言いようもない空気だけが、無遠慮に空洞の中に流れていた。

 誰もが言葉を探すように沈黙を続けるその場に、突如地震のような振動が襲った。立っていた者たちが、思わずよろけるほど大きい。

「あわわっ地震!?」

 シビルが声をあげるとほぼ同時に、神殿からキュッリッキの悲鳴が聴こえてきた。

「キューリ!」

「キューリさん!?」

 キュッリッキの悲鳴に弾かれ、何事かと全員神殿に駆け込み、そこで一様に目を剥く。

「おい、なんだこれ!?」

 ギャリーは驚いて思わず声を上げた。

 それまで何もなく、縦長一直線だった暗い神殿の中には、いくつもの壁や柱が出現していて、複雑な様相を呈していた。

 突如様変わりした神殿内部に唖然と驚く一同に、更にキュッリッキの切羽詰まった悲鳴が届く。

 ハッとしたように、カーティスの急いた指示が飛ぶ。

「ケレヴィルの皆さんは外に出ていてください。キューリさんのお友達とブルニタルも。捜索は我々だけでやりましょう」

 みな黙って頷いた。

「作戦のときの班で別れて探しましょう。ルーファスとハーマンとランドンはメルヴィンの班へ移って。急ぎますよ!」

 カーティスの指示で3班に分かれると、それぞれ神殿の内部に突入した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

無能烙印押された貧乏準男爵家三男は、『握手スキル』で成り上がる!~外れスキル?握手スキルこそ、最強のスキルなんです!

飼猫タマ
ファンタジー
貧乏準男爵家の三男トト・カスタネット(妾の子)は、13歳の誕生日に貴族では有り得ない『握手』スキルという、握手すると人の名前が解るだけの、全く使えないスキルを女神様から授かる。 貴族は、攻撃的なスキルを授かるものという頭が固い厳格な父親からは、それ以来、実の息子とは扱われず、自分の本当の母親ではない本妻からは、嫌がらせの井戸掘りばかりさせられる毎日。 だが、しかし、『握手』スキルには、有り得ない秘密があったのだ。 なんと、ただ、人と握手するだけで、付随スキルが無限にゲットできちゃう。 その付随スキルにより、今までトト・カスタネットの事を、無能と見下してた奴らを無意識下にザマーしまくる痛快物語。

処理中です...